神クエをあなたに!

薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
夏野わおん

第五話 転生者のハーレム作りは甘くない

5-1 もう一人の受付嬢!

公開日時: 2021年6月8日(火) 17:01
更新日時: 2022年1月6日(木) 12:16
文字数:3,564

 突然だが、この世界には『転生者』と呼ばれる者たちがいる。

 

 物品を携え、年齢も変わらずに転移してくる者もいるが、彼らもまた同じく『転生者』に分類されている。

 

 ……イルカとクジラを同じものとして扱っているようなものだ。

 

 転生者と呼ばれる人間がいることを知ってくれれば、今はそれで十分。

 

 

 では、話を戻そう。

 

 

 並行世界から新たな肉体を得てやってきた彼らは、皆一様に創造神から強力なスキルを授かっているのが特徴だ。

 

 また転生者たちは大抵、魔王討伐に興味がない。

 魔王を簡単に倒せる実力があって敵とも見なしていないためか、はたまた戦いに興味がないだけなのか。

 

 理由は不明だ。

 

 

 とにかく彼らは、自由気ままな人生を望むことが多い。

 

 ある者は、冒険者職に就いてジビエ猟に精を出し。

 

 ある者は、農村で細々と暮らし。

 

 ある者は、学習塾を開いて未来の勇者を育成し。

 

 ある者は、諸外国を相手に商売をする。

 

 固定概念や常識に縛られることを彼らは何よりも嫌っていた。

 

 

 それゆえ。

 

 たまに転生者たちは、クエスト受付所へ突拍子もない事案を持ち込むことがあった。

 

 今回はそんな、モンスタークライアントの話である。

 



「……来る」

 

 バイトの隣で業務に励んでいた女性は、突如真剣な顔でそう言った。

 

 

 常人にはできない痛い発言に、バイトはすぐ反応した。

 

「えっと……誰が来るんですか?」

が、来る……」

「やつ?」

「あ、ごめんなさい。独り言が出ちゃったみたい」

 

 

 ちろっと舌を出して謝る彼女は、先輩職員の『シュガー』。

 もう一人の受付嬢である。

 

 その見た目は、穏やかそうなゆるふわ系女子といった印象。

 完全な温室育ちだからだろうか。

 

 朝日を浴びて輝く雪に似た銀白の髪を伸ばし、頭頂部から足先の間にて露出した肌はきめ細かくて隙がない。

 

 座高はバイトとさほど変わらなくとも出るところの出た体型は、主張し過ぎない質朴さとの相乗効果もあって、より高次元なレベルでまとまっている。

 

 さらに柔和な笑みを常に湛えた顔は、天上の女神に勝るとも劣らないクオリティであり、一度その慈愛に触れてしまえばどんな客でも心を溶かされた。

 

 

 まるで、常に陽だまりの中に居るかのように彼女。

 

 いじらしくも崇め奉ってしまいそうになるその姿に、バイトは初対面の時点でただならぬ個性の波動を感じていた。

 

 初出勤からまだ一週間しか経っていないというのに、既にシュガーへ全幅の信頼を置いているのがその証拠である。

 

 

「シュガーさんも独り言を吐いたりするんですね」

 

 くすくす笑った後、バイトは訊いてみた。


「それで、奴ってどなたのことなんですか?」

 

 

「うーん……とにかく厄介なタイプの人、って言ったらいいのかな」

 

「特定の個人、じゃないんですね」

「そうだね」

 

 シュガーは優しく答える。

 

「――契約済みのクエストに横からちょっかいを出す、みたいな。

 そんな『土地の風習・信仰・条例にケチをつけたりするような無法者』、って言えばわかりやすいかな。

 そういう人が、近くまで来てる気がするの」

 

 

 第六感。

 動物的直感。

 

 シュガーの隠れた才能を、心からバイトは尊敬した。

 

「姿も見えないうちに人の気配が分かるなんて……すごいですね」

「三ヶ月も仕事をすれば、おのずと常連さんの気配はわかるようになると思うよ」

 

 例えるなら、とシュガーは指を立てた。

 

 

「『鋼鉄の機械人形で戦っている時、相手の人形に宿敵が乗っているのを、ビビビッと受信する』……のに近い感覚、かな」

 

 

「受信――ちなみにその能力、医療保険はきくんですか」

「……え?」

 

 バイトによる意味の分からない質問。

 

 一瞬の間。

 

 シュガーの額に疑問符が浮かぶ。

 

「ごめん、何の話かな?」

「…………わたしにもよく分からなくなっちゃいました?」

 

 

 残念なことに、二人の会話はビミョーに噛み合わない。

 天然ボケが入った者同士、融和するには別媒体が必要らしい。

 

 お互いに首を捻ったまま、話は宙空で停滞する。

 

 このままでは人間関係や物語が進展しない。

 そう神も危惧したのだろう。

 

 よって。

 空気の読める乳化剤が派遣された。

 

 

「――おーす!」

 

 そんな声の聞こえた玄関の方を見ると、仕事終わりの営業が大手を振りながらこちらへ歩み寄ってくるところだった。

 

 よっぽど良いことがあったのか、その足元はタップダンサーのように軽やか。

 

 鼻唄混じりに、彼は自己紹介する。

 

 

「――クエスト受付所唯一の勇士!

 天才にして万能マン!

 完璧でないがゆえに欠点なしの営業さんが、ただいま戻りましたよーっと!!」

 

「あっ、お疲れ様です」

 バイトは笑って出迎えた。「なんだか嬉しそうですね」

 

「まぁねー、今日は気分がいいんだ」

「何かあったんですか?」

「それがさ……ユークリッドデビルの討伐クエストをゲットできたんだ!」

 

「えっ!

 それって確か、高難易度クエストの中でも人気が高いって噂の……!」

 

「そうそう!

 それを一人あたま三十万グランの報酬で取り付けられたんだぜ?

 手数料もかなり取れそうだし、さすが俺、有能だなぁ♪」

 

 

「へぇ……でも珍しいですね。営業さんが仕事してこられるなんて」

 

「ガーン!」

 


 必殺の毒舌だった。

 

 予期せぬ言葉の右フックに、営業はなすすべなく打ちのめされる。

「俺けっこうショックだよ、バイトちゃーん……?」

 

 無意識のうちに漏れてしまった彼女の本音。

 

 しかし、これがなかなかに痛いところを突いていた。

 

 

 実際今のところ、この営業という男が働いている姿をバイトは見たことがない。

 

 この間のサキュバスの件でも活躍こそしたものの、その動機自体は歓楽街を潰されたくなかったという恣意的な面が強かった。

 

 新人のバイトから、風俗好きの給料ドロボーとレッテルを貼られても別段不思議なことはない。

 

 だから、彼女の鋭利なツッコミに悪意はないと言えた。

 

 

 だが。

 

「――こら、バイトちゃん」

 

 どんな会社にも常識人は一人配されているものらしい。

 バイトの行き過ぎた偏見を正す者がいた。

 

 シュガーである。

 

「だめだよ、そんなこと言っちゃ。

 こう見えても営業さんはね、スゴい頑張り屋さんなんだよ?」

 

「シュガーさん……」

 めっ、と子供を叱るようにして、シュガーは隣の新人を注意する。

 

「私たちが冒険者さんに委託してる高難易度クエストだって、ほとんどは営業さんが受注してるものなの。

 わざわざ街の外まで足を運んでね」

 

「……ふくらはぎがパンパンに張りそうですね」

「しかもユークリッドデビルなんて大物、本当なら王国騎士団さんが倒さなきゃいけない相手なんだよ。

 報酬付きでクエストにできること自体、特別なコネクションがなければ実現不可。とってもアリガタイことなんだから!」

 

 

 補足しておくと、このユークリッドデビルとやら。

 

 名前こそ強者の風格を匂わせるカッコよさではある。

 が、メッキを剥がしてしまえば、駆け出しの冒険者が数十人レベルで徒党を組めば勝てる……そんな弱小モンスターだ。

 

 なまじ知能があるため攻略は難を究めるだろうが、討伐できてしまえば各個人に三十万もの大金が入る。

 受付所にもボーナスが入る。

 

 よくある連合戦、レイド戦だと思えば、これほど美味しいクエストはない。

 

 だから冒険者からもクエスト受付所からも、このクエストを仕入れてきた人間に感謝するのが通例になるほどだ。

 

 

 つまり。

 見た目と普段の行いによらず、営業はやる時にやる男だったのである。

 

 

「うわー、無知を晒してしまいました……すいません、営業さん」

「いーのいーの、気にしないで」

 

 失言してしまい謝るバイトを、営業は笑って許してくれた。

 

「馬鹿にされるのには俺も慣れてるから、これくらいどうってことないよ」

「……(何時からダメ男ポジなんだろう、この人)」

 


 自身の謎発言によってバイトからの同情度が一〇上がったことに、営業は欠片も気付かなかった。

 

 その代わり。

 配慮の行き届く性格をした営業は、くるりとシュガーの方に顔を向けた。

 

「――にしてもありがとーね」

「えと……何がかな」

 

「俺のこと誉めてくれたでしょ。ありがとう、うれしいよ」

「……ッ!」

 

 

 いきなり営業から見つめられて、驚いてしまったのか。

 

 顔を真っ赤にさせたシュガーは、ぶんぶん手を振って謙虚さを前面に押し出した。

 

 

 尋常じゃないテンパり具合で、彼女は舌を回転させる。

 

「いやっ、別に私は本当のことを言っているまでで……褒めてるっていうか、視てわかる常識をそのまま言ってるだけっていうか……あぁ!

 この視てるいうとは、いつも視てるとかそういうことじゃなか…………気にせんといてぇな…………恥ずかしい」

 

 

 あれれ、シュガーさん?


 半端な方言が駄々洩れ、且つ尻すぼみな語調で話す先輩のいじらしい様子から、バイトは勘を働かせた。

 

 

 火照った表情。

 外した視線。

 心を読まれないためのオーバーリアクション。

 

 ……でも時折、チラチラッと営業の顔を盗み見る異常行動をとっている?

 

 …………あ。これ、ひょっとしてアレじゃなかろうか。

 

 

 デキる後輩はすべてを察した。

 

 

 ――そう。

 彼女は恋をしているのだ。

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