百合色あやかし怪奇譚

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まり雪
まり雪

凛月、母性に目覚める

公開日時: 2020年11月8日(日) 10:38
更新日時: 2020年11月27日(金) 14:28
文字数:1,495

「うわ?!」


 突然の出来事に、凛月は慌てて数歩後ろへと下がる。

 一体何事……と、さっきまで自分の立っていた場所を見ると、座り込んだ2人の子供が震えながらこちらを見ていた。


「こ、子供……?」


 訝しげに凝視してくる凛月を、まるでこの世の終わりをもたらす怪物でも見るかのような表情で見返す2人の幼児。


「ひっ……」

「あっ、あの、あの……わたしたち……その……」


 4つの大きな瞳が、今にも泣きだしそうなほどに揺れている。逆にこっちが驚くほどのその怖がられっぷりに、何もしていないはずの凛月に謎の罪悪感がのしかかってくる。


「あ、あのー」

「ひゃ?!」

「しゃべった?!」


 2人で固く手を繋ぎあったまま、ぺたりと座り込んだ状態でざざざーっと器用に後退していく幼児たち。

 

(ど、どうしよう……)


 あまりにも取りつく島のない状況に、今まで子供と触れ合う機会なんて全くなかった凛月は早くもお手上げ状態だ。


 そして、そのまま互いに無言で過ごすこと、数秒。いや、数分。


 最初に口を開いたのは、2人のうち栗色の髪を背中まで伸ばしたかわいらしい幼女だった。


「わ、わたしたち……華おねえちゃんに、おねえさんをお顔洗うところまでつれてってあげてって……言われて」


「あ、そ、そうなんですか」


「は、はい……」


 凛月にぎりぎり聞こえるかどうか、蚊の鳴くような小さな声で幼女は言った。


 一方、小学校にあがったばかりか、下手したら幼稚園児に見える子供相手になぜか敬語の凛月。それほどに心の距離を感じる。物理的にもだいぶ遠い場所で会話をしているわけだが。


「えーっと……じゃあ洗面台、じゃなくて、お顔洗うところまで、連れて行ってくれるかな?」

 

 とりあえず、華が気を利かせてこの2人を凛月のところまで向かわせてくれたのは分かった。


 会話をリードする事がこの上なく苦手な凛月だが、ここは年上として、率先してこの状況を打破しなければならない。


「わ、わかりました……!」


 ぎこちない、それでも精一杯の笑顔を浮かべた凛月の言葉に、よほど生真面目な性格なのか、それとも華の人徳なのか。身体を震わせながらも本来の任務を遂行しようと幼女は立ち上がり、もう片方の幼児の身体を引っ張り上げる。


「ほら、すず! いこう!」

「い、痛いよふう~」


 本来の調子を取り戻しつつあるのか、お使いを任された子供らしく張り切る風。


 それに対し、鈴と呼ばれた幼児は駄々をこねながら一向に立ち上がろうとしない。


 口調や声質、髪の長さからおそらく風が女の子で、鈴は男の子だろう。

 

 だが、それ以外にぱっと見でどちらが風でどちらが鈴なのか、凛月には区別がつかなかった。


 よく見るとこの2人、おそろしいほどに顔がそっくりなのだ。


 スモックのようなものを頭からスポンと被り、栗色をした線の細い髪にこげ茶色のくりくりでまんまるとした愛らしい瞳。そして、モチモチとやわらかそうなそのほっぺた。


 女の子の風に比べ鈴の方が髪が短く、少しだけ背が低いだろうか。すぐに思い浮かぶ違いはそれくらいだった。


「はぁはぁ……お、おまたせしました」

「ご、ごめんなさい……おねえさん」

「ううん、全然大丈夫だよ」


 もう! 早く立って!

 だって〜……。


 そんな2人のかわいらしいすったもんだを眺めているうちに、凛月の人見知りフィルターもだいぶ効力が弱まったらしい。


 少しだけ緊張のほぐれた凛月の態度につられたのか、風もはにかむようにえへへと笑う。


 その笑顔は、同性でありながら凛月の庇護欲をこれでもかと強烈に掻き立てるものだった。


 ──嗚呼、母親になるというのは、こんな感じなのかもしれない。


 突然吹き荒れた天使のような微笑みに、天を仰ぎながら謎の感慨に耽る久遠凛月、20歳であった。

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