この1年間に何があったのか。爽介は時々考えてしまう。だけどその度に、何もない白いキャンバスを見つめた時のような、空しい感覚になる。線もなく、点もない。まるで何も起こっていないかのような、真っさらな地平線。サヤの言葉はどれも、彼にとって日常の「外」にある言葉だった。話せば話すほど彼女が近くに感じるのに、どこか、隣にいる気がしない。本当に彼女が「自分」のことを見ているのか、——「夢」を見ているわけじゃないのか、そんな疑問さえ湧いていた。だから、こう尋ねたのだ。
「…俺、死んでるわけじゃないよな?」
「何それ? そんなわけないでしょ」
「そっか」
爽介は、何の感情も乗せずにそう答えた。
ただの疑問だったんだ。頭の中がぐちゃぐちゃになる程、今は混乱している。そこに、何か特別な意味を見出すのは、きっと私だけ。サヤはそう思った。
「……他には?」
「え?」
「もっと話してよ。どんな友達だったのか」
「……」
サヤは、少しだけ迷った。それでも、彼の中の「私」があまりに空っぽであることに耐えられなくて、少しずつ話し始めた。
「爽介ってさ、授業中は寝てばっかりだったよね」
「……マジで?」
「うん。よく先生に怒られてた」
「最悪じゃん、それ」
「でも、寝てるくせにテストの成績はそこそこ良くてさ、それが余計にムカついたな」
「え、俺って頭よかったの…!?」
爽介は苦笑する。サヤは、それが懐かしくて、でも悲しくて、胸がぎゅっと締めつけられるのを感じた。本当は知ってるはずなのに、まるで他人事みたいに笑ってる。爽介の中の「私」は、どこにもいないんだ。
「サヤはさ、どんな子だったの?」
「え?」
「俺の記憶にないってことは、俺にとっての“サヤ”って、まだゼロみたいなものじゃん」
爽介は穏やかに言う。
「だから、知りたいんだよ。“昔のサヤ”のこと」
彼の言葉に、サヤは少しだけ戸惑った。
「……私は、普通だったよ」
「普通?」
「うん。ただの生徒で、平凡な幼馴染」
「そうか」
爽介は、その言葉を素直に受け入れる。何も疑問を抱かず、何の引っかかりも持たず。それが、どうしようもなく寂しかった。
——君にとって、私は本当に“普通”だった?
心の中で問いかけても、その答えはもう、誰にもわからない。
その日から、爽介はときどきサヤに「昔の話」を聞くようになった。それは、「彼女」だった私ではなく、ただの「友達」としての私を知るため。彼の中では、私は、同じ学校の生徒のひとり。特別でもなく、思い出の中にさえいない存在。
それでも、彼と話す時間は、サヤにとってはかけがえのないものだった。
——爽介は、きっと私を好きにはならない。
——私は、彼が好きだったことを言えない。
そんな均衡の中で、私は君の「昔の友達」として、もう一度関係を築こうとしている。
本当は、こんなものじゃ満足できないのに。
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