今回から数話、白粉沙々萌視点になります。
白粉紗々萌は、ホッと息をついていた。
今は人目を避けるようにフェンスをよじ登って、学校から脱出した後。
人間に怪しまれない速度で走って、東に一キロほど行った場所にある児童公園まで辿り着いていた。
そして、紗々萌は頭を抱える。
「ううう……」
初めて男の人の裸を見た。
初めて男の人に触れられた。
初めて男の人にはかれてしまった。
青隈君の体温と匂いが、いつまでも体の中に残っている。
(実は、見ていた。匂いも……)
「ふぉぉぉぉ……」
あの日、体育の前の休み時間――
青隈君の着替えを見ちゃった日も、こんな風に叫んでいたことを覚えている。
(ううん、忘れられることなんてできない……あの初体験は!)
その日、紗々萌は、友達二人とおしゃべりをしながら更衣室に入った。
後ろを歩いていた友達の一人が、唐突に「あれ」とこちらを指さした。
「あれ、紗々萌、体操着持ってないじゃん!」
「え、ぁ、あれ~? 体操着、あ、教室だ……」
「また天然ボケー」
「ちょっと忘れただけだもん」
「今ならまだ間に合うよ。行っておいで」
「うん。ちょっと行ってくる」
「もうすぐ始まるから、早く! ほら、ダッシュダッシュ!」
「だ、だーっしゅ!!」
紗々萌は、両手を振り上げて走った。もちろん人間速度で。
なんでいつも自分ばかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだと思いながら。
(やっぱりわたしって、天然ボケボケなのかな?)
教室の前までたどり着き、ドアに指をかけ、ふと躊躇してしまった。
(こ、この中に、男の子が……お着替え中の男の子がいる!)
思考が停止してしまった。
にわかに指が震え、呼吸すら荒くなりだした。
(お、男の子の裸なんて見たことがない……)
興味はだいぶ前、小学生の三年生くらいからある。
だけど、人間の男の子のことを話すと、お母さんはこう言って脅してきた。
『人間のオスというのは、身勝手で傲慢で嘘つきなのよ。そんな奴らに心を許すな、紗々萌ちゃん』
一方で、紗々萌は小さな頃からお母さんに隠れて町に下り、人間の子と一緒になって遊んでいた。
だから、人間がそんなに恐ろしいものではないことを理解していた。
〝人間の恐ろしさを知るため〟という大義名分で町の高校への入学を許してもらい、人間のように暮らし始めてからは、『人間の男の子』にさらに興味が出てきた。
(男の子ってどんなもの? 女の子とどう違うの?)
興味はあったが、見たことがなかった男の子の裸がドア一枚越しにある。
それを思うと、紗々萌は呼吸が荒くなってしまう。
ドアが開けられない。
「で、でも、体操着……」
あと三分で授業が始まってしまう時間だ。
男の子達も続々と教室を出て行っている。
今なら着替えている子はもういないかも、と紗々萌は意を決し、ドアを開けた。
「……え?」
そこには、まだ一人、着替えている男子がいたのだ。
一年生の頃、一緒のクラスで、二年生になってから離れたけど、三年生になって、また一緒のクラスになった男の子――青隈達哉君。
名前は知っているのだが、接点という接点はなかったように思う。
ただ、なぜか、いつもこちらを見ているような気はしていた。
目が合うと、目をそらされ、それでもジッと見ていると彼は寝たふりをするのだ。
それがちょっと面白かったことは覚えていた。
で、だ。
見てしまった。
彼のボクサーパンツを。
もっこりとした、その場所を――。
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