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――これは、一体どういうことだ。
目を覚ました俺の第一声はそんな困惑の一言だった。
いや、目を覚ました……と言うよりかは、微睡んでいた思考が一瞬にして現実に引き戻される感覚と言った方がより正確だ。
昼下がりの教室で、喧騒を子守唄にうたた寝をしていた時のような、そんな感覚。
大きな通りを行き交う馬車の蹄鉄と人々の足音はそれほど生易しい喧しさでは無かったが。
ふと、足元にある水溜まりを見下ろせば、そこに立っているのは痩せぎすの少女。
ぼさぼさで手入れもされていないような真っ白い髪に、深い紅色の瞳を持っている。
顔つきからして年は13歳程度と言ったところか、栄養が足りていないのか背は低い。
そして、これが今の俺の姿だった。
浮浪児か奴隷か。
そのどちらかが似合いそうな容姿に見覚えは無かったが、不思議とこれが自分だと認識できる。
「……ッ」
妙な納得の仕方をしたところで、一瞬偏頭痛にも似た痛みが頭に走った。
頭を抱えて蹲る俺を、通り過ぎる幾人かは珍奇な物を見るような色を浮かべた視線を向ける。
「……ああ、そうか」
そして、金や青、果てはピンク色の頭が往来する通りを見て、また1つ納得した俺は呟く。
よく見れば服装だって日本で見知っている物とはかけ離れているではないか。
そうだ、段々と思い出して来たぞ。
俺はよろめきながら立ち上がり、蟻のようにひしめき合う群衆を上目に眺める。
ガサガサの唇から外見と不相応な諦観の念の籠った息を吐き、
「俺、転生したんだった」
そう呟いた瞬間、馬車の車輪が目の前の水溜まりから水飛沫を俺の全身に浴びせかけたのだった。
***
先道晃、それが前世での俺の名前。
享年22歳。
極々一般的な日本の家庭に生まれた生粋の日本男児だ。
俺の人生を語るにはそれこそ未だジュクジュクと滲む生傷を抉る羽目になるので割愛する。
まあ、そんな長ったらしい説明をしなくとも最終学歴が中卒のニート、無職、引きこもり。
俺を形容する言葉はこの程度で事足りるだろう。
馬鹿正直に生きて来たが為に割を食い、負感情の捌け口にされ、その結果俺自身がどうしようもないクズになった。
全くもって理不尽な世界だった。
確か……俺が死んだ日は、酷い猛暑だった気がする。
6月だと言うのにジリジリと照りつくような太陽に晒され、我慢できなくなった俺はコンビニへ涼みに行った。
その道中、信号待ちをしている時に、車道から物凄い勢いで車が突っ込んで来たのだ。
俺が気付けたのは偶然で、女子高生の制服が汗で若干透けてたのをのぞき見していたからなのだが。
しかして、人間咄嗟の判断と言うのは恐ろしいもので。
何を思ったか俺は直線上にいたその女子高生と、ついでに隣にいた大学生らしき男を強引に引っ張り出した。
その結果俺だけが取り残され、見事に撥ねられる結果となり。
『ほぼ無意識とは言え、人助けをした結果に死ぬとかドラマかよ』なんて考えながら俺は確かに死んだ――――
――――死んで、それから転生した。
地球のある前の世界とは違う、異世界に。
名は、
「……ルフレ・ウィステリア」
そう、ルフレだ。
俺は13年前に男爵家の4女として生まれた。
お生憎様、男爵が侍女との一夜の過ちを犯した結果の産物なのだがな。
それからは離れで父親の顔を見ることも無く幼少期を過ごし、ルフレは食事と必要最低限の衣類だけを与えられて育った。
ああ、俺の記憶が戻ったのが今さっきなので、この13年間のルフレは俺であって俺でない。
記憶が戻る前は非常に大人しく、気の弱い少女だったらしい。
俺だって引き篭もりではあるものの、コミュ障でも小心者でもない。
そんな旧ルフレの性格が災いして最悪の人生を歩む事になるのだがしかし、今となってはそんな事を言っても後の祭りだろう。
具体的に言うと8歳の時、ルフレは殆ど厄介払い同然に伯爵家へ侍女として奉公に出されてしまう。
貴族の家の侍女と言うのは大抵主人から、そっちの意味でちょっかいを掛けられる立場にある。
と、まあ案の定ルフレが12歳になった年に、伯爵は手を出そうとした。
だが、それを伯爵夫人、つまり奥方が偶然見てしまい激怒。
着の身着のままのルフレを屋敷から追い出し、宿無し職無し一文無しの完成だ。
それからはルフレもあちこちで仕事を探そうとしたのだが、無理だった。
まだ成人していない少女を雇ってくれる所なんて無い、というのもある。
だがしかし、ルフレ――――俺はもうひとつ重大な問題を抱えていたのだ。
「はぁ……」
路地裏の階段に座りながら、俺は濡れたボロ布を絞って溜息を吐く。
背骨の付け根から伸びる白い毛並の尻尾が石畳を撫ぜ、俺の気持ちを代弁するようにしょんぼりと垂れ下がる。
そして、頭部から生えた角へ指を這わせ、白磁の陶器のようなソレを見て溜息を吐いた。
この二つとも、普通は人間に備わっていない筈のものだ。
「魔人と、人のハーフ……ね」
そう、この世界は魔人、魔法、冒険、戦争、魔王やドラゴンなどなどなんでもアリ。
いわゆる剣と魔法のファンタジーな世界なのだ。
オタク知識に造詣の深いと自負している俺だって、こういう展開を妄想していなかった訳じゃない。
しかし、いざその立場になってみると現実の理不尽さに心が挫けそうだ。
俺は自分の白髪を手で梳き、大きな溜息を吐く。
髪の色1つ取っても、ここまで違う。
ましてや角や尻尾の生えた人間なんて夢物語だけのものの筈だった。
俺の母親は魔人の一種である竜人族で奴隷だったらしい。
父親……男爵がそういう趣味の持ち主だったのもあって、何処かで手に入れた母を侍らせていたようだ。
だが子供を産むのは本意ではなかったようで、俺は敢え無く厄介払いされたけれど。
この――――今俺がいるルヴィスとう街を含めたアルトロンド王国では、魔人や亜人というのは立場が低く、基本的に労働奴隷か貴族の慰み者になるらしい。
記憶の中の知識だけだから曖昧だが、とにかく魔人を雇う人間なんてどこにもいないって事だ。
人生詰んだ野郎が死んで転生したと思ったら、今度は前以上のハードモードを強いられるとは。
もしかするとこっちの世界の方が理不尽極まりないかもしれないな。
前世ならば職無しではあるものの、雨風を凌げる家も食事もあった。
親のすねを齧り、飢えることも無くのうのうと日々を無為に過ごしていた。
だが、今はどうだ?
吹きさらしの野外に座りこみ、通行人から小銭や食事を乞う始末。
齢若干13歳にして物乞いで、社会の最底辺とか一体どうなったらこんな罰を受ける羽目になるんだ。
普通異世界転生と言えば、もっとキラキラした俺TUEEE展開が待っている物ではないのだろうか?
……いや、それでもまだ魔人だっただけマシなのだろう。
特に竜人族というのは人間よりも身体的にも、能力的にも優れている。
体は頑丈だし、魔法やスキルと呼ばれる能力に適性も高い。
記憶が戻った今なら、まだなんとかしようもあるのではないだろうか?
……よし! 取り敢えず現状の確認をしよう。
まず初期装備は今着ている布切れと、お守り代わりの銅貨一枚。
種族は魔人。性別は社会的に不利な女で、しかも浮浪児。
安定した職に就く事は不可能。
なれるとしたら奴隷か、娼婦か。
いや、どっちも勘弁願いたいけど……。
「うぐ……最悪のスタートだ……」
そう呟いた俺は、大きな溜息を吐いて項垂れる。
折角転生したんだし、せめて平民スタートくらいにしてくれてもよかっただろうに。
もしこの世界に神がいるのなら俺は恨むぞ。
転生といい、急に記憶が戻った事といい、神がかり的な不可解さも相まって今は無神論者の俺も神を信じる気になれると言うものだ。
「けど――」
ここで諦めてしまえば、自分の殻に閉じこもり引き篭もった前世の二の舞。
ラノベのように現代知識で無双して成り上がるなんて大それた事は出来なくていい。
ありふれた幸せがある、平凡な生活を送れればそれで十分だ。
「とにかく一人で生きていく力を付ける事が目標か、まずは飯……次に金」
住はともかく衣と食は満たされなければならない。
人は食べなければ生きていけないし、服だってこのままじゃ風邪を引いてしまう。
「……よし、やるか」
俺は、自分自身へ言い聞かせるように呟いた。
うだうだと悩む時間はお終いにしよう。
答えの出ない問いは幾ら考えても時間の無駄なのだ。
それは引き篭もっていた間の数年間、延々と自らの存在意義問い続けた俺が立証している。
――――まずは腹を満たす事、それを目的に俺は路地裏から通りへ歩き始めた。
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