MIX 〜彼女を寝取られた俺、学園一の美少女と朝チュンする〜

もうどうとでもなれ!
平木明日香
平木明日香

第24話

公開日時: 2025年2月2日(日) 10:08
文字数:2,315



 アンダーテイカーの戦闘術は、「能力」を主軸とした戦闘の組み立てが基本的な戦術とは“なり得ない”。風香や康熙が言うには「ドライブゲージ」の維持とコントロールが鍵だそうで、自分と相手の“ゲージ”、つまり「ドライブ=基礎体力」の押し合いをいかに制するかが、勝負の決め手になるそうだった。「能力」はあくまで基本的な戦闘術の延長線上にあるもので、それ単体では何の役にも立たない。というより、“能力を最大化するのに必要なプロセスが存在し”、その第1プロセスこそが「ドライブゲージのコントロール」だそうだった。まだいまいち理解できていないんだが、ドライブは別名「SP(スペクトラム)」と呼ばれ、このSPを体内外で出し入れすることが、アンダーテイカーとしての素量(戦闘力)を推し量る上で重要なパラメータとなる。SPはアンダーテイカーの細胞と密接に絡みついており、【筋力、持久力、柔軟性、調整力】など様々な要素が肉体構造の分子となっていて、その様々な要素に連なる“スペクトル(分解できる情報の素量)“が、いわゆる“SPとしての資質”に関わっていた。



 「力が強いとか、体にバネがあるとか、そういうのは単に抽象的な感覚に過ぎない。どうして“速く走れる”のか、その要素を分解していくと、生物としての細胞の強さや肉体を構成する遺伝子構造の情報が、より細かい単位に切り分けられていく(連立していく)のがわかる。ま、これは科学の授業で習った通りね。スペクトラムっていうのは、要するに「連続体」って言う意味で、肉体や精神を構成する原子が、“単体ではなく集団として形をなしている”っていう内容を、一つの用語として諭してるってわけ」


 「連続体??」


 「例えば一本の紐がここにあるとするでしょ?その紐を数えるとき、「一本」って言う単位が最小単位だと思う?」


 「…うん、まあ」


 「ややこしいけど、一本の紐って言う「括り」は、あくまで人間的な見方に過ぎないんだってさ。一本の紐なんて本当はどこにもなくて、それが視覚的に一つしか存在していないように見えても、それを構成する要素の一つ一つは、紐の外側にある世界と絡みついてる。人間も同じで、「自己」っていうのは意識的な潜在性に過ぎなくて、他者を切り分ける物理的な境界線にはならない。…うーん、説明が難しいな。康熙の方が詳しいから、康熙に聞いて」



 ストレッチをしながら、俺は耳を傾けることに必死になった。SPは、端的に言えばエネルギーの素量の一種で、アンダーテイカーの「戦闘力」と言って差し支えないそうだった。「戦闘力」と言っても、ひとえに【力の強さの値】を表してるわけじゃない。最終的な部分としてはもちろんそうなんだが、戦闘力という枠組みを構成する要素は目に見えないほどの小さな粒が集まって組み上げられているもので、断片的に“何が重要な要素を占めているか”を、切り取って考えることはできないらしい。康熙は手のひらに1つの「ボール」を作った。それは豆電球のように光り輝き、目を開けていられないほど眩しい。



 「可視光って知ってる?」


 「かし…こう…?」


 「光の波長だよ。目で見ることができる光の範囲」



 可視光とは、400 nm 〜 700 nmの波長範囲の光であり、この範囲の光を人間の眼は感じることができる。光はその波長によって異なる色感覚を与え、紫(380-430 nm)、青(430-490 nm)、緑(490-550 nm)、黄(550-590 nm)、橙(590-640 nm)、赤(640-770 nm)として認識される。康熙が言いたいのは、どれが本物の「光」だと思うか、だった。太陽の光も、夜街を照らす電球やランプも、俺たちの目に入ってくる明るさを感知させる光だ。太陽光なんかは無色の光として認識されてるが、プリズムなどで波長ごとに色分けしてみると、いろいろな色が重なり合っていることがわかる。問題は、光が「何色」で、どの「時間」に区分されているかだそうだった。


 …小難しい話だが、可視光線という区分は、あくまでヒトの視覚を主体とした分類で、通常は、様々な波長の可視光線が混ざった状態であり、この場合、光は白に近い色に見える。プリズムなどを用いて、可視光線をその波長によって分離してみると、それぞれの波長の可視光線が、ヒトの目には異なった色を持った光として認識されることがわかる。各波長の可視光線の色は、日本語では波長の短い側から順に、紫、青、水色、緑、黄、 橙、赤で、俗に七色といわれるが、これは連続的な移り変わりであり、文化によって分類の仕方は異なる。波長ごとに色が順に移り変わること、あるいはその色の並ぶ様は、世間ではスペクトルと呼ばれている。また、1つの波長のみを含む色はスペクトル色と呼ばれている。


 SPで用いられる「スペクトラム」という用語は、このスペクトルが語源になっていて、“目に見える範囲が世界の全てではない”という意味が込められていた。それだけじゃないみたいなんだが、ここで康熙が言いたいのは、人の見る角度や視点が変わることで、世界がたった一つの形を持っていないことを知ることができる、というものだった。光はその象徴で、光という媒体を介して、世界は色を持つことができ、時間に形を持たせることができる。あらゆる物質や物体は単に一つの「区分」の中に存在しているわけじゃなく、さまざまな要素の中に絡み合い、分立し合っている。SPを語るとき、そこには必ずアンダーテイカーとしての資質が関わってくるわけだが、アンダーテイカーとはいわばスペクトラムを操る者とも言い換えることができ、戦闘能力の値を“数値化できるもの“として、科学的に定義することもできた。



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