「いやな雨だな……」
そう言いながら、メイソンがフロントガラスを叩く雨粒をにらみつける。
「リョウ、頼む」
「あいよ。しっかし、なんでこれ自動になってねえんだよ」
ぼやきながら、亮介が窓枠の上に取り付けられたレバーを動かすと、左右が連結された貧相なワイパーが雨粒をぬぐった。これこそゼンマイでなんとかなりそうなものである。
「オレもそう思うが、借り物だから文句も言えんさ」
今日の仕事はシュリーが注文した新しい自動人形を引き取りだ。メイソンの手伝いということで、亮介を助手席に乗せた蒸気トラックは、丘陵地帯のデコボコ道を、板バネのサスペンションを軋ませて走っていた。
「しかし、なんでこんな辺鄙なところに住んでいるんだろう? 自動人形を作るなら、ルドウィックに近いほうが買い物も楽そうだけど」
強まる雨脚に負けぬよう、多少やけくそ気味にレバーを動かしながら、亮介はメイソンに疑問をぶつける。
「さあな、チリヤーの納品に来た時にちらっと見た感じじゃ、三十歳になるかならねえ若い男だったが、人形技師ってのは変わり者が多いからな」
つまらなそうに言いながら、メイソンはタバコに火を着ける。
「でもすごい技師なんだろうな、その歳で『チリヤー』みたいな自動人形が作れるなら」
「メノン家の援助が入ったのはここ数ヶ月の話だ、あんな代物が独力で作れるのは、よほど腕っこきか、さもなきゃ大金持ちの道楽だろうさ」
残念ながら今のところ、自動人形は金持ちの道楽の域を出ない。量産型のものでさえ、大企業や軍が研究資金を支援している。
ましてやチリヤーのような特注品ともなれば、シュリー・メノンのような大金持ちのパトロンがオーダーメイドで作らせでもしない限り市場には出てこないだろう。
「メイソンさん、これ道あってんの?」
「そのはずだがな、地図は読めるか?」
途中の小さな村で昼食を取ってから、はや三時間、そろそろついても良い頃だ。幸い雨は上がっている。
「さっきの村がここ、えーと……こっちが西だから……その先を左」
「お、多分あれだろう」
メイソンが指差した先にある丘の上、傾いた冬の日差し照らされた四角い建物のシルエットが見えてきた。
「だといいけど」
古い砦かなにかだろうか? 遠目にも陰気臭い石積みの壁に囲まれた建物に亮介は眉をひそめ、そっと首元に巻いた毛皮を撫でた。
「ひゃん」
襟巻きが耳元で小さな声を上げる。
「主さま、たいくつ」
「我慢してろ」
「むぅ」
ぐるりと丘を回るように付けられた細い道を走り、トラックが屋敷についたのはそれから二十分ほどしてのことだ。
「うわぁ……これは……」
「ああ、そうだな、控えめに言ってお化け屋敷だ」
トラックを降り、二人して間抜け面でボロ屋敷を見上げる。亮介が気を使って言わなかった言葉を、メイソンが遠慮なく口にした。
「いや、おっさん、それは失礼でしょ」
「おっさん言うな、お前も思ってたろ」
「まあ、否定はしないけどさ」
シュリーの屋敷よりはすこし小ぶりだが、手入れが行き届いてるとは言えない。ツタの絡んだ外壁といい、錆びついた門扉といい、なかなかのお化け屋敷っぷりである。
「さて、門衛もいないみたいだけど、ここで合ってる?」
「多分な、とりあえずそこの呼び鈴を引いてみろ」
「了解」
ズボンのすそにはねた泥に眉をひそめながら、亮介は狼がくわえている鉄の輪っかを引っ張った。
「鳴るのかね、これ」
輪っかを引っ張ると、ワイヤーが引っ張られて室内のベルが鳴る。実に単純な仕組みで、シュリーの屋敷でも各部屋ごとについていた。
だがこいつは、ワイヤーが伸びたのか途中で切れているのか、本来、狼の口に咥えられているはずの鉄の輪が、てろりと錆びた鋼線の先にぶら下がっていた。
「さてさてと」
亮介がワイヤーを引くと、渋い手応えが指先に伝わってくる。目を閉じると、滑車とテコが動く様子が想像できた……どうやら死んではなさそうだ。
「どうだ?」
「動くには動いてるんじゃないかな」
言いながら亮介は屋敷の窓を見る。チラリと人影が動いた気がして目を凝らしたその時、何か外れた金属音がすると、錆びついた見た目とうらはらに、音もなく門扉が開いた。
『入りたまえ、トラックは玄関脇にでも止めるといい』
神経質そうな男の声が、呼び鈴の狼の口から聞こえてくる。伝声管? それにしてはやたらとはっきり聞こえる、どういう仕組だろう? 亮介は首を傾げた。
「だってよ、いくぞリョウ」
メイソンがトラックに飛び乗ると、亮介が乗るのを待たずに玄関に向けて走らせる。
「うわっ、冷たっ! コラおっさん!」
デコボコの石畳にたまっていた水がはね、膝から下がずぶ濡れになる。ぜったいわざとだ、後で文句を行ってやろう。
「こんにちはー」
玄関前でのんきな声を上げる亮介に、チリヤーと同型だろう、メイド服を着た自動人形が玄関扉を開けて小さく会釈をする。
『チリヤー』を見て慣れていたつもりだったが、その動作があまりに自然で亮介はつられて会釈を返した。
「ようこソ、お待ちシておりまシた。『ラーク』お茶を客間に」
低くて渋い声がして、大柄な執事が廊下の奥から迎えに出てきた。メイソンよりもまだ頭半分ほどは大きいだろう。みょうに『サ』行の発音が抜けているのは訛りだろうか?
『ラーク』というのが彼女の名前なのだろう、チチチと解析機関の音が響き、執事に命令されたメイドが踵を返して動き出す。
「サあ、こちらへどうぞ」
「は?」
「ええ?」
近づいてきた執事を見て、亮介とメイソンは顔を見合わせてポカンとする。
「どうかサれまシたか?」
「い、いや……、シェリー・メノンの使いのものだ。マイケル・トレビック氏にお目通りを」
メイソンは我に返ると帽子を脱いで挨拶する。
「どうぞこちらへ」
丁寧に一礼すると、執事服を着た自動人形が客間に向かって歩き始めた。
――自動人形が喋った! というか、会話をしてる? すごい!
亮介は目を輝かせ、メイソンを肘でつつく。
「わかるが後にしろ、お嬢様の用事が先だ」
そう言って、たしなめるメイソンに小突かれたが、亮介はもうそれどころではなかった。
§
「マイケル・トレビックだ。どうぞ、掛けたまえ」
中分けで撫でつけられたグレーの髪に、小洒落た三つ揃いのスーツを着た細身の男にうながされ、亮介達は向かいの長椅子に腰を下ろす。
「メイソン・マクギル、そっちは助手のリョウスケ・タカシナだ」
「シュリー殿からの使いとのことだが、頼んでおいた荷物を先にもらっても?」
「ああ、これです」
ハーディング生命源研究所、自転車で突っ込んできたミルドレッド先輩の家で受け取ってきた、ずしりと重い金属の筒を亮介はマイケルに差し出す。
「合成生命源の特注品、義手なら五年は動かせる……と聞いてます」
手を伸ばしたマイケルに金属筒を渡しながら、興味本位で亮介はそう口にした。
「その通りだ……なかなか詳しいじゃないか。その制服は機械工学院の学生のようだが」
「はい、シュリー・メノンとは同じクラスにいます」
ティーポットを乗せた盆を手に入ってきた『ラーク』に目を奪われながら、亮介は答えた。
「ミスター・トレビック、、『ラーク』は『チリヤー』より動きが人っぽいですね」
「マイケルでかまわんよ。ふむ、わかるかね」
「ええ、なめらかというか、動きに余裕があるというか」
亮介の言葉に、マイケルはフッと小さく笑った。
「自動人形が好なようだが?」
「ええ、自分で作れるようになりたいですね、マイケルさんの自動人形は、他所で見る人形より人っぽいので、興味があります」
少し照れた笑みを浮かべて、マイケルが深くうなずく。ぶっきらぼうというより、人付き合いが苦手なタイプなのだろう。
「ところで、あの……」
言いながら、亮介はマイケルの背後に立つ執事服を着た自動人形に目をやった。
「ああ、彼かい? 彼は自動人形ではない、人間さ」
「人間……ですか?」
「うむ、人間をどう定義するかによるけれどもね」
マイケルはお茶を一口すすってから、メイソンの左手を視線で示した。
「彼の左手と同じだよ、本質的には」
「義手と?」
「霊魂受信機聞いたことは?」
聞き慣れない単語に、亮介は隣に座るメイソンを見上げる。
「降霊術ってのは知ってるか? 死んだ人の魂を降霊術士にとりつかせる」
「ああ、八洲で『口寄せ』って呼んでるやつと一緒な、なんとなくは……死んだ人と話ができる?」
「そうだ、霊魂受信機は降霊術士の代わりに機械でそいつをやろうっていう、トンチキな代物だ」
今ひとつ話が読めない亮介は、曖昧な態度でうなずいてからマイケルに視線を戻す。それを面白がるように見ながら、マイケルがもう一口茶をすすってから、ゆっくりと話し始めた。
「霊魂受信機は、血液の生命源で死者の魂を呼び出す。メイソン氏の言うように、降霊術士の役割を自動化したものだ」
口寄せを自動化? それに自動人形? 彼の言っていることをもう一度よく考えてから、亮介は目を見張った。
「魂の器として自動人形? 永遠の命? いや……それは……」
「ふむ、神への冒涜と言わないのは、なかなか柔軟な思考だ。宗教観の違いもあるのかな?」
無表情を決め込んだメイソンの顔を、チラリと見てからマイケルが言葉を継いだ。
「彼はブラウン・トレビック。私からすると大叔父にあたり、先々代から我が家を仕切る執事さ、少々家系が複雑でね……。そしてご覧の通り、彼は自動人形であると同時に彼自身でもある」
亮介とメイソン、両方の視線を得た執事が時代がかった大仰な礼をしてみせる。表情は無いがどことなく得意満面といった様子だ。
「霊魂受信機を核にした、自動人形、でもそれって永遠の命の実現では……?」
その様子を見て、思わず亮介の口から出た言葉に、マイケルは首を振ってみせた。
「ああ、そうだ……と言いたいところだが、生憎とそう簡単にもいかないのさ」
「なぜです?」
「霊魂受信機の動力は、親類縁者の血から取れる生命源だからさ効率的には血縁者が一番良い。その上降霊術士と違って、この受信機で呼び出せるのは親類縁者に限られる」
生命源が切れたら動けなくなる……でも、何度でも呼び出せるのであれば、それは不死と変わらないのではないだろうか?
「そして、生命源が切れてしまえば、それまでの記憶はなくなってしまう」
「記憶がなくなる? どこまで消えるんです?」
「最初に死んだところまで」
ああ、と亮介はため息をついて納得した。前に進めないのであれば、それは生きていると言えるか……という事だ。
「ブラウンさんはずっとこの家の執事だったから……」
「そういうことさ、執事としての十分な経験と意欲がある彼だから、何度止まっても執事としては支障はない」
肩をすくめるマイケルを複雑な思いで見つめてから、ブラウンに目をやる。
「シつじである事は、わたくシの誇りですから」
目を合わせてた彼が胸を張って言うのを聞いて、亮介は大きくうなずいた。
「そうですか、素敵だと思います」
「ありがとうございまス」
死してなお……か……、無意識に襟首に手をやって、亮介はフカフカの毛皮を撫でる。
「明日の朝に納品前の最終試験をするので、今日は泊まって行かれるといいでしょう」
そう言って、マイケルはミルドレッドの家から受け取ってきた生命源の詰まった金属筒を手に取った。
「明日? シュリーに連絡しないと、明日になるなら」
「そうだな。失礼、電話をお借りできますか?」
亮介の言葉に、メイソンがティーカップをテーブルに置いて立ち上がる。
「そこに」
サイドボードの上を指差したマイケルも立ち上がった。
「夕食は……ふむ、まだ一時間ほどあるな。リョウスケ君」
「はい?」
「来たまえ、工房を見せてあげよう」
「ほんとですか? ありがとうございます」
行っちまえ、と手をひらひらさせるメイソンを残し、亮介はマイケルについて歩きだす。その背後では執事とメイド、一人と一体が自分の仕事を黙々と始めていた。
魂を持った人形は、人形なのか? それとも機械なのか? 皆さんはどうおもいます?
人のように見えて、人のように振る舞うものは、どこかがら人なんでしょうね。
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