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「あのさ、俺たちって、どんな“関係”だったの?」
ある日、爽介はそう尋ねてきた。放課後の教室。誰もいなくなった静かな空間で、サヤはその言葉を胸の奥で転がす。
「……この前言ったじゃん。ただの友達だって」
「いや、そうなんだろうけど、どうも腑に落ちないっていうか」
「どうして、そんなこと聞くの?」
「単純に、気になっただけ」
爽介はまっすぐにサヤを見ていた。彼の瞳には、何の迷いもない。ただ純粋に、「自分が知らない過去」を知りたいというだけだった。それが、サヤの心を少しだけ傷つける。
「……“仲の良い友達“だったよ」
「そっか」
爽介は納得したように頷く。それだけで終わると思ったのに、彼はさらに言葉を続けた。
「いつから?」
「…いつから?!」
「いや、ほら、入学してすぐとか、…あるじゃん?」
「…うーん」
「サヤみたいな子と仲良くなるなんて、ちょっと想像しづらいっていうかさ」
「…どういう意味?」
「そのままの意味だよ。俺って、…いや、自分で言うのもなんだけど、ちょっと「変」じゃないか?」
「変??」
「…問題児っていうか、サヤみたいな子とは釣り合わないっていうか…」
「そんなふうに思ったことはないけど」
「そっか」
「なんでそんなふうに思うの?」
「…いや、なんか噂がさ。それに、サヤはほら、めちゃくちゃ美人だし…」
「…やめてよ、そういうの」
「ごめん…」
「噂なんて信じない方がいいよ?少なくとも、私はそんなふうに思ったことない」
「じゃあ、どんなふうに?」
「どんなふうに?うーん、それはちょっと野暮じゃない?」
「… そっか、ごめん」
「すごいなぁって、そんな感じかな?」
「すごい??」
「私はただの“普通科”だからさ?羨ましかったんだ。私なんかにはできないことが、爽介にはできてさ?」
サヤは淡々と答えた。過去を話すことで、何かが変わるわけじゃない。それに、彼が知りたいのは「彼女」としての自分ではなく、「友達」としての自分なのだから。
「できないことって?」
「一緒にミッションとかしてたら、大抵いつも驚かされてたよ。すごい点数を叩き出したり、私には行けないところを、ヒョイって軽々飛んで行ったりさ?」
「へぇ…」
「すごい、って、単純に思ってたんだ。どうやったら爽介君みたいにできるかなって、ずっと思ってた。ま、「憧れてた」って感じ?」
「俺のことを??」
心臓が一瞬止まりそうになる。“憧れてた”。そのことを思わず口に出した時、自分が彼のことをどう思っていたのか、少しだけ考える時間があった。ありのままの言葉だった。爽介の隣にいる時のサヤは、いつも、目を輝かせていた。サヤも爽介と同じく、アンダーテイカーを目指す生徒の1人だ。アンダーテイカーになろうとするものたちは皆、「強さ」とは何かを追い求めている。もちろん、その「強さ」には様々な見方があり、考え方がある。爽介の目指す「強さ」と、サヤの目指す「強さ」は違う。あるいは、サヤの目指すものが、世間一般的な意味での“強さ”とは何も関係ないものかもしれない。ただ、彼女は変わろうとしていた。弱い自分を捨て去ろうとしていた。学園にいるものは皆そうだ。ペルソナたちが街を襲った時、“自分たちには何ができるか”。そのことを常に考え、将来についてを考えている。だからこそサヤは、爽介に憧れていた。爽介は才能に恵まれた生徒の1人だった。「才能」だけじゃなく、アンダーテイカーを目指すものとして、その志を人一倍強く持っている生徒だった。
サヤは無理に笑い、冗談めかして言った。
「爽介みたいになれたらって、いつも思ってたの」
「俺みたいに?」
「爽介っていっつも無茶ばっかりで、そのくせ、不器用で(笑)先生に突っかかっていく時もあったんだよ?あの時は困ったなぁ」
「…やっぱ問題児じゃん」
「あはは、ごめんごめん。でも、“敵わないな”って思っちゃったんだ。…多分、出会った時から。私には、爽介みたいに振る舞えないな、って」
「…っていうのは?」
「覚えてないかもしれないけど、昔、困った生徒を助けてたの。その子、ミッション中に足を挫いちゃって」
「…へぇ」
「ほっとけなかったんだと思う。爽介ってば、その子を担いで一緒にゴールしたの。自分の成績にも響くっていうのに」
「…そうなんだ」
「他にも色々あるよ?「すごいな」って思った理由。数え出したら、キリがないくらい」
サヤは、遠くを見つめるようにそう言った。爽介は、それが「自分のこと」だとは到底思えなかった。なにしろ、彼にとってはこの学園の景色も、目の前にいる彼女も、彼女の着ている紺色の制服でさえ、真新しいものだったからだ。
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