終末商店街のおやじ

オヤジとセーラー少女のくそったれな週末
ハラアイ
ハラアイ

4 過去の残り香

公開日時: 2021年2月23日(火) 19:45
文字数:2,824

「鍵はしっかりかけた、ね」


 ニノミヤ夫妻が「保存」されている部屋を出て、俺は呟いた。

 部屋を出る前にヨシダに聞いたところ、毎夜、すべての鍵の戸締まりは欠かさずしているらしい。ではなぜ、ジェイは鍵の空いた窓からここへ忍び込むことができたのか。


「あたし、犯人わかったよ」


 ふいにジェイが口をひらき、俺は思わず奴のちんちくりんな顔を見下ろした。


「はあ?」

「ふん、あたしがただ単にキュルモフ猫ちゃんと遊んでいただけだとでも?」

「遊んでただけだろ」

「うるせえ。とにかく、犯人はあのモフモフちゃんだ」

「ヨルか」

「そーだよ」

「証拠は」

「手出せ」


 俺が反応する前に、ジェイは乱暴に俺の手をつかみあげた。握手をするように手の平を合わせる。子供特有のフニフニした感触とともに、ざらっとした違和感が俺の肌を伝う。


「この感触は……砂か」

「そ。あのキュルモフちゃん……ヨルは黒猫だから触るまで気づかなかったが、相当汚れていた。細かい砂でな。こりゃ、お屋敷で大事に飼われていた猫の汚れ方じゃない。ヨルは外へ出たんだ」

「しかし、ヨルはシェルだぜ。どうやって自分の意思で外へ出たってんだ? 人間のように『シェル可動首輪』もつけてないんだぞ」

「それは、野生のボンノーってやつだ」

「本能な」

「……ホンノーは、意識に宿るんじゃない。肉体に宿るものだろ。だから、ヨルの意識はパラダイスに間違いなくあるが、残された肉体が求めたんだ。外にでて自由に野ねずみを狩る、本来の生き方をさ」

「まあ、確かにそれっぽい理屈だな。お前にしては上出来だ」

「お前にしては、って何だよ。だいたい、あたしの何を知ってるんだよ、おっさん」

「それもそうだな、お前の言うとおりだ」


 ぷんと顔を背けるジェイに、俺は小さく笑いかけた。


「俺はお前のことを何も知らねえ。今の『本能と意識の違い』だって、誰かに聞いた知識だろ。ちゃんと覚えてるってこたぁ、大切な誰かに教えてもらった知識だ」

「……どーでもいいだろ、そんなこと。あたしとあんたは他人なんだから」

「そうだな。金を山分けしたらそれでサヨナラだ」

 

 俺はそう言って廊下を歩き出す。背後からジェイが慌ててこちらを追いかけながら言った。


「おい、これからどうするんだ」

「行くところがある」

「どこに」

「商店街だ。確かめたいことがある」

「確かめるって……なにを」

「ジェイ、お前の推理は半分合っていて、半分間違っている」

「はあ? 犯人が分かったっての?」

「おうよ」

「な」

「お前も俺のコト何も知らねぇだろ? ただの小汚いおっさんじゃない」


 立ち尽くすジェイに、俺は振り返ってにやりと笑った。


「俺は腕の良い『ナンデモ屋』だからな」







「おう、デモヤじゃねえか。最近とんと見かけなかったな」

「ミシマヤも元気そうで」


 肩にライフルを下げた大男……ミシマヤは相変わらずの大声で言った。つるつるにそり上げた頭が太陽の下で自慢げに光っている。


「今日は何用だ? そうだ、アンタにぴったりな散弾銃が手に入ってな……どれ、試しに一発」

「いや、今日は武器を買いに来たわけじゃないんだ」


 そう言いながら、俺はミシマヤの頭上にある看板を見上げた。「武器のミシマヤ」。「武器」の文字は、乱暴に塗られた黒いペンキの上に書かれている。かつて、あの黒いペンキの下に書かれていた言葉を、俺は知っている。


「あんたの所に来た客について聞きたいんだよ」

「客?」

「ああ。長毛種の黒猫なんだが……」

「黒猫ぉ?」


 ミシマヤは頭をぼりぼりと掻き、「ああ」、と思い出したように指を鳴らした。


「ああ、来た来た。一週間前、店を閉めようと思ったら変な音が聞こえてな。見たら、黒猫がこの棚をあさってやがったんだ」


 ミシマヤは、店の一番隅にある棚をぽんと叩いた。レーザー銃のバッテリーがずらりと並んでいる棚だ。


「やっぱりな……」

「なにがだ?」

「いや、こっちの話だ」

「あれ、お前んちの猫だったのか?」

「いや」

「なら良かった。大事な商品に傷でも付けられちゃたまったもんじゃねえからな。思わず蹴っ飛ばしちまったからよ」


 冗談交じりに言うミシマヤに思わず笑った。この店主、顔に見合わない動物好きだ。そんなことをする輩ではないことは俺が一番よく知っている。証拠に、バッテリーの棚の横には、銀色の器にキャットフードの残りかすが入っていた。

 と、そこで不穏なオーラを感じ取り、俺は後ろを振り向いた。


「ジェ、ジェイ……」

「よ、よくも……キュルモフちゃんの敵!」


 踏み込んでミシマヤに飛びかかるジェイのスカーフを寸でのところでつかみ、なんとかヤツの体を押さえ込んだ。


「おいおい落ち着けって、冗談だろ。ほら、餌付けした跡もあるし」

「ふざけんな、離せ………え? あ、マジだ」

「ったく、この街じゃあ悪態は挨拶と同義だろ。そんなんじゃ残り15年、生きてけねえぞ」

「うるせー!」


 ぎゃあぎゃあとわめく俺とジェイの様子を見ながら、ミシマヤがとまどったように言った。


「えっと、デモヤ。そのガキは……」

「あ? ああ……今受けてる案件を一緒に担当してるんだ。ジェイっていう」

「なるほどな。いや、なんか、懐かしくて見とれちまった」

「は?」

「アンタがガキと一緒にいる様子にだよ。ほら、お前もよく、娘とこの店に来てただろ」


 そう言いながら、ミシマヤはヨルが漁っていたという棚を見つめた。


「娘の誕生日には絶対にこの棚にあるイチゴを、アンタは必ずひとパック買って帰ってった」

「……そうだな」

「アイちゃんも生きていれば、きっとこんな風に」


 ジェイを見ながらそう呟いたミシマヤは急に言葉を飲み込んで、小さく首降った。


「……悪い。つい口が滑った。変なことを思い出させたな」

「いいんだ」


 俺は棚を見つめながら、呟くように返した。かつてはイチゴが並んでいたボロボロの棚。その傷の一つ一つ変わらないのに、中に並んだ品物だけが違う。「武器のミシマヤ」、そのつぶされた黒いペンキの下で眠る二文字、「果物」は静かに眠ったまま、きっと二度と姿を表すことはないだろう。


「俺はただ、目的のために金を稼ぐ」

「デモヤ……」

「『殺された娘』に対して父親ができるのは、たった一つだけだからな」

「……そうか」


 ミシマヤに別れをつげて、俺は歩き出す。ジェイが数歩送れて跡をついてくる気配がする。


「……おっさん、さっきの話って……」

「何だ?」

「アンタが金を稼ぐ理由って、もしかして、復讐……」


 そのとき、女の怒鳴り声とともにガラスが割れる音が響いた、すさまじいビンタの音に、半裸の男が泣きべそを掻きながらボロ屋を飛び出して逃げていく。その騒音に、ジェイの声はかき消された。


「何か言ったか?」

「い、や。何でもない」

「そうか。それじゃあ、ヨシダの所に戻るぞ」

「それってつまり」

「ああ。すべての証拠は出そろった」


 タバコの煙を吐き出して、俺は小さく息を吸う。商店街の濁った空気の中に、かつての甘酸っぱいフルーツの香りがかすかに香った気がしたが……感傷に浸る俺の記憶が見せた幻であることは明白だった。


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