ノベリズム初投稿です!
いったいどうなるのか自分でもわかりませんが、ラブコメを連載していきたいと思います。
ちょっとおかしな少女と、それに振り回される少年の恋物語。
甘酸っぱい気持ちになってもらえたら幸いです!
※ノベリズムオンリーです。
『放課後、格技場の裏手で会ってくれますか?』
夏休みも間近に迫った七月のこと、青隈達哉はそんな言葉で呼び出した。
彼女に伝えた待ち合わせ時間は、きっかり四時ちょうど。
今は、午後三時十二分――。
時間にはまだ五十分も早いけれど、遅れたら大変だ。
早めに待ち合わせ場所に着いておこう、と決めて、閲覧スペースの角席から立ち上がった。
校舎二階にある図書室の出入り口を出て、廊下を挟んですぐの男子用トイレに入る。
小便器にも大便器に向かわず、流し台の鏡の前で、自分の姿を映す。
身だしなみの最終チェックを行おうと思ったのだ。
(んーそうだなぁ)
ちょっとしたところだが、前髪の角度が気に入らなかった。
水を付けてごまかそうかと考えたが、念には念を入れよう。
ポケットに忍ばせていたハード系のワックスを取り出し、たいして特徴があるわけではない黒髪短髪を手堅くセットし終える。
「よし、このくらいで、いいだろう」
達哉は気分を落ち着けるため、流し台に手を置いて、深呼吸をしようとした。途端に唇が震え出した。
(緊張しているのか、俺……)
そこに気づくと、心臓の拍動がさらに早くなってくる。
ダメだダメだと、首を振り、むりやり深呼吸を三度して強引に落ち着けた。
頬を強く叩く。赤みを帯びた顔面が化粧のようだった。
「……、行くか」
図書室前トイレから出て、上空から見ればコの字に見えるだろう廊下をひた歩き、三学年共通の昇降口で靴を履き替える。
靴を履き替える時に若干手間取ってしまったのは、何度も靴を取り落としてしまったからだ。
大丈夫かよ、と自分のことなのに他人ごとのように思い、ひふ、と変な笑い声が出てきた。
がくがくと膝が笑う。体が勝手に引き返そうとしている。
ここまで来て帰るわけにはいかない。
達哉は、下駄箱の蓋を強くダンと閉めて、その勢いに任せて昇降口を出た。
中央に花壇のある中庭を通過して、体育館の方に足を進び、体育館に至る道の途中で右に曲がる。そのまま道なりにまっすぐ行く。
やがて、体育館より二回り小さな、格技場が見えてきた。ピロティの方面からぐるりと回る。
待ち合わせの場所に指定した場所は、体育館倉庫の壁がうまく死角になっていて、人の目が届かないという場所だった。
この学校では、まことしやかに『隠れた告白スポットの名所』なんて言われているらしい。
達哉がそれを知ったのは、一年生の時だ。そこで告白しようと決めてから、二年も経ってしまった。
自分の決断力の無さを、今もってして呪う。
でも、そんなウジウジしていた日々ともおさらば。
(俺は今日、そこで告白をする!)
角で立ち止まり、達哉は荒くなる呼吸を落ち着けようとして、大きく息を吸い、吐く。
しかし、何度深呼吸しても呼吸は荒くなるばかりだし、手の震えは止まらない。
達哉は、震える手を隠すように後ろで組んだ。
(今からこんなに緊張してどうするよ……)
ゆっくりと角を曲がって、その『隠れた告白スポットの名所』に突入する。
何があってもいいように余裕を持って出てきた。
だから、まだ三時四十分にもなっていないはずだ。
なのに彼女は、もういた。
うち捨てられたように転がる角材の横で、前髪を気にしながら立っていたのだ。
(もう、来てる)
白粉紗々萌さん――。
彼女のトレードマークである亜麻色の髪の毛は一年生の時から長くて、三年生になった今では、毛先がもう膝の位地だ。
前髪を分けるように、白銀のヘアピンで留め、元気よくおでこを見せている。
頬は、つねに薄紅色に染まっているように見える。
瞳は、よく見ると赤かった。
彼女は、誰にも分け隔てなく接し、笑う時は楚々として笑う。
その極上の笑みを育ちの良さがにじみ出ているようだ、と誰しもが称えていた。
達哉の目には、育ちの良いという彼女の笑顔が無邪気に見えたのだ。
野を駆ける動物のような野性味が溢れているような気がした。
そのギャップに憧れて、いつのまにか彼女に恋をしていた。
『白粉紗々萌は、一週間に一度告白されている』という、嫌な噂がある。
その噂を聞いた時、達哉は正直、心が折れそうだった。
自分なんかよりもイケメンで、頭が良くて、目立っている男子なんて、この学校にはごまんといる。
そんな彼らですら彼女を振り向かせられないのに、卓越した容姿も目立った才覚もない自分ごときが、彼女を振り向かせられるはずがない。
(でも、でもさ……もう高校三年の夏なんだぜ)
あと少しで、高校生最後の夏休みがやってくるのだ。
――たとえ、望み薄でも、構わない……っ。
達哉は後ろに組んでいた手をほどいて、ギュッと握った。
それを大きく振って彼女のもとに近づいていく。
一歩近づくごとに、肌がちりちりと焦げるようだ。
喉はすでにカラカラに渇いていた。
表情がどんどん固くなっていくような気がして、力を入れていないと、すぐ泣きそうな顔になってしまう。
立ち尽くしていた白粉さんがこちらに気づき、目が合った。
彼女のその赤い瞳を見た瞬間、達哉は息が出来なくなりそうになって、目を伏せる。
「青隈君」
彼女に自分の名を呼ばれて、胸が押しつぶされたような気がした。
内側から噴き出した風に吹き飛ばされてしまいそうな、女々しい思いに駆られた。
首に力を入れて、顔を上げた。息を吸う。
「お、白粉さん。き、来てくれてありがとう」
達哉は、愛の告白するために人を呼び出した誰しもが口にするような、そんなクサイ言葉を彼女にかけた。
にこりと笑った白粉さんは、
「ううん」
と、短い言葉を返してくれた。
ごくり。音が鳴るほどに唾を飲み込む。
(今だ。言うんだ、自分の想いを。二年以上も続けてきた、片思いを。俺の初恋を!)
達哉は一向に潤わない喉で、積年の恋心を告げようと、声を絞り出した。
「あ、あのさ……。あのね、俺、俺達さ、一年生の時一緒のクラスだったんだ。二年の時はクラスが離れたけど、三年生でまた一緒になって、う、嬉しかったんだ。また一緒のクラスになれて、嬉しかった」
「わたしも嬉しかったよ」
彼女がなにかを発すると、それを受け取る耳が熱を持っていくようだと、思う。
達哉はカタカタと振動する歯の隙間から息を吐き出した。
いよいよ、いよいよだ――ここに彼女を呼び出した目的を果たそう。
つまり「好きです」と言おう、と決めた。
さあ……言うぞ、と、息を吸い込んだ――
その言葉を吐き出そうとする、刹那。
「ごめんなさい」
そんな彼女の言葉が、差し込まれたのだ。
熱を持っていた耳が、喉が、目が、一気に冷却されていくのが、達哉にはわかった。
口腔から喉ちんこの奥にかけて、ゴーヤのような苦みを感じる。
上あごがヒリヒリと痛んだ。臓腑に鉛を流し込まれた。
その短い白粉さんの言葉に絶望を感じた。
二年とちょっとの片思いが潰えたことを、理解する。
自分の青春が、叶わず終わったことを理解する。
体が弛緩していった。
(ああ、終わったんだな、俺の初恋……)
涙が出そうだったけれど、失恋して泣いているところを見られるなんて、男として情けなさすぎる。
このまま背中を向けて逃げ出してしまおう。それがいい。
実行しようとした、その時だった。
「ごめんなさい、あなたのボクサーパンツを見てしまって!」
彼女の言葉が、また先んじて聞こえてきた。
……ボクサーパンツを見てしまって?
(俺の?)
達哉は軽く混乱した。
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