相手の攻撃を避けながら、何度かカウンターを狙おうとしていた。相手の姿が見えないのは、物体そのものを変化させているからに他ならない。推測に過ぎないが、たんに体の色を変えているだけか、体そのものを“見えない何か”に変化させているか。初見の相手である以上、探りを入れながら情報を集めなければならなかった。空間を有効に活用しつつ時間を稼ぐ。その作業は地道で、素早い。
キュッ
上体だけを動かしながら、パンチを避ける。次の動作から動作へ。流れるように傾く動きが、目に見えて大きくなってきた。風香の攻撃は当たらなかった。パンチに合わせて自らの腕を前に伸ばす。“見えない空間から突然手が出てきている”という状況で想定されるのは、いくつかのパターンだと彼女は踏んでいた。
本体がどこかに隠れているか、もしくは、体そのものを透過させているか。
康熙は言った。「もし体を透過させているなら、わざわざ腕を実体化させる必要はない」。それもそうだなと思った。見えないものをわざわざ見えるようにするのは理に反してる。見えない状態のままで攻撃を与えられるなら、それに越したことはない。ということは、相手は攻撃の時に「腕」を“実体化させている“?わざわざ姿を見せてるってことは、そうせざるを得ないってことだよな?でも、だとしたら…
キュッ
キュッ
視点と、視野。
風香は探っていた。相手の攻撃範囲と、距離感を。あらゆる局面において、初手の動きは重要になる。情報が少ない時にこそ、攻撃の手段を最大化するチャンスが訪れる。相手に届き得る“接触点“。逆に考えれば、相手の初手の動きにこそヒントが隠されていると康熙は踏んでいた。ボディへのあの一撃。あれは風香が対応できなかった「攻撃」だった。数少ない情報の中で咄嗟に上体を逸らした、反射的な対応。あの後に生まれた「隙」を、相手はうまく突いていた。そのチャンスをモノにできなかったと考えれば、自ずと相手の力量がわかってくる。
「——シッ」
相手の攻撃を見極めつつ、左右に動く。攻撃に対する対応は、時間を追うごとに柔軟になっていった。見えない場所からパンチが出てくるとは言っても、完全に予測不能というわけではない。何もない空間から腕が飛び出してくる間際、ほんのわずかな空気の揺れのようなものがあった。木の葉が風に揺らされる程度のわずかな変化だったが、風香はそれを脳の中にインプットしていた。
小刻みなステップ。口から漏れる吐息。最初は距離を取っていたが、相手の攻撃を避ける「間合い」が狭く、小さくなっていく。
「反撃の機を狙ってるね」
「反撃っつっても、姿が見えないんじゃ…」
どう対処するつもりなのか。それは俺にはわからなかった。仮に本体が別の場所にあるとしたら、カウンターを取ろうにも取れない。姿を透明にしているだけならまだしも、風香が伸ばした手は、何かに接触しているようには見えなかった。
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