「SPっていうのは、一本の線を織りなすための素材みたいなもんなの。四角や三角のように決定的な形を持っているわけじゃなくて、自由に分解し、組み立てることができる“素量”みたいなもの。…イメージとしては、そうだね、粘土は色んな形に変えることができるでしょ?真っ白なキャンバスの上には、自由な絵を表現することができる。楽譜に好きな音符を乗せることができるように、0から1にするにはどうすればいいか、その力学的なプロセスの中に存在してるって言っていい。厳密に言えば「0」なんて単位は存在しないんだけどね?ようするに私たちは一本の鉛筆で、白いキャンパスは「外側」の世界。内と外を繋ぐのが「SP」で、“世界と世界の境界を取っ払うことができる力”って、私は認識してる」
感じ方や捉え方は人それぞれあるみたいだが、「ドライブ=SP(スペクトラム)」というのはつまり人間の想像力を外に押し出すことができる力だそうで、何もない場所に線を描くことができる「仲立ちとなる万能媒質」、——「物質と実体の境界面を拡張することができるアクセス圏」に該当するそうだ。まだまだ研究途上にある分野だから、その見方が正確であるとは思われていない。ただ、少なくともアンダーテイカーたちの持つ「能力」や、それに至るまでの基本的なプロセスの中には、SPが密接に絡みついていることは確かだった。アンダーテイカーの熟練者ともなれば、その本人が持つ「能力」に関係なく体についた傷を瞬時に回復させたり、身体能力を爆発的に強化させたりすることも可能だそうだ。もっとも、風香が言うようにあくまで“基本的なところ”を磨いてからだそうだが。
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体力トレーニングのカリキュラムに則って、いくつかのメニューを反復しながら午前中を過ごしてた。同じクラスの生徒と談笑したり、専門的な器具を使って体全身の扱い方を学んだりした。風香はずっと1人でトレーニングしてた。周囲の雑音を遮断するようにイヤホンをつけ、フィールド内の短い距離をひたすら走ってた。生徒によってトレーニング方法は異なっていた。周りを見れば、片足ずつ連続してジャンプしていたり、横向きに寝て、片肘を床について体を支えていたりする生徒もいた。肉体と精神。優秀なアンダーテイカーになるには、体の使い方、及び全身を動かすための感覚器官を鍛えていく必要がある。派手な練習方法なんてなくて、大抵は地味で、地道な作業になるものばっかだ。単純に重たいものを持ち上げるとか、何も考えずに走っていればいいってわけじゃない。筋肉を大きくするには何が必要か。筋肉を支えている関節の動きや、神経と筋繊維がつながっている場所。様々な部分や要素を切り分けて考えていくことで、たった一つの動きの「機能」を読み解くことができる。自分の体を知ること、自分の扱える肉体の「範囲」を知るためには、何ができて何ができないかの境界を探っていく必要がある。体力の基礎トレーニングの教本には、こうあった。
『目標に向かって明確なビジョンがあれば、それに向かって最初の一歩を踏み出すのは簡単だ。問題は、1千回と1千1回とでは天と地の隔たりがあるということだ。次の瞬間に挑戦しなければ、何も変わることはない。ここで言う“トレーニング”とは、限界点がどこにあるのかを常に探す作業だ。シンプルな動作や身体操作の中に、鋭利な刃物を見出すことができる。生と死の境界は常に二分化することなく、同じ水平線の中に漂っている。壁を取り払う手段は、常に「今」だ。今の連続こそが、一本の線を紡ぎ出すことができる方法である。』
と。
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