「…チッ、面倒だなぁ」
スニーカーの底が地面とぶつかる。乾いた音が所々に響く。被弾した腹部をさすりながら、一定の距離を“作る”。
変化系の能力者だと言うことは、風香も理解しているようだった。距離を取ったのはそのためだ。相手の情報がはっきり掴めない以上、無闇に動こうとするのは得策じゃない。時間と空間、——フィールドの環境。様々な条件から自分に置かれた状況を割り出していく。「戦い」はいつ、どこで起こるかわからない。ペルソナとの戦闘では数秒の迷いが命取りになることもある。距離を取るということは、「時間」を取るということでもあった。空間を広く使うことで、情報を得るためのスペースを“確保”する。そのために——
ザッ
勢いよく後方へとジャンプした後、風香は両足を広げた。低く、より深く。猫のように四つん這いになりながら、右手をそっと地面につける。試合は始まって間もない。相手はまだたった二撃を繰り出しただけだが、風香が不利な状況には違いなかった。ボディへの一撃が“軽め”だったとはいえ、予測できなかったことは事実だ。風香の取った行動は身を守るための行動。「防御」へと意識の比重を移した咄嗟の行動だった。必要以上に距離を空けたのは、風香の中で処理しきれない情報が横たわっているからに他ならなかった。
今、何が起きたのか。
距離を取ることへの最善の“位置”。それがどこにあるかを探りながら、状況を分析していく。低い姿勢を保ちつつ、全体を俯瞰する。敵がどこにいて、何をしてくるか。その情報の「具体性」は、戦況をコントロールする上では欠かすことのできない要素だった。相手の姿は見えない。二撃目を受け流した後、攻撃を受けた方向へと視線を動かす。しかし、そこにはいなかった。はじめから、どこにも存在していなかったように。
「厄介だね」
変化系の能力者が厄介なのは、多種多様な戦い方ができる者が多いという点だ。肉体系や精神系の能力者は基本オーソドックスな立ち回りをする者が多いが、変化系の能力者は幅が広くオリジナリティに富んだ戦略を取ってくる者が多い。環境と場面、複合的な要素、その他いくつかの要素を組み合わせた「戦術」を得意とし、間合いの取り方も様々だ。多様性があると言えばそれまでだが、共通しているのは、攻撃を直線的に行うものが“少ない”という印象だった。液体から気体、固形物からゴム状のものまで、あらゆる形質に体を変化させ、「自己」という枠組みを”流出”させる。精神系の能力者はあくまで頭の中のイメージを具現化することに特化しているが、変化系の能力者は頭の中のイメージを外部へと流し込むことを得意としている。これは外への力の移動ではなく、「力」そのものの形質の変化という意味での「流出」だ。放出ではなく“変形“。——そう、エネルギーの支点そのものを別の座標へと移すことができる者。それが【タイプIII】と呼ばれる変化系(コンサーティスト-concertist-)だった。
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