神クエをあなたに!

薄幸の町娘は、借金返済のためクエスト受付所で働きます
夏野わおん
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特別番外編⑦ クロカミと営業がまだ喋ってるだけ

公開日時: 2021年5月9日(日) 16:59
更新日時: 2021年6月11日(金) 11:22
文字数:3,558

 ある日の夕暮れ。

 終業直後。

 スタッフルームにて。


 クロカミと営業は、残業に追われていた。



「……」

 

「……」


 

 モチベーションの上がらない作業。

 

 特に意見を交わす必要性のない課題。


 所内に一般の人々はおらず、待合室の灯りは落ちて…………以下略。



 とどのつまり。


 二人の残業は、小話五つを挟んでも終わっていなかったのである。


 



「……んあー、つっかれたー!」


 単調な作業ばかりで退屈してしまったのだろう。


 舟漕ぎをして、大きく伸びをして。


 凝り固まった肩をほぐしながら、クロカミは相方に話しかけた。


 

「ねぇ」

「なんでしょうか」


「この残業さ、ちゃんと労働として記録されてるんだよね?」

「……」


「残業代、ちゃんと出るんだよね?」

「……」



 営業は顔を上げなかった。


 ただし。

 パクッと口を開くと、当たり前のことのように彼は「残酷なリアル」を吐き捨てる。

 

 こんな風に。

 


「……出るわけないだろ」


「え」


「今俺たちがやってる仕事は、単なる書類作成だ。

 そりゃ文字の書き過ぎで腱鞘炎にはなるかもだが、難易度自体は高くない。

 家でもできるくらいだ」


「ってことは……?」


「領主から言われてるだろ?

 ――『簡単な仕事は、なるべく持ち帰ってやれ』ってさ」



 クロカミは悲鳴を上げる。



「ナニソレェ!

 じゃあ、まさかこれ労働時間にカウントされないの!?」


「……そういうもんだろ。サービス残業って」



 ごんっ。


 机に頭を打ち付け、動かなくなるクロカミ。


 全身で絶望を表現するその姿を横目に、営業は机の端へと手を伸ばす。


 

 そこにあったのは、菓子類の詰まった小さなバスケット。


 鹿肉ジャーキーや木の実の焼き菓子など、若者の小腹を満たすのに最適な食べ物が常備されたそれは、休憩時間になると毎日職員たちによって蹂躙されていた。


 そして、この法則は日の落ちた現時刻においても有効らしい。



 旨味の凝縮されたジャーキーを一本、営業は掴み取った。


 

「まぁ、今さら悲観することもないだろ」

 

 肉をしゃぶりながら、彼は言う。

 

「なんたって、あのクソ領主がオーナーなんだぜ?

 あのヤローが無駄に金をバラまくわけがない」



「……むー、納得いかないなー」


 突っ伏したまま、クロカミは不平不満を垂れる。


「もうさー。この書類の束とか全部、ヤギにでも食べさせちゃわない?」


「そうしたら無限地獄から晴れて解放。お前は心置きなく酒が飲める、ってか?」


「いえす」



 馬鹿正直な答えだった。


 そして、アルコールを中心とした思考回路であることを露呈する答えだった。



 やっぱり顔を上げず、自分の作業をしながら、呆れたように営業は言った。


 

「――言っとくが、いくらヤギでもインクは消化できないからな?」


「…………あ」


「バカなこと言ってないで仕事しろ、仕事」




 中略。


 及び、会話再開。


 クロカミの一言で、また静寂は破られる。




「ねぇ」


「なんでしょうか」


「しりとりしない?」


「……なんで?」


 営業は聞き返す。


「なんで脈なしのお前と、ゲームしなきゃなんないんだよ」 



 この営業の発言。

 それが余りに異常だったせいだろう。

 

 クロカミはドン引きしていた。


 

「……え、君にとってゲームって『お近づきになる手段』でしかないの?」


 道端に落ちたゴミを見るような目を営業に向け、彼女はゴミをゴミと呼ぶ。


「え、君って実はキモいね。ゲスだね。人生やり直した方がいいね」



「ひどい言い方だな」営業は肩を竦める。「別にゲームの捉え方なんて、人それぞれだろーが」


「でもさ。

 しりとりって、タダの暇つぶしでしょ。それ以外の用途ってあるの?」


「その娘の趣味、嗜好、普段触れるもの、通勤ルート、人物関係。

 そういうのを割り出すのに使えるだろ。

 まさか……使わないのか?」


 

「……ストーカー適性100点ですね、あなた」


「ねぇ、なんでさっきから敬語なの? なんか距離を感じるんだけど」



 独りで勝手に肌寒さを感じている営業を他所にして、一方的にクロカミはしりとりを開始した。


「じゃ、私から行くよ」


 菓子入りバスケットに手を突っ込みながら、クロカミは最初の一言目を口にした。



「クッキー」


「キー・ストラップ」営業は答えた。


「プ……プール」


「ルーペ・ストラップ」営業は答えた。


「プ……プロペラ」


「ランジェリー・ストラップ」無表情で、営業は答えた。


「まーた下ネタ……プ、プだよね。プ、プ……プリン…………っ、アラモード!」


 

「ドリアン・ストラップ」


「―――ちょっと、それズルくない!?」



 いい加減、堪忍袋の緒が切れたらしい。


 やる気が全く感じられない営業の回答に、クロカミは紛糾した。


「さっきからストラップしか言ってないじゃん!!

 それズルいよ!」



「別にいいだろ。作戦の範疇なんだから」


 何食わぬ顔で、営業はしれッと言ってみせる。

「それが嫌ならもう少し頭使ってみたらどうだ? 妨害してみろよ、ほら?」


 


「頭の問題じゃないでしょ!

 なんでもかんでもストラップ付けられたら、こっちからすれば堪ったもんじゃないの!

 勝負にならないよ!!」


「そりゃお前、四六時中同じ職場で働いてるやつのことなんて、今さら知りたいと思わないだろ。

 お前に欲情できない以上、俺が本気になるわけがない


 

「~~って、まだその自論引き摺ってたの。

 これだから、キャバクラ通いの似非王子はキモいんだ」


「でも言い換えれば俺は、『キャバクラに通えるだけお金を稼いでる』ってことだな。

 いわゆる成功者だ。

 ……ってなわけで誉め言葉、どうもごちそうさま」

 

 

「あー、なんか腹立ってきたなー」

 

 クロカミは指の関節を鳴らした。

 

「……殴っていい?」


 


「ダメに決まってるだろ」


 すぐさま営業は防御姿勢を取る。


「殺す気か」



 長机を挟んでの攻防戦。


 クロカミの一撃を持って、営業が屠られる未来は目に見えていた。


 しかし、今は仕事中。


 頭の体操程度であればまだオーナーに目を瞑ってもらえるだろうが、騒ぎを起こすのはNG。

 ましてや乱闘など論外だ。



 その辺りの常識だけは、クロカミの中にもあったらしい。


 振り上げた拳を下ろして、彼女は小さくため息を吐いた。



「……だいたいさ」クロカミは言った。「ドリアン・ストラップって、何よ」


 

「なんだ、知らなかったのか?」


「知らないよ」


「最近、巷で人気になりかけたまま生産終了した、アクセサリーシリーズのひとつだよ。

 

 テーマは、『人間社会の日陰者』だったかな。


 他にも、『腐った大豆』、『動きが奇妙なだけで特に害のない黒光りする虫』、『金ぴかの馬車を税金で買う政治家』とか――色々あるんだぞ」



「そんなの反則だよ…………どうせ『ドリアン』って言った手前、ンで終わっちゃうから『ストラップ』付けただけでしょ?」


 

「それならお前の『プリン』も怪しかったよな。

 『アラモード』付けるのに2秒くらいかかってたぞ」


「……それは言わない約束でしょ」


「約束した覚えはないし、してたとしても関係ない」


「その心は?」



 人差し指を立て、営業は言う。



「―――約束は破るものだから、だな」


「そーですね。

 労基無視してサビ残を推奨する領主とかいう存在が、それを証明してますもんね」



 はー。


 長く、深く、落胆の想いを込めて、二人は強めにため息を吐いた。


 だが、だからと言って仕事が消えてなくなるはずもなく、机の上には事務手続きの済んでいない書類が山積みになっている。



 だからだろうか。



 現実逃避に走るように、クロカミは口を開いた。


 

「ねぇ」


「なんでしょう」


「しりとりしない?」


「……お題は?」


「―――『この世の理不尽について、物申したいこと』」


「おっけ。乗った」


  そして。

 クロカミは口を開く。


「じゃ、行くよー。

 …………『領収書を処理してると、毎回1枚足りない』」


「い。

 …………『胃に穴が開く原因、たいていお客さんじゃなくて上司が作る』」


「る。

 …………『ルール守らないで狩場荒らした挙句、ケガしたら治療費寄越せっていう奴、いっぺんドブで溺れてしまえ』」


「え。

 …………『笑顔はタダですよねとかいう男、三股掛けてるか童貞かのどっちかだと思う』


「う。

 …………『嘘のプロフィールを申請書に書くな。あとあと書類作り直すことになって、仕事量三倍増しで詰む』」


「む。

 …………『無理は嘘つきの言葉、と誰かが言った。だから次の俺の台詞は、難しい』」


「い。

 …………『いつになったら、私たちは帰れるのでしょうか』」


「か。

 …………『帰れないと思われます。今日は完徹が確定です』」


「す。

 す。

 …………『ステーキ食べたい、今すぐに』」


「…………『逃げ出すのなら、俺も協力してやる』」


「…………『留守をバイトちゃんに任せるのは可哀想だから、ここにいる全員で行こうよ』」


「……」


「……」


「…………『用意はできた?』」


「…………『たぶん、ダイジョブ。問題なし』」


「…………『静かに行こう』」


「…………『うん、りょーかい』」


 

「「…………『いざ、肉の花園へLets’ GO!!』」」



 後日。

 

 彼らが領主からこっぴどく叱られたのは、言うまでもないだろう。



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