達哉は苦労しながら、なんとかして返す言葉をひねり出した。
「そういう設定?」
「ちっがーう!」
怒られてしまった。
「わたしは本当にヴァンパイアなの。まあ、お父さんは人間だからハーフなんだけど」
「はあ……」
「むっ。まだ信じてないな。……まあ、いきなり言われても信じられないか。わたしだって生徒会長が烏天狗の末裔とか言われてすぐに信じなかったもん。烏天狗なんて山でも見かけたことなかったし」
「烏天狗?」
「あ、誰かに言っちゃダメだよ」
どこまで設定を作っているんだろう。
彼女の新しい一面に、興味津々だ。
「もしかして、山って、香御山のこと?」
「そう!」
香御山とは、町を見おろす位地にそびえている、標高千メートル弱くらいの緩やかな傾斜を持った山だった。
この辺りの小中学生は体力作りと表してその山に遠足に出かける。
そのため、地元民にはなじみの深い山だった。
「そこにはヴァンパイアの館があって、山の妖怪達と仲良く暮らしている、とか?」
「な、なんで」
さすがにそこまで設定は練っていなかったかと言葉に詰まった彼女を見て、達哉は判断した。
しかし、白粉さんに中二病的な一面があったなんて思わなかった。
二年以上も片思いしていたけど、遠くから見ていただけだから、内面なんてわからなかったもの。
でも、そこも含めて、かわいい。
そんなふうに彼女への気持ちを募らせていたところ、
「なんで知ってるのおおお?!」
と驚かれてしまった。
(なるほど。設定を作っていなかったから、こちらの話に乗っかろうということか)
この話で会話が弾むなら、とことんまで続けてみよう。
雰囲気が良くなったところで、さっき言えなかった告白の続きを、もう一度切り出すんだ。
勇気を振り絞った達哉は、頭を回転させて、彼女の妄想に合うように話をした。
「香御山にはたくさん妖怪が住んでいるってことは、この高校にも在籍している妖怪がいる?」
「うんうん。人間社会を学ぶためとか言ってね。一クラスには一人いるよね、妖怪」
「一組の小林も?」
「小林君は宇宙人だから、香御山の住人じゃないよ。宇宙人は群れを作って人間社会に入り込もうとするから。あ、でも、ヴァンパイアは家族以外に群れを作らないで有名なんだって。お母さんも、館にメイドのみっちゃんと二人で住んでるし」
「へえ」
意外に設定が細かかった。
これは安易なことを言うと、怒りを買うかもしれない。
注意して話さないと。
「ヴァンパイアっていうことは、えっと、ヨーロッパ?」
「そうだね。東ヨーロッパ。お母さんはルーマニア出身だよ。あそこにはヴァンパイアがいっぱいいるから暮らしやすいらしいよ。でも、日本も土地の神様が寛容なのか、けっこう好意的だって言ってたかも」
「へえ」
この設定って、今ここで思いついたのだろうか。
だとしたら、彼女にはストーリーテラーの素質がある。それこそ凡人には付いていけないくらいの。
達哉は、苦し紛れにこう切り出した。
「あのさ、白粉さん。もしよければヴァンパイアだって証拠を見せてくれないかな」
こう言っておけば、根負けした彼女は話題を切り上げてくれるはずだ。
そこで告白に持っていこう。達哉はそう企てた。
だが裏腹、白粉さんは引かなかった。
「いいよ。あ、でも、翼は出せないしな。んー、じゃあこれ」
白粉さんはトトトと近づいてきて、キスする距離で止まり、さらに、ぐっと顔を近づけてくる。
頬の肌理も、長いまつげの一本一本も見えるのだ。
手の震えがまた再発し、ドッドッドといういう心臓の音。バイタルサインが危険域に達する。
そんな達哉の緊張も知らず、彼女は唇の片端に指を引っかけて、無邪気に、ニッと広げて、口の中を見せつけてきた。
「ほら、みへ。この、ひば」
ほら見てこの牙、と言いたいらしい。
そのわんぱくなガキ大将じみた表情は、どんな化粧よりも彼女を美しくするような気がして見とれてしまう。
彼女の歯並びの良く、研磨されたかのような、真っ白く丈夫そうな歯にも驚く。
ピンク色の歯茎にしっかりと根を下ろした太い歯は、人間のものではなく、肉食獣の猛者が持つ強靱な歯のように思えた。
しかし、我に返ると急に恥ずかしくなってきた。
なぜか自分の顔が火照っていくのがわかる。
(口の中を見ただけで、なんでこんなになっちゃってんだ、俺。馬鹿じゃねえの?)
自分自身を叱って、泳がせていた目を白粉さんの口の中にやる。しっかりと見た。
たしかに、普通の歯より肥大化し、かつ先端の尖った犬歯がある。
まるで小型ナイフの先端みたいだ。
ヴァンパイアの牙というものは見たことがないが、たしかにこれならば人の肌ぐらい簡単に突き破れそうではある。
驚きの犬歯だけど、犬歯の発達した人ならこれくらいはなるかなと常識の範囲内ではあった。
これだけで見目麗しい彼女を、モンスターの代名詞であるヴァンパイアだなんて断定することはできない。
白粉さんは、達哉の思っていることを察知したように、残念そうに口を閉じる。
「ん~、やっぱり納得できないか。香御山の言い当てられた君なら、これだけでわたしをヴァンパイアだって認めてくれると思ったのに。まあ、お母さんほどヴァンパイアって歯じゃないもんね。しょうがない。ボクサーパンツになるためだ!」
彼女はそう言って、バックステップを踏み、ちょっと距離を取った。
(今度は、なにを……?)
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