走る!走る!急いでわたし!
世界樹の幹の最寄りまで転送して来て、ドクンドクンと躍動する念気がわたしに伝わってくる。
もうすぐ転送が始まるんだ。
「疾く飛び、疾く翔け、解く羽よ!」
頭の中でこの二つをイメージした『風羽が解ける』イメージを言霊で保存して、新しく『遠く跳ねる』イメージを架け合わせる。
言霊が響き合い、意味とイメージの力が、体の周りの空気が、背中を押してくれる。
これを逃したら、あと数ヶ月は国間転送期が遅れちゃう!
せっかく気持ちも体調も整えて気合い入れてきたんだから、なりふり構っていられないや!
「えいっ!!」
背中を押す風を一点に結んで、解く。羽を生やして、わたしは飛んだ。
そのまま風の流れを味方につけたわたしは、振袖に〝念気〟を通して空気の流れを操る。スケートみたいで気持ちいいっ。
わたしが近づいていくのと一緒に、茂る枝っ葉からあふれる緑色の光は強くなる。
間に合って。そう祈りながら、光の中に飛び込んだ――。
「ここは……どこだろ?」
目の前には、大きな湖面ではそよ風が踊っていた。
その中心、湖が小さく見えるほどの世界樹は木葉で微笑んでいる。
すぅー。深く息をして眺めていると、後ろからギュッて抱きつかれるやわらかい感触。
わっ!わたしの大好きな乙女椿の香りがする!
『わぁ!久しぶりだねセレネちゃん』
『あれ? あなたは誰? ここはどこ? 間に合ったの?』
振り向くと前髪を左右に分けた、おでこの可愛い女の子がいた。
お日様の光をたくさん吸い込んで愛にあふれている、乙女色の髪。
汚れを知らない真っ白のワンピース。
いちごジャムみたいな可愛い瞳。
知らないはずなのに、知ってる。初めて会う気がしない。
『なはは。間に合うも何もセレネちゃんを待ってたんだから。ここは世界樹の意識の中だよ』
『あれ?そっかぁ。待っててくれたんだ。ありがとー。でも、わたしはセレネじゃなくって月乃だよ』
『えぇ?!霊質が一緒だったから間違えちゃったのかな! 昨日セレネちゃんが来るって言ってたから待ってたんだけど……。どうしよう。置いてけぼりしちゃったかも』
『セレネはわたしの親神様だよ。あなたは?』
『あぁ、びっくりする事ってこのことだったのか……。私はポロン。エフィ・テッマ・ラ・ポロン』
一人で納得した顔をしている、ポロンって女の子。そのポロンって響きで胸に暖かい気持ちがあふれてくる。
『ポロン……。なんだか、すごく懐かしい気がするの。初めてなのに』
『魂が覚えているんだよ。貴方はどうやらセレネちゃんの分御霊みたいだから』
『うん!よくうちの子可愛いって言ってくれる! セレネとはどんな仲だったの?』
『そりゃぁもーう大親友だよ!百合コンテストがあったら優勝できちゃうくらい!』
『百合こんてす……?なんか、鳥肌立ったよう。なぁにそれー』
『あははは!ひっどいなぁもう!久しぶりに会えたと思ったらさ、こんなドッキリしてくるなんてお茶目さんだよもう』
ギュッて抱きしめられる。わたしも溢れてくる、初めてだけど懐かしくて暖かい気持ちに逆らわないで、ぎゅって仕返す。
そのまま、しばらくそのまま、じっとしていた。
『鬼の国、いくんでしょ。これから大変だろうけど、応援してるね』
耳元で囁かれた、あったか言葉がじんわり染みてくる。
『うん。ありがとー』
それしか言えないけど、何度も何度も伝えたくなって、小さな肩に顔を押し付けてありがとうをたくさん言った。
きっとわたしの知らないところで、セレネとポロンちゃんは仲良しだったんだなぁって想う。
『大好きってことは、知ってる気がする。だからね、だーい好きだよ!』
『うん。うん……! 月乃ちゃんいい子だなぁ。自慢したくなるのもわかるなぁ』
行ってらっしゃいって額に口づけをされると、わたしは少しづつ眠くなっていった。
ちゃんと、またくるねって言いたかったけど、その前に眠っちゃった。
最後に見えたお日様みたいな微笑みは、そんな言葉がなくても伝わってる気がしたんだ――
――夢を見てるみたい。朦朧とした景色。
円柱状の、閉じた世界が、いくつかの階層に別れている。
その中心を一本の大きな世界樹が縦に貫いていて、根っこと枝っ葉が今も世界を広げていた。
これが、この世界の構造。
この分かたれている世界の階層を、わたしたちは国と呼んでいたんだ。
その中で月の国より下層にある、鬼の国に意識を合わせると段々、意識がはっきりしてくる。
木漏れ日が目の奥にくすぐったくて、ハッと夢から覚める。
気がつくと、わたしはしめ縄の巻かれた大きな幹の前に立っていた。
先に来た人たちは、もう散り散りになって、辺りには人がちらほら居る程度。
うん。さっき見た夢見たいな世界は、夢じゃなくって覚えてる。
ポロンちゃんの温もりが、恋しい。
今度セレネと会えたら、お話きいてみよ。
そう思いながら、御伽世界樹の大きな幹に向かって、お祈りをする。
よしっ!弔者ギルドへ向かおう!
「ガサガサ!」
頭の上に広がる木の葉が揺れると、木漏れ日がくすぐったい。
手で日除けを作って見上げると、お猿さんと目があった。
守護獣かな?すごく古い目をしている。
手に持った葉っぱをひらひらと落とすと、それを鳥が横からサッ!と取ってわたしのところまで運んでくる。
受け取ると、葉っぱから犬の式神が顕現した。
「バウっ」
「わっ!こんにちは!あなたバウって言うのね」
「ばうっ?」
わたしは手を差し出して、匂いを嗅がせると、すり寄ってきたばうちゃんの耳の付け根を撫でる。
心地良さそうにしていた。木の上のお猿さんが面白くなさそうにそれを見ている。
「バウっ」って木の上に向かって吠えると、葉っぱをひゅって投げてきてバウちゃんにチクッと刺さる。
犬猿の仲なのね。
しばらく上に向かって吠え続けたけど、飽きちゃったのかわたしにすり寄ってくる。
「ごめんね。わたし弔者ギルドまで行かなくちゃいけなくって。また今度遊ぼうね」
そう言うと、尻尾を振って振り袖を引っ張るバウちゃん。
「場所知ってるの?」
「わおん」
わたしは要は済んだって顔で引っ込んでいくお猿さんに、手を振ってバイバイした。
ポロンちゃんがお願いしてくれたのかな。
よーしっ!目指すは弔者ギルド!母様の古い知り合いの白兎芒っておじいさんに会って研修会に参加するんだ。
バウちゃんの案内に従って、わたしはギルドを目指した。
驚いた。バウちゃんの案内で弔者ギルドに着いたわたしは、
蒼い桜を見つける。門の両脇にそびえ立つ鬼桜は咲き乱れていた。
門は月の国と同じ瓦屋根だけど、紅葉色で塗られていて派手だ。
灯籠の雰囲気もツンツンしていて、夜に見たらお化けと勘違いしそうだった。
わたしにとっては、馴染みのあるようでどこか落ち着かない派手さだ。
「ここで研修会するんだー。厳しそうだなぁ」
でもでも、わたしがやりたいって決めたことだから。
聖女としてやらされる時みたいな逃げたいって気持ちより、今はワクワクが大きい!
バウちゃんにありがとうを言おうと思って振り返ると、消えていた。
地面には枯葉が一枚落ちていて、それを拾うとかすかにバウちゃんの気配。
きっと案内してくれた後、世界樹の元に帰ったんだろうなぁ。
葉っぱにありがとって口づけをして、息を吹きかけて飛ばすと、キジの式神が横からサッとそれを咥えて、青い空に飛んでいった。
「あの、もし」
「はい?」
門の影からでてきた赤髪のお姉さんに話しかけられる。
温古知神。御伽世界樹と世界の在り様より
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