——ゴォッ
突風が吹く。
フィールドの中心点からはやや外側にずれた風香の場所に、強烈な風が吹いた。前髪がバタバタとゆらめく。ストレートの水色の髪が無造作に持ち上がり、凛々しい眉毛が顕になった。風香は微動だにしていなかった。じっと前を見据え、ただ、静かに息を殺す。
「防御」への比重。頭の中に縦列する意識の流れは、さっきよりもずっと“硬い”。緊張感が、ドッと空間の内側に染み込んでいた。一点に集中する意識を刃物のように尖らせ、頭の中を回転させる。
ズッ
風香の視線よりもさらに低い位置。その「振動」があったのは、風香のすぐ近くだった。靄のような線の”ブレ”が立ち込めながら、空気が膨張した。
「…チッ」
地面からほど近いところに、風香の「視線」はあった。相手がどこにいるかを把握しきれていない状況下で、視線を動かすのは危険だった。できるだけ早く、視点を固定させる。風香が足と手を地面につけたのは、姿勢を安定させるためだった。わずかな空気の乱れも視界の中に捉えようと、重心を下に落としていた。
その下。
空気の“揺らぎ”があったのは、低く構えた体勢の下だ。地面の中から飛び出してくるように、風香の顎の下を狙った拳が持ち上がる。角度はほぼ垂直だった。風香は相当低く構えていた。にも関わらず、空いた空間を抉り取るように腕が伸びてくる。風香は視線を動かすよりも先に、直観的に上体を捻った。
ブシッ
頬に掠める拳。かろうじて避けたが、わずかに触れてしまった。下から来ることは予期していなかったのだろう。左手を支点にして、四つん這いだった体の半身を浮き上がらせた。が、動きとしてはほとんど反射的だった。
浮いた体を立て直すのに必要な時間は、数秒もない。しかし動きは連続している。受け身を取るには、十分な姿勢ではなかった。そこへ狙い澄ましたような強烈な一撃が、風香の正面を捉えた。
ガッ
重い音。左半身が浮いた反動で右側のスペースがおざなりになっていた。右手は地面に接触したままだったが、体全体を支えるには不安定な“まま”だった。次の動作への準備ができていない中で、敵の左足が直線的な軌道を描く。空気が、——千切れる。
ズザザァァァッ
フリーになっていた左手で咄嗟にガードしたが、攻撃を殺しきれはしなかった。相手の繰り出した「蹴り」は風香の軽い体を吹っ飛ばすには十分な威力を持っており、重い衝撃音の後に風香はバランスを崩してしまう。後ろへと飛ばされた距離は数メートル。唇が切れたのか、口元から血が滴っていた。「有効打」の判定はされなかったものの、最初の攻撃よりもダメージは深かった。急いで体勢を持ち直そうとするが、その表情は険しい。
「おいおい、やばくね!?」
圧倒的不利。そう言っても差し支えなかった。どこから攻撃が来るかもわからない状況だった。敵の位置さえわかりさえすれば対処のしようもあるが、相手の姿は見えない。
透明人間と戦っている。
形容するとそんな感じで、これじゃ目を瞑って戦うのと同じだ。せめて攻撃の出どころさえわかれば…
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