ピーーーーーッ
「勝っ………た?」
一瞬の出来事すぎて、何が何だかって感じだった。さっきまで押されてたはずなのに、形勢がひっくり返っている。康熙は元々感情が豊かなタイプじゃない。だからってのもあるだろうが、最初から最後まで、試合状況を落ち着いて見ていた。まるで、風香が勝つことが当然かのように。
「ふう、疲れた」
タオルを肩にかけながら、涼しい表情(カオ)でステージを後にする風香。額には、汗一つさえ掻いていないように見えた。
「何惚けてんのよ」
あんぐりと口を開けたままの俺を見て、彼女はそう言う。そりゃ惚けもする。俺からしてみれば圧巻の試合だった。あんな動き見たことないし、あの男子生徒も凄かった。風香を襲ったあの無数の腕。あれがどんな能力だったのかは結局わからなかったが、とりあえず「凄い」としか…
「らしくなかったね」
康熙が言う。風香は苦笑いを浮かべながら、ポリポリッと頭を掻く。
「対処できると思ったの」
「下手したら負けてたよ?」
なんのことかと思ったが、多分、横腹に受けたあの一撃のことだろう。風香は攻撃を喰らった場所をさすりながら、大したことないというジェスチャーを交える。確かに危ない一撃ではあった。試合を決めるほどの「有効打」ではなかったものの、あのまま試合が終わっていれば判定で負けていたはず。それは本人もわかっていた。
「全部捌いたと思ったんだけどなぁ」
「遠隔の攻撃ってのはわかってたんでしょ?」
「わかってたけどさ」
「最初から「眼」を使えば良かったのに」
「それじゃ、交流戦の意味がないでしょ。できるだけ様子を見たかったの。眼に頼ってちゃ他の感覚が衰えちゃうし」
そういえば、あの「眼」は能力じゃなかったんだろうか?風香は最後まで能力を使わずじまいだった。だから、少し気になった。
「あれは違うよ」
「でも、見るからに普通じゃなかったし…」
「“直覚”は誰にでも備わってる。霊感とか“直感”とか、巷でよく言われてるでしょ?第六感がどうとかって」
「…ああ」
「SPの扱いがうまくできるようになれば、直覚の感度を上げることだってできる。あの「眼」はその応用みたいなもん」
わかるようなわからないような…。「直覚」っていう言葉じゃピンとこなかったが、第六感っていう言葉で、なんとなくイメージはついた。誰にでも備わってるっていうけど、じゃあ、俺にも…?俄かには信じられなかったが、感覚を磨くには練習するしかないそうだった。基礎練やイメトレを積んでいけば、自然と体の扱い方もわかるようになってくる。体の扱い方がわかれば、その「感覚」とやらも。
他の生徒同士の交流戦が何戦か続いて、午後の授業が終わった。これから今日のトレーニング内容について学校でレポートを書かなくちゃいけない。俺たち3人はスタジアムを後にし、帰りのバスに乗った。ぞろぞろとスタジアムを後にする生徒で、入り口付近は賑わっていた。このスタジアムで、つい最近まで俺も戦っていたっていう話を聞くと、どこか不思議な気持ちになった。吸い込まれそうなほどに大きな門構えも、屋根の下に伸びる高架下のような巨大な梁も。スタジアムに聳える円周状のリングトラスが、暖かい夕日の光に照らされている。屋根の隙間から溢れる光の粒が、駐車場の地面をチラチラと動かしていた。
窓の外で流れていく景色を見ながら、ふと、視線を逸らす。レポートの下書きを、ポチポチとスマホに打ち込んでいた。文章を書いているその傍らで、そっと手のひらを開く。康熙が見せてくれた、あのボール。俺にもあんなことができるんだろうか?消えた記憶を追いかけようとする感情のそばで、「ドライブ」っていう言葉を頭の中で反芻した。
…ドライブ、SP…。
そんな俺をよそに、ポテチを齧りながら風香は言う。「この後カラオケに行こう」って、目をキラキラさせて。よっぽど歌いたいんだな…。けど、生憎今日は予定があってさ?レポートを書いたら、サヤに会いに行かなきゃいけない。学校の外で待ち合わせてた。サヤは特進コースじゃなくて一般コースの生徒だから、従業が終わる時間も違うんだ。だから、とある「場所」で落ち合おうってことになってた。その場所は、サヤが言うには“特別な場所”だそうで。
「つまんないなあ」
「まあそう言うなって」
「コウ、こんなやつほっといてラーメンでも食べに行かない?」
「ポテチ食ってんのにラーメンって。食生活大丈夫か?」
「好きなもん食べて何が悪いのよ」
「バランスってもんがあんだろ?康熙は康熙で菓子パン食い過ぎ」
「野菜嫌いのあんたがよく言うよ。私この前見たからね?ピーマンだけ残してるの」
「あれは食べ物じゃねー」
「…うわっ、聞いた今の?子供っぽいこと言っちゃって」
海岸沿いの道を走りながら、俺たちは笑い合った。『東京国際空港』行きの青い看板が、大通りの交差点にすれ違う。バスはゆっくりとハンドルを切り、ビルの立つ街中へと曲がっていった。
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