【完結:怨念シリーズ第7弾】潤一郎~怨念のサークル~

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二股

公開日時: 2021年10月2日(土) 16:01
文字数:5,951

伶菜ちゃんの死を受け一夜が明けた。


2022年3月13日 日曜日。


米満と支倉、そして侑斗の3人は、多久市内にある楠木の家でお泊りをさせてもらっていた。美味しそうな匂いに侑斗がまず目覚めると、続いて支倉、米満が続けて起床した。


「先生、おはようございます。」


侑斗が話すと続いて支倉と米満が「おはようございます。」と深々とお辞儀をしながら、楠木に挨拶をした。


楠木は3人にダイニングにある椅子に座るようにと話すと「昨日はわざわざ駆けつけてくれてありがとう。伶菜ちゃんもきっと天国で喜んでいると思う。」と語り、テーブルに作ったばかりの朝御飯を並べ始めた。


支倉と米満が思わず、「お泊りをさせて頂いた上に、朝御飯まで頂くなんて、何から何までありがとうございます。」とお礼を言うと、3人は早速朝御飯を食べることにした。


「頂きます!!」


3人が手を合わせたと同時に、勢いよく食べ始めた。


米満が楠木に「珍しい、これって澄まし汁ですか?」と聞くと楠木は答えた。


「それは石川名物のいしる汁っていう澄まし汁だね。ほら、ちょっと前に饗庭君が石川の牛首トンネルに行っていたじゃない。そのときにいしるという石川特産の魚醤を買ってきてくれたのよ。」


楠木の話を聞いて、米満は「なかなか、食べない味だったので思わず聞いてみたんです。呉豆腐だなんて長崎で暮らし始めてからは久しぶりに食べますよ。」と話すと、美味しそうに食べ進んでいくのだった。


3人が食事を終え、お手伝いにと食器洗いと部屋の掃除をし終えた後、米満から楠木に相談をし始めた。


「フェニックス・マテリアルの小鳥遊たかなし悟社長の社長室の隠された部屋に生前に遺されたであろう、木彫りの古い木箱と、中に青いノートが入っていました。実は僕、茉莉子さんの遺体を探すのに手掛かりになると思ってノートを持ってきたんです。そのノートの内容と、今回の伶菜ちゃんの事件を比較していただき、検証をしてい貰いたいんです。これは全て繋がっているとしか思えません。」


米満はそう語ると、楠木にノートを渡した。


そして楠木は渡されたノートをその場でじっくりと読み始めた。


読むこと10分ほどが経過したころだった。


ノートに綴られてあった内容を一通り読んだ楠木は米満に語った。


「潤一郎が招いた悪魔が今回の悲劇を生みだしたことは間違いないだろう。自らも悪霊となりあの地に住む者そして訪れたものに対して災いを起こしているのはあくまでも何でもない。死後、潤一郎が悪に唆され、悪の道へと突き進んでいったんだろう。それが住んだ一家を無理心中に貶めたのは、潤一郎自身が大家である母親に対する怨みの念から招いたものだろう。潤一郎は、母親に殺された。潤一郎は死んだときと同じ状況で現れ、そして見た人に対して呪いをかける。全てはあの家に住ませたこと自体が問題だった。まだ悪魔が棲んでいる。潤一郎は悪魔の手先にしか過ぎない。」


楠木がそう語ると、米満は質問をした。


「仮に潤一郎が悪魔の手先なら、悪魔があの地に住む・訪れた人に対して無理心中を図るようにと指示を出しているということですか?それだと無理矢理過ぎませんか?何か他に理由があるとしか思えません。」


米満の質問に、楠木が答えた。


「恐らくだが潤一郎自身は人を殺せるような性格ではなかったに違いない。そんな潤一郎がどうして死後悪霊と化したか。そして住む人や訪れた人に対して祟りをかけ、無理心中に貶めるのは潤一郎自身が悪のエネルギーを蓄えるために必要だったのだろう。潤一郎は殺された哀れな御霊でもある、だが同時に悪魔と結託し強力な負のパワーを持つ悪霊と化した。今の潤一郎を支えるのは、奮い立たせるほどの強い怒り、そしてこの世への怨みの念そのものだろう。負の連鎖というのは繰り返し行われる、それは決して違う形で表れることはない。呪われた人間には必ず同じ過ちを犯し、同じことを繰り返すように促すのさ。あの旧染澤邸ではまさにそれが昭和、平成、令和と時代が変わっても発生している。つまり、あの地に関われば地獄へ堕ちるも同然ということだ。人は怨みの念を持ち、この世に対して良い思いをしてこなかった人間ほど自分と同じ目に遇わせたいと思うものだ。それが潤一郎が包丁を持って家族を襲うように呪いをかけるのだとしたら、潤一郎の中では恐らく”自分が味わった目を他人にも味合わせたい”という、それだけだろう。悪に染まれば染まるほど、潤一郎が持つ邪悪な力は大きなものとなり、もう誰に求めることはできない。念願通りに潤一郎は悪魔に一番近い存在になれたのかもしれない。」


楠木がそう話すとさらに続けた。


「本の最後に潤一郎→二股と書かれ、また彼の母であり息子一家を殺害したセツとのやり取りを小鳥遊《たかなし》悟が示唆したのも、やはり意味がある。小鳥遊《たかなし》悟は潤一郎がいずれ悪に染まり暴走をするのを分かっていて、それで骨壺にコンクリートを入れたものを、二股隧道のところに埋めたと書いたのだろう。二股隧道に何か隠されたものがあるに違いない。隠された骨壺には訳がある。」


楠木の話を聞いた支倉が「その訳って何ですか?そんな地元でも何でもない、二股隧道って言ったら朝鮮トンネルの事じゃないですか。そんなところで遺骨を埋められたことに対する怒りもあるんじゃないんですか。だったら尚更、潤一郎の遺骨を引き上げて、先祖代々のお墓に埋葬をするべきだと思います。」と突っ返すと、楠木は「潤一郎は先祖代々の墓に埋葬させてほしいことが目論見じゃない。それだけなら何も九州から離れた場所にまで遺骨を持っていく必要がない。災いをもたらすとわかって危ないと判断されたから、これ以上の危害を及ぼさないためにも、あえて遠い地を選んだ。そして我が息子の命を殺めたセツも、自らの手で殺したとはいえ、やはり生前の息子の行いが不気味で不気味でしょうがなかったに違いない。妻や息子達でさえ目を瞑り我慢していたことを、母親が我慢できるわけがなかった。いつかはおかしくなっていくのは目に見えていたに違いない。セツは息子に罪をきせたと同時に、潤一郎の妻や息子たちを悪の手から護るためにも殺したのだろう。」と答えた。


楠木なりの答えに米満と支倉は考えながら話を聞いていた。


ずっと黙って楠木の話を聞いた侑斗が自分なりの見解を語りだした。


「全ては染澤潤一郎が招いた悪魔によるものってことですよね。だとしたら、モチヅキ・ドリーム・ファクトリーの副社長の妻の望月茉莉子が犯した義兄一家の殺人でさえも、夫の望月しげるどころか義兄の望月裕までも、さらに福冨克哉と連鎖をすることになりますよね。これはすなわち、霊能力の強い望月兄弟が潤一郎の死後に染澤潤一郎の御霊と絡んだことで、悪魔の手先となった潤一郎による呪いがさらに連鎖的に発生をしたということですよね。だとしたらすべての、裕が投身自殺を図った観音の滝、克哉が首吊り自殺をした虹の松原、樹《しげる》が入水自殺をした七ツ釜、そして厳木ダムのダム湖の湖底で眠り続けていた茉莉子、全ての自殺の名所には潤一郎の悪魔が絡んでいることになります。そう考えれば茉莉子は潤一郎の怨念に憑かれ精神的に追い詰められた末に自らの手で義兄家族を殺したのでしょう。そしてすべての罪を義兄になすりつけ、その義兄は観音の滝で投身自殺を図ったのでしょう。義兄は何も樹《しげる》や克哉が関わらなくてもしなければいけないことを分かっていたんだと思います。全ての根源は悪魔、いや潤一郎の呪いによるものかもしれませんね。悪魔降臨会に関わった全ての人を潰すのが潤一郎の最終的な目的だったのでしょう。だとしたら最後まで生き残ったセツや工藤阿紗子、潤一郎と時同じく悪魔崇拝に傾倒し悪魔降臨会に参加をしていた小鳥遊《たかなし》悟が肺癌で死んだというのは皮肉なものですね。彼らは強い意志で潤一郎に打ち勝ったのなら、潤一郎の遺骨が眠るその場所にこそ、呪いを断ち切るヒントが隠されているかもしれませんね。」


侑斗が話すと、米満は何がなんだか訳が分からず質問した。


「一体どういう事なんだ?朝鮮トンネルに隠された秘密があるというのか?」


米満の質問に侑斗が答えた。


「その通りだよ。全ては朝鮮トンネルに隠されている。」


その答えを聞き、米満は「だったらなおのこと、朝鮮トンネルを、それこそダム湖に沈むまでに調べなければいけないって事じゃないか。それが分れば急ぐことじゃないのか?」と聞くと、楠木は「それは至って危険な行為だ。あの朝鮮トンネルには触れてはいけない闇の歴史があるはずだ。写真を見ただけでもわかる。まずは調べてからにしないと、潤一郎ではないあの地に眠る御霊達の呪いに憑かれてしまうだけ。」と答えた。


支倉が全ての話を聞き、「俺はお爺ちゃんがどんな人だったのか、そして俺としてはお爺ちゃんを成仏させてあげたい。出来ることなら先祖代々の墓に、出来なかったらせめて無縁仏にでも埋葬してちゃんと供養をしてあげたい。俺も出来る限り協力をしたい。今回の伶菜ちゃんの事件だって、孫である以上責任を痛感している。」と話した。そんな支倉を見た米満が「俺が支倉の代わりに、朝鮮トンネルに行ってあげるよ。それまでに分かる範囲内であのトンネルが抱える闇の部分を現地の、それこそ古くから住んでいる方は分かっていることがあるかもしれない。取材をしてみて、危険でないかそうでないかをまず俺が見極めたうえで、楠木先生と侑斗君に連絡を取るという形でこれからは動こう。まずはネット記事にもなっていない現地での聞き込み調査から開始だ。それを始めるにはまずこのノートを編集長に見せて、朝鮮トンネルに纏わる取材が認められてからの話だ。」と語った。


その話をしたと同時に侑斗が米満に聞きだした。


「その本と入っていた木彫りの箱はレンタルで貸してあげてるんだから、ちゃんと返してよ。その本には俺達のお婆ちゃんのことを知ることが出来る唯一の資料だから。あげたのじゃないことは忘れないでね。」


米満は侑斗の指摘に「わかっている。饗庭にちゃんと返す!」といって約束した。


楠木の家を後にした後、米満は長崎市内の自宅に戻った。


早速仕事用のMacのノートパソコンを開き、Yahoo!検索で「二股トンネル 岐阜」と検索をしてみることにした。


「二股トンネルは、トンネルが二股に分かれているのが理由ではない。木曽川が二股に分かれることから二股トンネルと名付けられたのか。ネット上の画像で古地図も残されていることから間違いないだろう。しかし問題はトンネル工事が完了したのは昭和31年とあることから、戦後に完成をしたトンネルだろう。だとしたら、分からないのはこの二股トンネルがいつ工事が始まったのかがWikipediaでも記載がされておらず、またありとあらゆる二股トンネルに関わる記事を読んでみる限りでは昭和21年ごろだろう、それぐらいしかない。何か隠されている。仮に戦後造られたとしても工事がいつ始まったかが記録が残っておらず分からないなんて話はおかしい。明治時代であれど記録が残るトンネルはある。揉み消さなければいけないことがあった、だから闇に葬った?楠木先生が語っていたのはこのことだろうか?」


そう思いながらネットサーフィンを繰り返していた。


「白いミニバンが何度もすれ違う、トンネルの脇にある素掘りのトンネルに入ればゾンビに襲われる、口裂け女が出るという話もある。まあその辺りはどうなんだろう。白いミニバンについては心霊体験談にもあるように信憑性は高いだろう。だが朝鮮人を強制的に連れてこさせて働かせたという記録がない以上、朝鮮トンネルであると言われる所以はデマとしか考えられなくなるが、仮に熊さんが話していた昭和21年ごろに施工されたのが事実なら北見市と紋別郡遠軽町の間にある常紋峠に差し掛かる凄惨過酷なタコ部屋労働により多くの労働者を殉職させた上に、ご遺体を壁や線路に埋め込んだ逸話が頭をよぎる。戦時なら朝鮮人じゃなくとも、日本人労働者が奴隷のように扱われた末に栄養失調で脚気になり治療の術も受けられず亡くなり、遺体を常紋トンネルと同様に壁に隠したのであれば、その可能性は無きにしも非ずというところだな。」


米満が検索をし終えると、茉莉子の取材で得た記録をWordの新規文書で作成をし始めた。その間に携帯の電話が鳴ったので電話を取った。


「もしもし、米満です。何だ、饗庭か。どうしたの?」


米満が饗庭からの連絡を取ると、深刻そうな感じで饗庭が話してきた。


「伶菜ちゃんのことは聞いたんだよね。楠木先生からも野澤神父からも話は聞いた。だけど悪魔に関することは詮索しないほうがいい。無論朝鮮トンネルに行こうだなんて考えも辞めたほうがいい。」


伝えてもいないはずなのに饗庭が知っていて驚いた米満は「どうして俺が調べていることを饗庭が知っているの?」と訊ねると、饗庭は「楠木先生から聞いた。でもあの二股隧道は何かある。俺はバイト代稼ぎで高校2年生の時だったな、Twitterのダイレクトメッセージで”肝試しに朝鮮トンネルの霊の信憑性を確かめるために霊能力者の饗庭さんに同行してほしい”って言われてね、佐賀から長い移動時間をかけてきたよ。国道418号の廃道となっている場所にあるんだけどね。国道じゃなくてもう酷道!事故を起こすかもしれないと思いながら進んだ先にトンネルがあった。まず俺が見る限りでは山は死ぬときに人が高い場所を目指すためにそもそも集まりやすい、近くには木曽川が流れている、水場は霊が集まりやすい。二つの条件が揃っているからという事も考えられたが、一緒にいたメンバーの子の一人が入った瞬間に酷い頭痛と吐き気に悩まされて、すぐ御祓いを行った。これは浮遊霊の仕業でもないと思った時だった。呻き声のような、叫び声のような声がした。恐らくトンネルの工事期間中に誰か事故死しているんじゃないかと思われる。過去の文献を調べてみたら、落石により殉職してしまった方は2名いたとされる。しかし俺が実際に見たのはそれ以上、もっと多くの命があの場で犠牲になったはずだ。臭い物に蓋をするというように、あのトンネルの工事開始時期の記録が一切残されていないのも不気味としか言えない。そこに潤一郎の遺骨があるのなら相当の覚悟は必要になってくる。」


饗庭の体験談を聞いて、楠木が話していたことがふと頭をよぎった。

「闇の歴史を知ってから調査を行いたいとはこのことだったのか。」


饗庭との話を終えた米満は、新丸山ダムの工事が凍結されたことと二股隧道が抱える闇の歴史が繋がっているのじゃなかろうかと思うと背筋に寒気が走った。

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