ボッ
落とした重心からの跳躍。後ろ足で蹴り上げた力は、木の葉を運ぶように軽々と風香の体を浮き上がらせた。アブソリュートが発動して、再度能力が使えるようになるには数秒かかる。その「数秒」で、風香は相手の懐へと潜り込んだ。
「…ヒッ」
岸谷の顔は引き攣っていた。距離にして20mはあろうかという距離。能力を展開するには、十分な「距離」だと認識していた。
——グッ
押し込めた拳を強く引く。腕を後ろに捻る動作。蹴り上げた足を伸ばしたまま、上体を反らす。
風香が特進コースで注目されるアンダーテイカーである理由。それは彼女の「能力」にあるわけではない。当然、彼女の能力自体は強力だが、能力がいかに強力でも、それを扱える知識や技量がなければ、より高度な戦いの場において遅れを取る要因になってしまう。この「交流戦」において、彼女はまだ能力を見せていない。アブソリュートを発動するために「能力」を行使したが、それはあくまで相手と自分の領域を中和するための一手だった。
肉体系(身体系)。“オーソドックスな型”と呼ばれるアンダーテイカーの一つの系統。アンダーテイカーの人口比率的には、3つある系統の中でもっとも多い系統に該当する。通称“強化型”と呼ばれるこの型は、身体操作に優れた者が自然と多くなる傾向にあった。外へとエネルギーを放出する精神系や、外部のエネルギーを利用する変化系とは違い、体の内側へとエネルギーを対流⇄格納させる“自己コントロール型(アスリート型)“ならでは特長と言えた。そして、風香はこの系統の中で、もっとも基本的な部分となる「基礎体力=フィジカル」が優れたアンダーテイカーだった。
たんに“身体能力”があるっていうわけじゃない。関節の使い方、筋肉の質。どのタイプのアンダーテイカーにも共通するが、SPというエネルギー場を利用する以上、通常の人間よりもはるかに丈夫な体や運動能力が”すでに備わっている”。康熙が言っていたドライブゲージと呼ばれる「格納庫」は、自らのポテンシャルを推しはかる“物差し”のようなものでもあり、「第二の肉体」のようなものでもあった。
風香の見せた跳躍。——あの脚力は、風香の身体操作の高さがあってこそなせる技。「能力」には使い所がある。そう自負する彼女にとって、戦いの基本はよりシンプルな次元の中に“収納”されていると考えていた。
ドッ
握りしめた拳を最小の距離で放つ。それはジャブの軌道のように小さく、——鋭い。後ろへと距離を取ろうとしていた相手の動きは安定していない。反応が鈍く、ノロい。的確なポイントの中で動く風香の動き。そのゾーンの中に“触れる”ことさえできず、止まっていた。ほとんど身動きが取れない状況だった。動揺した表情を隠すこともままならず、つま先が浮き立つ。
最小距離を走った拳が相手の顔面を捉える。すでに間合いは風香のものだった。グシャッという鈍い音が掠めるように響いた後、岸谷の顔がクルッと横に流れる。顎を捉えた一撃だった。モニターに青いランプが点灯し、審判員が笛を鳴らす。——試合終了の合図だった。
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