一気に5話連続投稿してみました。
「お願い! ヴァンパイアとしてのお願いなの!」
ヴァンパイアとしてのお願いって……。
むろん、彼女のお願いならば叶えてやりたい、という気持ちはある。
なにせ二年間も片思いしてきた女の子なのだ。
少しでも良い印象に残るようなことなら、なんだってしたい。
これは誇張でも何でもなく〝なんでも〟だ。
でも、ボクサーパンツになったわたしを穿いて、だって?
いくらなんでも想定外のお願いだった。
「穿いて」
「い、いや、その……」
「穿いてください」
「…………ええと」
「わたしを穿いて!」
大口を開けて、怒鳴るように嘆願してきた彼女に、達哉はどうしたらいいかわからなくなった。
そりゃ、異性の体に興味を持つのはわかる。
男子だって女子の体はどうなっているのかとか、常に探求心を燃やしているのだ。
だから、白粉さんがそういう思春期の知的好奇心に任せて、『ボクサーパンツになって穿かれたい』と思うのも、まあ、ほんのちょっとくらいなら、わからなくもない。
しかし、すんなり「いいよ」と言える度胸が、残念ながら自分には備わっていない。
「そ、それって、密着するってことだよ。えっと、……お、俺の下半身と」
「それも覚悟の上!」
白粉さんは反発するように言う。
「いや、覚悟って」
「できる!」
「でも」
こちらの煮え切らない態度に嫌気が差したのか、白粉さんはぷくっと頬を膨らませた。
彼女ご自慢の牙をガルルルと見せつけてくる。
半月型になった目には肉食獣の瞳孔のきらめきがあった。圧倒されてしまう。
「だって、あの時、わたしにボクサーパンツを見せつけてきたのは、青隈君でしょ!」
「いや、見せつけたわけでは……」
「君の着替えのシーンが、わたしの頭の中を、ぐわんぐわんって巡るんだ。この一週間寝不足だよ。あの膨らみの中はどうなっているのか知りたいの!」
「ふ、ふくらみ」
それはまあ、仮にも学校のアイドル美少女が口走っていいような言葉ではなかったように思う。
どう聞いても、お下品なモノだった。
だが、彼女の勢いに気圧されてしまった達哉にそんなことを指摘できるほどの胆力はなく、どんどん距離を詰めてくる彼女に負けて後じさる。
「わたしに、穿かれろ! 噛むぞ!」
威嚇してくる。怖い。でも、かわいい。
「ヴァンパイアに噛まれると怖いんだぞ!」
「ど、どうなるん……だ?」
「え? えっと、たしか、ヴァンパイアの唾液が傷口から入って、その人もヴァンパイアになるんだったかな。やったことないからわからない……って、話をそらさないで!」
怒られてしまった。
「で、どうするの、青隈君!」
達哉は白粉さんの不思議な迫力に参っていたことは確かだ。
それ以上に、彼女の貴重な怒り顔を独り占めにしていることに優越感を覚えていた。
(ダメだな、俺。白粉さん専用のドMかよ)
そんなふうに自分をこき下ろしてから、完敗を宣言する。
「わかった」
「いいの?」
途端に、白粉さんが目を輝かせた。
「いいよ。でも、生は……」
「ああんッ?」
不良のごとき。でも、かわいい。
「……わかったよ」
「ふふふふ、それでいいのだよ」
せめて、今、着用しているいるパンツの上からと思ったのだが、彼女の尖らせた目つきにその機先を制せられ、達哉はあえなく生で穿くことを了承した。
「じゃあ変身するねっ」
嬉しそうにそう言って、白粉さんはふんふん鼻歌を歌いながら、手を伸ばしてくる。
ぺたぺたと体のあちこちを採寸するように撫でられた。
恥ずかしいやら、嬉しいやらというあれだ。
「えっと、こんな感じかな」
そう呟いた彼女は、次の瞬間、あの凹上の不思議な空気に包まれた。
彼女の手足が、彼女の着ているセーラー服の中に、亀のように引っ込んでいく。
最後に「よっ」と頭がなくなった。
残されたのは、地面に落ちたセーラー服の上下だけだった。
あまりの光景に、達哉は目をぱちくりとさせるばかりで一言も言葉を発せられない。
あんぐりと口を開きっぱなしにしていた。人が消えたのだ。タネも仕掛けも見受けられない。
世紀のイリュージョニストだと言われても、魔術師を疑う。
喉の奥が乾いて痛みを催す。その痛みでようやく我に返った。
「お、白粉さん……?」
小さく呼ぶと、
「こっちこっち」
という返事があった。
返事は地面に野ざらしにされている、セーラー服の中から聞こえてくるみたいだ。
「ここ?」
「そうそう。ちょっとめくってみて」
「め、めくる……」
女子の制服に触れるという行為は、男子にとって尋常ではなく緊張するものだ。
たとえ、それが本体のないただのセーラー服だったとしても、不整脈のようなドキドキが異常な数値を叩き出す。
ごくり。また喉を鳴らした。
ゆっくりとブラウスの裾をつまんでみた。
生温かい……。指に伝わる感触がリアルで、震えが来た。
「青隈くーん? まだ?」
「あ、ちょっと待って」
催促されてしまい、意を決して、ぺろりとめくった。
ブラウスの中には、当然のことだけど、彼女が着用していたブラジャーが、その形を保ったまま残されていた。
かわいらしい水色の、特盛りのお茶碗型に膨れたブラジャーだった。
(けっこう大きい。俺が想像していた二倍はある)
「うあ……」
見てはいけないものを見ているようで、声が漏れてしまう。
「青隈君、おーい」
「は、はい!」
すぐに目をそらし、そのブラジャーのすぐ下にある、ボクサーパンツに視線を移す。
青と白の派手派手なボクサーパンツだった。
自分の持っているパンツは、もっと地味なモノトーンだ。
普通なら絶対に穿かない色だった。
これが白粉さんの変身した姿なのだろうか?
持ち上げてしげしげと観察してみた。
うん、どこからどう見てもボクサーパンツだ。
「じゃあ、頼むよ、青隈君」
ボクサーパンツから声が聞こえてきて、びくっとした。
そして、これが、白粉さんなのだと理解する。
生物が無機物になった。サイズだって二〇分の一ほど。
質量保存の法則とか、そこら辺の物理法則を百は無視しているだろう。
もはやなんでもありなのだろうな、と思考停止を駆使する。
「……わかった」
(白粉さんを生で穿くんだよな。白粉さんを生で)
ぼうっと視界がにじんだような気がした。
汗腺という汗腺が開いたような。
心臓の音に自身の緊張を読み取る。
そして、それは、下半身的な事情も絡んできているような気がした。
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