ヤンについた俺は、急いでこの村でただ一つの宿屋に向かうことにした。
一階は酒場で、二階と三階が宿になっているオーソドックスなスタイルを採用した建物で、遅い晩ご飯もまとめて済ませる計画だ。
記憶に残っていた道を歩く。
数年前から何一つ変わっていないため、迷うことなく目的の建物について、ドアを開けて中に入る。
騒々しい音とむわっとした空気が俺を出迎えてくれた。
「いらっしゃい!」
元気いっぱな声で看板娘が歓迎してくれた。名前は……ヘルミーネだったな。
最後に会ったときは少女といった感じだったが、今は大人の女性へと成長している。
あの時から時間が大分経ったんだなと、感傷的になってしまった。どうやら向こうは俺のことは覚えていないようなので、挨拶は抜いて必要なことだけを伝えることに決める。
「今日の定食を一つ。それと一泊したいんだが、部屋は空いてるか?」
「空いてますよー! 定食と、一人部屋一つですね!」
「あぁ、それでお願いしたい」
「はーい! それじゃ、空いている席に座ってください」
店内を見渡すと席は全て埋まっていた。相席しろってことか。ほとんどは数人で食事をしていて、相席できそうな場所は一つしかなかった。
一人で黙々と食事を進めている女性がいたので、そこに向かうことにする。
「場所が空いてないんだけど、相席しても大丈夫か?」
声をかけた女が顔を上げた。
冒険者として様々な街を訪れて大勢の人間と出会ってきた。そんな俺ですら見たことのない美貌の持ち主で、思わず動きが止まってしまった。
彼女はキョロキョロと周りを見て、うなずいてから口を開く。
「本当ですね。どうぞ」
少し冷たい印象を受けたが、まぁ、知らない男が近寄ってきたんだ。このぐらい警戒するのは当たり前だろう。
俺は礼を言うと向かいの席に座って料理を待つ。
目の前の女性はパンを小さくちぎっては口に入れて、ゆっくりとかんでいる。
「俺はラルス。冒険者をしていた。あなたは?」
なんとなく無言で過ごすのが嫌だったので、ひとまず自己紹介をしてみた。
無視されればそれまで。多分反応はないだろうと思っていたが、意外なことに興味を持ってくれたようで彼女の食事の手が止まった。
「ご丁寧にありがとうございます。私はソフィー。教会で働いていました」
「働いていたと言うことは」
「はい。今は辞めています。この村でゆっくり過ごそうと思いまして……」
「奇遇だな。俺も冒険者を辞めて、ここで余生を過ごそうと思っていた」
「同じですね」
偶然にも目的が一緒だったことにソフィーは驚いたようで、目を大きく開いていた。
「同じだな」
美人はどんな顔をしても美しいんだなと、新しい発見しながらも返事をする。
幼馴染みの恋人を取られてパーティを追い出されたと思ったら、こういった出会いもあるのか。
人生は何が起こるか分からない。そんな当たり前なことに実感した瞬間だった。
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