「おい、いつからツレを変えたんだ!?」
さっきまでソフィーの笑顔で固まった親父が、客だということも忘れて俺につかみかかってきやがった。
コレットから彼女に乗り換えたと勘違いしたのか? 残念ながら違う。このまま無視してもいいのだが、この手の噂は広がりやすい。
否定しなければ、これから二人とも同じタイミングで移住するというのに気まずい関係になってしまうじゃないか!
「今さっき知り合ったんだよ」
事実をストレートに伝えると、親父の眉が吊り上がった。
「この店は連れ込み宿じゃねぇんぞ!」
「このエロ親父がッ!! 席が空いてないから、座っただけだよッ!」
ソフィーのような女性の前で、そんなこと言うんじゃねぇよ!
お前が娘のヘルミーネに黙って、近くの町にある娼館に行こうと計画を立てていたのを知っているんだぞ! 全部バラしてやろうか!?
「お前なんて、隣町のお気に入り嬢に——」
「おま! バカ! やめろッ!」
こいつ、ごつい手で俺の口をふさぎやがった!
ゴツゴツして痛てぇんだよ!!
無理やり引きはがして立ち上がる。手ががっしりと組んで単純な力比べを始めた。
「ラルス……やるじゃねぇか」
「現役の冒険者と対等だなんて、どんな鍛え方しているんだよ」
力は互角。骨がミチミチと嫌な音を立てているが、逃げるわけにはいかない。
お互いの息づかいが聞こえるほど顔を近づけてにらみ合う。
周囲が俺らに気づいてかけ事すら始めた。汚い声の声援が店内を支配して、熱気が高まっていく。
ボルテージが最高潮に達したところで、頭に鈍い痛みを覚えた。
「バカなことをやってるんじゃないの!!!!」
声がするほうを見ると、腰に手を当てて眉を吊り上げて怒っているヘルミーネが立っていた。
親父が手をぱっと放して娘に情けない声を出す。
「こ、これは違うんだ!」
「お父さん! お客さんとケンカしたらダメって何度も言ったでしょ!」
「ラルスとはケンカじゃない……そう、久々に会ったから歓迎してただけなんだよ!」
「久々……? お父さんの知り合いなんですか?」
おっと、話がこっちに来たぞ。ココで嘘をついたら収集が着かなくなるし、本当のことを言っておくか。親父よ、貸しだからな。
「そうだな。ちなみにヘルミーネさんとも会ったことがある」
「えぇ!? それは失礼しました! 覚えてないなんて……」
「当たり前さ。なんせ五年前だ。お母さんが大変だった頃だったし、覚えてなくても不思議じゃないよ」
「五年前……じゃぁ、あの時の冒険者さんですか?」
「そうだね」
俺が肯定するとヘルミーネに笑顔が戻る。
彼女は俺に対して礼を言うと、サービスだといってお酒を一つ追加してくれた。
「本当は色々とお話を聞きたいんですが、お仕事があって……お父さんのことよろしくお願いします」
そうしてまた給仕の仕事に戻る。
親父の方は、どこからか椅子を持ってくると、店員にもかかわらずに俺たちの席に座っていた。
「お前は仕事ないのか?」
「料理する時間は終わったからな。後は、客に酒を飲ませて店じまいだ」
好き勝手生きてて羨ましい。そんなことを感じてしまった。
チッ。からかう気も失せた。料理が冷めてしまう前に食べるか。
パンと肉を口に入れほおばる。さらにスープを追加して流し込んだ。冒険者は早食が必須だ。無防備な食事中に襲われる可能性を下げるために、みんな同じような食べ方をする。一分ほどで完食してしまった。
腹が落ち着いたので前を見ると、相変わらずソフィーは俺らのことを笑顔で見ていた。
「お二人は昔の知り合いだったんですよね。失礼なお願いかもしれませんが、出会ったときのお話が聞かせてもらえませんか? 私、いろんなことが知りたいんです」
隠すこともないし、食後のトークとしてソフィーのお願いを叶えてあげるのも悪くはないか。
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