「夢か……」
リビングのソファーで、僕は目を覚ました。師匠のことを夢に見るなんてずいぶん久しぶりだ。滅多なことで、うたた寝なんてしないのだけれど、今日は少し飲み過ぎたらしい。時刻は既に二十三時近くだった。
もうすぐニューヨークで取引が始まる。僕は米国株の取引きはしないが、海外の値動きを見ながら夜間取引で持ち高を調整し、明日の作戦を考えつつ就寝するのが、普段の僕のスタイルだった。
寝ぼけ眼のまま上半身を起こし、なんとなくツイッターを眺めていると、突然、美しい蒔絵の施された京漆器の写真と共に、こんな感じの胡散臭い煽りが僕のタイムラインに飛び込んできた。
クソみたいな貴方の人生を、この箱で変えてみませんか? これまで数々の為政者を生み出してきた奇跡の箱です。お代は送料のみで結構。どんな権力でも思うがままです! 無事に権力を手にしましたら、成功報酬として一千万円を振り込んでください。
煽り文句としては下の下だなと、僕は思った。この手の詐欺に引っかかる奴らが欲しがるのは、『金か女』だ。『為政者』になんて興味があるはずがない。けれども僕は、その煽りの下に小さく書かれていた注意書きに、ほんの少しだけ興味を惹かれた。
*ただし、保証するのは権力を手にすることであって、その後の人生の補償まではいたしません。
本来、この手の注意書きは、商品の効果が感じられない場合の言い訳として記載されるものだ。だがこれは、『権力を手に入れても、幸せになれるとは限らない』という事が警告されているだけで、権力を掴む事そのものは保証している。
珍しいなと思って、僕はその下にある詳細ボタンをクリックしてみた。リンク先のページには、過去の所有者たちの栄枯盛衰のエピソードが詳細に記されている。眉唾物だなと僕は思った。
「もしこの箱の力が本物だとして、最期は不幸になるとわかっている代物を、欲しがる人間なんているはずないじゃないか」
そう独り言ちながら、ブラウザを閉じようとした瞬間、僕はその箱の最後の所有者を見て、ハッと息を飲んだ。
剣乃征大 田中角栄の裏金の運用を担った最後の相場師。
そこには、簡潔にそう書かれていた。彼の最後の弟子である僕は、それが事実であることを知っている。こんな箱など見たことはないが、師匠の遺品であることが事実なら、僕はこの箱を手に入れない訳にはいかない。
結論から先に言うと、僕はユキと名乗る少女からその箱を購入し、相場師を引退することになった。そして新たな世界に向けて、一歩足を踏み出す事になる。つまり、「人生を変える箱」の名に偽りはなかった訳だ。
だがこの箱の所有者には、栄光の後に必ず悲劇が訪れる。僕もきっと、その運命からは逃れられないだろう。語りたいことは山ほどあるが、まずはこの箱を手にすることになった、最初の一日から語っていこうと思う。
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