(――そっか。
超人ばかり見てきたから麻痺してたけど、シュガーさんだって普通の乙女なんだ)
妙にほっこりした気分になったバイトは、一歩距離を置いて先輩二人の会話を眺めることにした。
愉し気な雰囲気の邪魔にならぬよう、演出家のごとく気配を消して彼らの接近を後押しする。
なぜ彼女は、こんなにもお節介を焼くのか。
それは多分、バイトがずっと個性的な人とばかり接し続けてきたからだろう。
常識人枠における強力な助っ人キャラは、彼女にとっても貴重な存在だった。
談笑を聞いているこっちまで嬉しくなる画の中、バイトは玄関の方を見張る。
(一秒でも長く話してくれるといいな。
お客さん来たら、自動的に応対しなきゃならないから。
……って、思ってたらお客さん来ちゃったよ。
ガックリ)
なんと間の悪いことか。
いいムードが芽生えたタイミングでお客さんが来てしまった。
見ればお客さんは、男女二人組の駆け出し冒険者。
冴えない見た目の青年と、ツインテールを特徴とした明朗そうな女子が、まっすぐこの総合受付に向かって来ている。
仕方ない。
応対しよう。
短くため息を吐き、バイトは先輩直伝の笑顔を作る。
「―――こんにちは。
こちらでご用件をお伺いいたします」
「あぁ。
近所の屋根修理クエストが終わったから、その報酬を取りに来たんだ。
……『雄一郎』で署名してたはずだから、すぐわかると思うんだけど」
「ユウイチロウ様――登録番号一二二六のクエストですね。
依頼完了の審査は済んでいますので、すぐに報酬金のお支払い手続きをいたします…………あ」
と、ここでバイトはあることに気付く。
なんと見習いであるバイトでは、冒険者に報酬を渡す権限がない。
受付所独自の厳しい金銭管理システム上、彼女はお金を渡すことができないのだ。
これでは営業とせっかく歓談できているシュガーの手を煩わせてしまう。
だが、他に打てる代案はない。
バイトは己の迂闊さを痛感した。
「――あの、シュガーさん」
「ん、何かな?」
「恐縮なんですが、この冒険者さんにお金をお渡ししてくれませんか?」
「え……あぁ、そっか!」
ハッと我に返ったシュガーは、すぐに気持ちを切り替える。
「教えてくれてありがとう!」
こうしてシュガーは、受付という主戦場へと身を戻した。
椅子に座りなおし、背筋を整え、すっぱりと前を向く。
客と目が合った。
今日初めてシュガーは、カウンター越しにユウイチロウと相対した。
いつもの彼女であれば、ここからスムーズに報酬受け渡しの手続きへ移行するターン。
余裕の笑みでお金を渡し、ごくごく自然に次のクエストを取り付けさせ、お客様を十二分に満足させて帰す百錬の御業を披露するところだ。
だというのに、今日はどうしたのか。
目の前の客を直視したまま、ただいまシュガーは硬直していた。
顔面蒼白である。
「あわわわわ……!」
「……大丈夫ですか?」
バイトが心配する横で、彼女の容態はどんどん悪化していった。
瞳孔は散大し、手は震えて強張り、変な汗を滝のように流していく。
この青年、いったい何者だ。
なぜ彼の顔を見ただけで、シュガーはこんなにも怯えているのだ。
元カレだとか。
借金の保証人だとか。
家賃を滞納しすぎたがために、六畳間の自宅に瞬間移動してきた大家さんだとか。
顔を合わせるのが気まずい間柄の誰かでなければ、彼女のこの顔色の悪さに説明がつかない。
直感をフルで活かし、シュガーは彼の正体を暴こうとする。
だが、動き出しが少し遅かったようだ。
真実にバイトが辿り着くより先に、シュガーは答えを口にした。
「―――て、転生者‼‼」
「え!」
一目で正体を看破されたことに、青年は驚きを隠せない様子だった。
どこで転生者と気づけたのか、と興味津々に彼は質問をする。
「なんでわかったんですか⁉
趣味の欄にもそんなこと書いてないのに!」
どうやら、シュガーの予想は当たりらしい。
この元引きこもりっぽい見た目をした青年は、なんと別次元からチート能力を引っ提げて生まれ直した転生者だったのだ。
確かに、異世界転生ルートで冒険者になった人間は、この世に何人か存在している。
が、それにしたって彼らがクエスト受付所に足を運んでくるのは、かなり珍しいことだ。
対面で話をする意義を軽んじる彼らは、クエストの契約も報酬受け取りも、すべて通信一本で終わらせてしまう。
つまり、人間関係を希薄にしがちなのだ。
…………と、そんなことはどうでもよかった。
「あ……うぁ……!」
アイコンタクト一発で心神喪失したシュガーは、その場で頭を抱えてブルブル震え出した。
壊れたラジオのように、何やら譫言も呟いている。
「転生者コワイ転生者コワイ転生者コワイ転生者コワイ転生者コワイ…………!」
「――あの、大丈夫ですか?」
様子のおかしい人の体調を気遣うのに理由はいらない。
だから転生者の青年は、本気でシュガーを心配し、手を差し伸べた。
……逆効果だった。
「いやぁぁぁっ!」
シュガーは絶叫する。
「――来ないで、見ないで、触らないで、息しないでー‼‼」
「あの…………もしかしてオレ、また何かやっちゃいました?」
悪気のない男の発言。
しかし、これが引き金となり、シュガーの生理的嫌悪の調節弁は全面開放された。
もう、だれにも止められない。
「――出たぁ、悪魔の常套句‼」
シュガーは暴走を始めた。
「周りの空気読まずに中ボスとか倒しちゃっても、ヘラヘラ笑って有耶無耶にする人格から来るやつ!」
「いや別にそんなことはないんですけど……」
「――契約済みのクエストに茶々入れられても、私たちが迷惑するだけなの、わかってないなんて!
このトンチンカン!
サイテー!
ヘンタイ!
あっち行けー!!」
「わー! 落ち着いて、頼むから!
なんかこれだとオレが痴漢したみたいな構図に……って、あれぇ!?
もう周りから白い目で見られてる⁉」
もはや収拾のつかない事態だった。
館内にいた老若男女すべてから、鋭い視線が転生者の背へと注がれる。
これでは大事なお客を応対するどころか、人としての尊厳をペッパーミルで粉砕することになりかねない。
すかさず、純心さが売りのバイトがフォローに回る。
「――すいません、すいません、すいません!
ただいま個室にご案内します!
ので!
彼女とは十メートルほど距離を開けてお待ちください!」
頭を下げまくる中、新人である彼女は人物評価に下方修正を加えた。
……シュガーさんは「普通の乙女」だ。
常識人枠の強力な助っ人キャラだ。
そう思っていた。
前言撤回。
……やっぱり例に漏れず、彼女も変な人でした。
「先ほどは取り乱してしまい、大変失礼いたしました」
「……(シュコー)」
「深く、お詫び申し上げます」
そう言ってシュガーは、向かいにいる転生者とお連れの少女へ頭を下げた。
同じく隣に引っ付いていた研修中のバイトも、先輩に倣って頭を下げる。
「――申し訳ございませんでした」
「……(シュコー)」
現在バイトたちが居るのは、受付所二階にある接待用の個室。
以前にも『使徒』を通したことがある、あのモダンな部屋である。
ここならば目を散らすことなく、腰を据えた話し合いができる。
客との関係回復を図るシュガーは、そっとハーブティーを客へ差し出すついでに、自分の諸事情を語り始めた。
「――実は私、恥ずかしいことに『転生者恐怖症』を患っていまして」
「……(シュコー)」
「別世界からこの世界に転生された方に対して、過剰に反応してしまうんです」
「……(シュコー)」
「生理的に嫌いだとか、色眼鏡で見下してるとか、そういうわけではないんです!
そこだけは、もうホント誤解しないでいただきたいです!
私もすぐに慣れてみせますので!」
「……(シュコー)」
客二人は何も言わなかった。
シュガーの無礼を赦してくれたかどうかは、尚も不明。
だが、少なくともその補償についてを、今この場で話し合うつもりはないらしい。
シュガーは、肩に込めていた緊張を解いた。
「――それでは改めて、本題であるクエスト報酬について、話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……(シュコー)」
「まず、報酬。
こちらは芝居小屋の管理人の方から、高い評価をいただいております」
「……(シュコー)」
「ですので、私どもとしては報酬を一割ほど増額の方向で検討して――」
「…………うん、ちょっと待ってくれるかな(シュコー)」
すると、ここで。
転生者である雄一郎が初めて口を開いた。
一体全体どうしたというのだろう。
平然と話の腰を折る彼は、とあることを確認したがっていた。
「ひとつ、どうしても訊いておきたいことがあるんだけどさ」
不満爆発か、それとも訴訟か。
彼の口から何が飛び出すか、受付所職員には分かったものではなかった。
感謝の意を込めて依頼者が報酬を弾んでくれたのならば、その分のお金を素直にもらっておけばいいはずだ。
それとも恥をかかされた直後に仕事の話をされたことが、彼の癇に障ったのだろうか。
まさか、今さらシュガーの対応にいちゃもんを付けるつもりではないだろうが……この転生者が空気の読めない無神経男であれば、可能性はある。
質問の内容が読めず、ぴくりとシュガーは身構えた。
「もちろん構いませんよ。
どんなご質問でも、ご批判でも、何なりと仰ってください」
「じゃあ、遠慮なく言うけどさ…………」
そして。
転生者は訊ねた。
「―――なんでオレ、ガスマスク被らされてんの?」
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