「ねえ、青隈君。事情通の君なら、ヴァンパイアが実は狼人間だったって知ってる?」
「そうなの?」
「うん。ヴァンパイアは魔女みたいに魔法は使えないけど変身能力に優れているんだよ。それはもうすごいんだ。たとえば、そうだな、ニャルラトホテップって宇宙人がいるじゃない? あ、人間には無貌の神って呼ばれてるんだっけ? まあ、あれくらいの変身だったらお茶の子さいさいなわけですよ」
「にゃる?」
「知らない? 有名なノンフィクション小説にも出てるはずだけどな。まあ、ようするに姿形を変えて変身できるのは、ヴァンパイアくらいなものなんだよ。ヴァンパイアが変身するで有名なのはコウモリだけど。イギリスのヴァンパイアは妖精に変身するらしいよ」
「へえ」
これもまた設定なんだろうか。
やっぱり凝っているなって思う。将来は小説家にでもなるつもりなんだろうか。
ふいに、白粉さんの纏っていた雰囲気が変わった気がした。彼女の周りの空気が凸レンズ越しのように膨らんだのだ。
錯覚かと疑って目をゴシゴシと擦り、見開いた、その瞬間だった――。
白粉さんがいなくなっていた。
代わりに、彼女の夏用セーラー服を着た化け物が、いた。
犬のように鼻が伸び、耳の方まで口が裂け、その口は開け放たれたまま白い息を行き来させていた。ギロリと研ぎ澄まされた目は、まさしく狩人のモノだった。
顔にも、手にも、足にも小麦色の体毛をふさふさと生やしている。
それは紛れもなく、狼人間だった。
「……う、おわっ!」
達哉は驚きのあまり思わず尻餅をついてしまった。
地面に打った尻が痛む。
「あ、ごめん! ちゃんと予告してから変身すれば良かった。すぐ戻るね」
狼人間から可憐な白粉さんの声が聞こえる。
今度は凹レンズを通して見たように歪曲した空気を纏ったそれは、しゅるりという音を伴って、人間の形に〝変身〟していった。
この場合は『元に戻った』という表現が良いのか。
狼人間は、白粉紗々萌さんに戻った。
人間に戻った彼女は、心配そうに駆け寄ってきて、「ごめんね」ともう一度繰り返した後、手を取って立ち上がらせてくれた。
なんとお尻のところを叩いて、土埃を払ってくれたのだ。
(白粉さんが俺のお尻に触った!)
女の子からの接触なんて、思い出す限り皆無だった達哉は、白粉さんに触られた部分が焦燥感を伴って痺れた。熱を持った。幸せな熱だ。
「これでよし」
彼女は手に付いた土埃をパンパンと打ち払う。
にかっ、と元気で蠱惑的な笑顔を披露してきた。
「…………」
その五歳児じみた笑顔に魅了され、達哉は息が詰まってしまう。
「あ、ありがとう」
「いえいえ。あ、ううん、こちらこそごめんねッ、ホント」
白粉さんは手を合わせ、必死になって謝罪してきた。
今まで自分が遠くから見てきた、彼女の彼女らしい姿だ。
聡明そうな見た目だけど少し抜けていて、清楚のようでありながら無邪気でむしろ男の子っぽいところ。
そんなところに憧れていた。好きだ。
彼女のそばにいられるたった一人の特別な存在になりたい、と思った。
それを告白するために、彼女を呼び出したのだ。
……だけれど、なんだか話が違う方向に転がっている。
これは神様が『無謀だからやめとけ』とでも言っているんだろうか。
そんな悲観すら考えてしまうほど、告白がうまくいっていない。
「で、どうだろう?」
白粉さんが問いかけてきた。
「どうだろうって?」
「わたしがヴァンパイアだって認めてくれた?」
そういえば『ヴァンパイアとしての証拠を見せてくれる』という話だった。
たしかに、さっきのイリュージョンは人間業ではない。
白粉さんが人間ではないなにかだということは、はっきりとわかった。
思えば、この世界には自分が知らないことなんてごまんとあるはずだ。
学校のアイドルが、実はヴァンパイアだった、というのもその一つなんだろう。
こくりと頷いて、
「認める」
そう言ってしまった後で、上から目線だったかと少し後悔した。
だけど、白粉さんは、そんなこと気にも留めずに「やった」と小さくガッツポーズをするのだ。
良くも悪くも鈍感な人なんだろうな、と思った。
「じゃあ、ボクサーパンツになっていい?」
「ま、まあ……。べつに俺の許可がなくても、変身したいなら変身すれば良いのでは?」
ちっちっちと、指を振る白粉さん。
「これには青隈君のお手伝いが必要です」
「……俺の手伝い?」
なにか嫌な予感がした。
白粉さんはこほんと咳払いをし、頬の紅潮を隠すようにうつむき、上目遣いになりながら口を開く。
「ボクサーパンツになったわたしを穿いて」
「んがっ」
ヘッドショットされたような衝撃を受けた。
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