バッ
空気の“縒れ”
糸を弾くような繊細な揺れを伴いながら、周りの空気が振動する。ただしそれは目で捉えられるようなものじゃなく、ごくわずかな変遷に過ぎなかった。康熙が言うように、相手は「消えていた」わけじゃない。それがわかったのは、風香の目の前に突如「右手」が現れたからだ。
ボッ
後ろに大きくのけ反る。咄嗟の反応だった。握りしめられた拳が、顔面スレスレを掠めていく。左半身が後ろへと流れる。咄嗟の反応だったせいか、体勢が斜めに傾いたように見えた。
「…グッ」
風香の反応は素早かった。見えない場所から現れた右手は、気配でさえほとんどなかった。ギリギリの範囲で“避けた”。にもかかわらず顔を顰めたのは、鈍い音が風香の腹部を捉えていたからだった。右手と交差するように迫り出してきた左手が、ボディの真ん中を突く。
顔を顰めつつ、後ろへと飛ぶ。右足はかろうじて残っていた。左半身が後ろへ流れていたとはいえ、地面を蹴るだけのスペースはまだ「右側」にあった。つま先に入れた力が平らな地面の上を捉える。浮き上がる体。外側に逸れる重力。
交流戦で勝敗を分けるのは、「有効打(ヒット・ポイント)」と呼ばれる打撃を与えられるかどうかだ。「打撃」と言っても様々だが、武器の使用は原則禁止されていた。変化系の能力者が鈍器や刃物などに該当する「物質」を形成することは禁止だし、精神系の能力者が「打撃」とは判定されない過度な攻撃方法を行うことも、当然禁止となっていた。あくまで限られた攻撃手段でSPの扱い方や空間の使い方を学ぶこと。交流戦を行う上でその“基本的なルール”は重要だった。「能力」に頼った戦いは「戦い」に於ける基礎能力の低下と成長の阻害を招く恐れがある。それが嘘かほんとかは知らないが、少なくともルールの内容としては、“どう試合を運ぶことができるか“に判断基準が設定されていた。たんに攻撃を与えるだけではなく、その「内容」がもっとも重要なポイントとなるため、ある程度計算された攻撃へのアプローチと組み立てが不可欠だった。
制限が課せられているのは「攻撃の種類」だけ。つまり、攻撃に至るまでの方法は”問われない”。相手は姿を隠しつつ、部分的に手を出しながらヒットポイントを探り当てようとしていた。目まぐるしく展開される攻撃。その一つ一つは素早く、的確な軌道を伴っている。風香はその全てをギリギリで躱していた。パンチの出どころがわからない中、バックステップを利用しつつ後ろへと下がる。
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