白粉さんは、恥ずかしがるような、申し訳ないような顔をしながら説明し始めた。
「一週間前だったかな。体育の前の休憩時間。自分の体操着を教室のロッカーに忘れちゃったのね。時間もギリギリだったし、焦っちゃって。本当なら、中で着替えている男の子の誰かに呼びかけて、取ってもらえば良かったんだけど。でも、そんなこと考えてる余裕がなくてさ……。わたし、教室の中に入っちゃったことあったよね?」
たしかに、覚えている。
この高校は、体操着に着替える時、女子は更衣室で、男子は教室でというのが通例として習慣化されていた。
体育が四時間目にあったその日も、男子は教室で体操着に着替えていた。
十一時二十二分過ぎくらいのことだっただろうか――。
まだ体操着に着替えていない白粉さんが、教室に闖入してきたのだ。
もうすぐ授業が始める時間だったから、ほとんどの男子は着替えを終えていて、グラウンドへと出払ってしまった後。
だが、達哉は日直の仕事を片付けていて時間がなくなってしまい、急いで着替えていたのだ。
そこを、教室に入ってきた彼女に見られてしまったわけだ。
教室で着替えていたのは自分だけだった、と思い出す。
あの日のハプニングを思いだし顔が熱くなる。
もんどり打ちそうになりながら達哉は、さっき白粉さんが発した『ごめんなさい』の意味を理解した。
着替えを見てしまって『ごめんなさい』ということだ。
(な、なんだ、「ごめんなさい」って、そういう意味か……。告白を断られたわけじゃなかったんだ……)
そもそも、自分はまだ告白もしていなかった。
(まだ希望はある!)
そう思うと、死に体だった勇気が、ふっと息を吹き返した気がした。
「そんなこと気にしなくても」
しかし、彼女は首を振る。
「ううん。気にするよ。だって、ボクサーパンツだったから」
白粉さんは、スカートのポケットからハンカチを取り出して、額に浮いた汗を拭いた。
達哉はそんな彼女を見て、やけに〝ボクサーパンツ〟を強調するな、と怪訝になる。
そんなに汗をかくほどのことなのだろうか?
(あ、もしかして、俺がそのことを怒っているとでも思っているのかな?)
もし彼女が勘違いしているなら、そうではないよ、と言ってあげたい。
「えっとさ、俺はべつに、白粉さんに見られたの気にしていないというか」
「――わたしが気にするのっ!」
「…………ふへ?」
彼女の荒げた語調に、間の抜けた返事をしてしまう。
「あ、ごめんなさい。ええとなんと言いますか」
あせあせふきふき。
彼女は目を落として、どこか焦っているようだった。
そして顔を上げてくる。目が合う。
いつもよりも真っ赤な瞳に違和感を覚える。こんなに赤かっただろうか。
その瞳は、比喩ではなく宝石みたいだった。
見つめていると、その瞳に吸い込まれてしまいそう。
「わたしね――」
彼女の声が間近に感じられた。
それも直接、耳に注ぎ込まれていると感じてしまうほど近くに。
大きく息を吸って体ごと膨らんだ白粉さんは、それをすべて吐き出すようにして、その言葉を放ったのだ。
「わたし、ボクサーパンツになりたいの!」
(……え?)
達哉は耳を疑った。
白粉さんは、我に返ったようにハッとして顔の前でぶんぶんと手を振り回し、
「違う違う。いや、違うこともないんだけど」
否定を否定し、言いたいことが言えない様子でうなだれている。
その必死になって空回りしている様子が、なにごともそつなくこなす普段の白粉さんからは想像できなかった。
(超かわいい……)
そんな彼女の一面に、胸がキュンと締め付けられてしまった。
できることなら、動画に撮って一生残しておきたいくらいだ。
「青隈君っ」
「はい!」
達哉は心中が知られないように顔を引き締める。
「青隈君はいい人。それは一年生の時からわかっていたよ。だから、君にだけ言うの。他の人には言っちゃダメだよ。大勢に知られたら迫害されちゃうらしいから」
他の人には言うなと釘を刺した上で、彼女はこう切り出してきた。
「わたしね、ヴァンパイアなんだ」
(…………えと)
もしかして、からかわれている……?
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