「青隈君、どうしたの?」
「ちょっと待って! 今、ちょっとクールダウンしてるから!」
「……くーるだうん?」
変なことを想像してしまったせいで、在らぬ所に血流が流れ、熱を持ってしまった。
こんなところを女子に見られるだなんて、しかも白粉さんに見られるなんて、嫌だ。かっこ悪すぎる。
爽やかな景色を想像し、円周率を数えて、在らぬトコロを落ち着けるべき。
達哉は前屈みになったまま目を閉じて、ふうと二度ほど深呼吸すると、すくっと立ち上がった。
(――これは早めに決着を付けないと超危険だっ!)
達哉は、白粉さん(ボクサーパンツ)を台になっているところへ丁寧に置く。
それから、ズボンのベルトのバックルを開いてベルトを外すと、留め具を外してスラックスズボンを落とす。
下半身が、自前のパンツ一丁になった。
いよいよパンツを脱ごうと言う時、ふと白粉さんが気になって目をやる。
「白粉さん」
「…………」
「あの」
「……へ? あ、ごめん、どうかした?」
「あのさ。目閉じててもらっていいかな?」
「嫌だな。青隈君。今、わたしはボクサーパンツなんだよ。目なんてないよ。あはっ」
必死になって否定するところが、いかにも怪しい感じだった。
だが、そんなことを気にしている時間がない。
もう少しで柔道部が帰ってくる時間のはずだ。
パンツ一丁になってこんなところでなにをしている、なんて問い詰められたら、なんて答えればいいのか言い訳すら思いつかない。
覚悟を決めた達哉は、白粉さん(ボクサーパンツ)に尻を向けるような形で自分のパンツを脱いだ。
「うひゃ!」
白粉さんが短い悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞いた達哉は、脱いでいる途中でぴとりと止まってしまった。
しかし、時間がないと自分に言い聞かせて全部脱ぎ去る。
上半身は袖をまくって半袖にしたワイシャツ、下半身は丸出しという、文字通りの『変質者』になってしまった。
空気に触れている部分が心許なく不安に駆られる。
物陰に隠れているから通行人に見つかる危険はないとは思うが、もし誰かに見つかったら公然わいせつ罪かなにかで警察にしょっぴかれる可能性は確固として存在する。
法律うんぬんは免れたとしても、女子からの非難は必定で、学校にいられなくなるだろう。
そんな恐怖にとらわれて、こんなこと早く終わらせてしまおうと、乱暴に白粉さん(ボクサーパンツ)を引っ掴んだ。
「痛っ」
と、白粉さん(ボクサーパンツ)。
「あ、ごめ」
「ううん。大丈夫。ボクサーパンツに痛みはないから。つい言っちゃっただけ」
たとえば、誰かが角に小指をぶつけるところを見てしまい、自分がぶつけたわけじゃないのに、思わず「痛っ」と言ってしまうのと同じことだと白粉さんは早口で説明してくれた。
たしかに、痛点のないボクサーパンツに痛みが生じるはずがない。
「ごめん。丁寧に扱うよ」
「大丈夫だよ。ボクサーパンツなんだから。さ、わたしを穿いて」
「う、うん」
いよいよだ。
こんなことなら、下半身に香水でも振りまいておけば良かった、と後悔した。
いや、そもそも今の白粉さんに鼻はないはずだ。
匂いも感じられないに違いない。
しかし、気持ちの問題だ。彼女に不快な思いはさせたくなかった。
(躊躇している時間はないんだったな……)
達哉は一つ呼吸を置くと、白粉さん(ボクサーパンツ)を自分の下半身の前に持ってくる。
「きゃあっ!」
さっきよりも大きな悲鳴だった。
「あの、白粉さん、見えてないんだよね?」
「もちろんですたい」
「……信じる」
自分は今、彼女を信じるしかないのだ。
ボクサーパンツには目も鼻も痛覚もない。人間にある感覚器は全て備わっていない。
なので、こちらがどんなに恥ずかしい姿になっても、どんなに恥ずかしいことをしてもまったく感知できないのだ。
(あれ、でも、俺の言葉にちゃんと反応して言葉を返してくれるよな。少なくとも、耳と口はあるんじゃないかな。だとしたら、目や鼻だって……)
いや、白粉さんを信じるんだ。
そう心に決めて、白粉さん(ボクサーパンツ)の縁に指を引っかけてゴムを伸ばす。
入り口を広くしたら、その中に片足を突っ込んで、もう片方の足も中に入れる。
そして、上に引っ張り装着した。
ボクサーパンツは人肌に生温かかった。
「うふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
白粉さんの声が下半身に響いて、達哉は思わず前屈みになってしまった。
振動が、敏感な部分にダイレクトに響くのだ。
ともすれば危険な状態になりそうで困る。
「白粉さん、ちょ、喋らないで」
「だって、これ、すご。なんか、やばい」
「え……やばい?」
「やばい。やばいよおおおおおおおおおおおおおおお。ふぉおおおおおおおおおおお!!」
白粉さんはなんでそんなに叫ぶんだろうと思った瞬間、下半身がまた空気に触れた。
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