「そう強張らなくても大丈夫だよ。コレはまだキミの“手元”にある。僕の手にかかれば、メスを使わずともキミの体を解剖できる。ぽっかりと空いたキミの胸に、犬の心臓を当てはめることだってね♪」
「どういう…」
「“保存力(ポテンシャルエネルギー)“については、キミもよく知っているだろう?生物本来が持つ“存在しようとする力”で、物体そのものに内包される固有エネルギーだ。授業で習ってるだろう?違う?」
「まあ…」
あらゆる生物には“結び合う力”がある。これを「結合力」と言って、「個」を形成される時に用いられる力の源を指す。ここで言う「個」とは、…ややこしいから省くが、ある単位空間に存在できる「量」のことであり、物質を構成する原子同士の結びつきの強さの度合いを表している。
1箇所に留まろうとする力。
要約するとそんな感じか…?宇宙学の先生によれば、あらゆる条件下に於いて「同じ状態」を持つという空間や時間が存在していないらしく、“実体”という概念そのものが存在しない。宇宙が膨張しているという話を聞いたことがないだろうか?宇宙初期、——ビックバンが起こった138.2億年前から、現在進行形で宇宙は広がり続けているという。先生が言いたいことは複雑で、難解だった。“エネルギー”にまつわる話だった。アンダーテイカーと呼ばれるものたちには特別な力が宿っているが、その力の源となっているのは、物質本来が持つ“情報を保存しようとする力=原子核内の各核子(陽子、中性子)同士を結合している力“だそうだった。これを研究者たちの間では「核力」と呼んでいる。男が言う「ポテンシャルエネルギー」と言うのは、詰まるところ物体の内側に眠る潜在能力のことで、“場に留まろうとする力”のことを指している。物質は、原子という粒が集まってできている。原子には、正の電荷を持つ原子核と、負の電荷を持つ電子が含まれている。より掘り下げて言うと、原子のまん中に原子核と言うものがあって、その周りを電子が取り囲んでいる。“原子という粒が集まってできている”という物質の特性上、あらゆる物質には原子の“数”が存在し、原子の並びが決定づけられている。
なんのこっちゃって感じだろ?俺もよくわかってないんだ。ただ、その先生が言うには、原子や電子は絶えず振動していて、この振動が止まることはないそうだ。これを「原子運動」と呼んで、物質の硬さや壊れやすさ、生体機能の起源など、物質の特性に反映されている。
「僕は「改変(alter)」の能力を持っている。この“空間”は、僕自身が作り出した空間だ。「治療室」と呼んでいるのはそのためだ。この空間に於いて、僕は自由に物質を改造することができる」
「…チートじゃねーか」
「そんなことないよ。“基本原則”は変わらない。原子と原子を結ぶ原子間力。原子間力の結合の強さによって決まる、物質の性質。——“Ð(ドライブ)“のことは知ってるだろ?ドライブがもたらす強い核力は、物事を改変するだけの力がある。この領域はそれに基づいて形成されたものだ。「僕」という物質組織の原子間を外に押し広げたもの。つまり、この“場”において、キミは僕の“一部”と同義だ」
ドライブっていうのは、近年発見された未知の粒子のことだ。ドライブという素粒子を理解する上で、以下の文献を参考にしたことがあった。
■ 陽子・中性子はクォークと呼ばれる素粒子が3つ集まってできている。量子力学の基本的な原理であるパウリの排他原理によると、同じ状態のクォークが同じ場所に存在することはできない。これが陽子・中性子間に働く核力の短距離で現れる斥力の原因の一つと考えられているが、未だに実験的な検証がされていなかった。
■ 陽子内のクォークの種類を変化させた新奇な粒子と陽子とを散乱させ、クォークのパウリ原理で禁止される状態を作ることで、粒子間に働く力が極端に強い斥力へと変化することを明らかにした。これはパウリ原理による斥力の起源を検証し、その芯の堅さを実測したことに相当する。
■ 核力は、湯川秀樹博士の中間子論の研究で進んだが、引力だけだと原子核はつぶれてしまい、物質は存在できない。芯の本質に迫る今回の成果で、物質が安定して存在できる理由の理解が進むことが期待される。さらには新しいクォークを含んだ拡張された核力の解明が大きく進むと期待される。
この文献では、「物質が安定して存在できる理由」についての分析が行われていた。原子核を構成する源の力である核力は、陽子と中性子が比較的離れたときには引力だが、陽子と中性子が重なり合うような近い距離では大きな反発力(斥力)へと変化する。この神秘的とも言える引力と斥力のバランスのおかげで、原子核は自身の引力で潰れることなく安定的に存在することができている。しかし、この斥力を生み出すメカニズムの理解は、長年の課題だそうだった。
“なぜ核力が強い斥力の芯を生じるか”、——この謎の解明に向け、ドライブという素粒子は大きな貢献を果たしてきた。というのも、ドライブは原子間力に働く引力と斥力の中間の「場」を一時的に拡張することができ、それによって物質の性質を自由に変化させることができる領域を形成することができるためだ。アンダーテイカーたちは、このドライブと呼ばれる素粒子と自らの細胞を結合させることで、特殊な「力」を得ることに成功してきた。身体能力を強化したり、念動力のような意思の力で物体を動かすことができたり、自らの心象風景を具現化することができたり。
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