コボルドは直ぐに見つかった。
村の近くの森の中に、数匹の斥候が立っているのを目視出来たのだ。
俺の視力は通常でも5.0はあるからな。
それに加えて《識見深謀》も使えば、多分砂漠でコンタクトレンズを探せるだろう。
「よし、取り敢えず借りもんだが、これ使え」
そう言ってエイジスが手渡したのは、刃渡りが短めの剣。
俺が持つには少し物足りない程度だが、コボルド相手なら十分だ。
「俺が先に行くから、お前は退路を塞いでどれでもいいから一匹叩け。残りのは俺がやる」
その指示にコクリと頷き、俺はエイジスと別れて森の中に入った。
鬱蒼と茂る木々の中を、極力音を立てないように歩く。
そうして丁度コボルドがいた位置と直線になるような場所までやって来ると、息を潜めて合図を待つ。
遠くからキィキィと言う奴らの鳴き声が聞こえる。
人語を介さない魔物の言葉だが、魔人である俺には少し内容が理解できた。
外国人へ身振りで意思を示せるようなものだろう。
「……大きな赤? 銀色?」
奴らの言葉は抽象的で要領を得ないが、何か……大きな赤いものに怯えているらしい。
大きな赤と言えば、パッと思いつくのは太陽。
聖の象徴である日光を嫌う魔物らしいと言えばらしいが、俺的にはどうも違う気がする。
おや、まだコボルドの会話が続いているようだ。
何々……?
『大きな赤に追い立てられ、森から人里までやって来てしまった。
そして人と遭遇し、慌てて森へ逃げ込み、どうしようか思案中』
割と端折ったが、彼らが言ってたのは大まかにこんな感じ。
奴らも棲み処を追われてここに来たと言う事か。
だが、そんな事情で見逃す訳にはいかない。
下級と言えど、コボルドは魔物で、人を襲うのだ。
今襲わなくとも、いつか襲う。
そういう仕組みになっているから、俺達は魔物を狩る。
「キィ!?」
コボルドが一際甲高い声を上げた瞬間、先頭の一匹の首が宙へ跳ねた。
スプリンクラーのように飛び散る血潮と共に姿を現わしたエイジスが、頭部と泣き別れになった胴体を蹴りつける。
「ギギィ!」
それを合図に俺も剣を抜き、退路を塞ぐようにコボルドの集団に向かって行く。
念のため《識見深謀》を発動して、最も俺から近い一体に標的を定める。
「っ!」
だが、コボルドは小柄な俺ならば突破できると、鉈のような武器を振り上げ迫った。
慌てるな、教わった事を忠実にこなせ。
俺はただそれだけを考え、相手の動きに合わせて体を横へ動かした。
「――鋼斬」
流水のような勢いで飛び掛かるコボルドの脇をすり抜ける。
同時に刃を添わせるようにし、交差。
その直後コボルドの胴体は俺の刃に切り裂かれ、真っ二つに裂けた。
むせ返るような血の匂いと、肉を斬った感触が掌から鮮明に脳へ伝わる。
正直忌避すべき感覚だろうが、背徳感が這い回る感じが何とも言えない。
「そっちに一匹抜けるぞ!」
そんな一瞬浮ついた俺の思考はエイジスのその言葉で、現実へ引き戻される。
追い立てられるようにこちらへやって来るコボルドが一匹。
俺は返す太刀で、相手の動きと同調させるように剣を添えた。
だが、相手の動きとは正反対の方向に俺の剣は振り抜かれている。
「ギ――――」
横薙ぎの一閃は意図も容易くコボルドの頭部を切り裂き、脳髄が辺りへ撒き散らされる。
ビチャビチャと地面へ跳ねる血肉を横目に、俺は奥にいるもう一匹へ斬りかかった。
目の前で仲間を二人やられ、どうしたらいいか分からないコボルドは右往左往するのみ。
動かない標的などは練習用の木人も同然だろう。
一歩で距離を詰め、先程までとは違う力強い剣閃が煌めいた。
衝撃と共にコボルドの体は吹き飛び、気に打ち付けられて絶命。
今使ったのは弧月流の剣技、"裂波"である。
やって来るコボルドは反撃主体の神鉄流で対処できたが、攻撃に転じるには弧月流の方が便利なのだ。
「……ふぅ」
早鐘のように打つ心臓を宥めるように息を吐き、視線を奥へ向ける。
どうやらエイジスの方も終わったらしい。
俺と同じ時間で、俺の倍以上の数を仕留めたようだ。
「お、そっちも終わったか。怪我は……してないようで何よりだ」
初戦はなんとか無傷の勝利で終える事が出来た。
エイジスから学んだことはちゃんと使えていたし、いい感じではないだろうか。
「じゃ、とっとと剥ぎ取りしてずらかるぞ。血の匂いに誘われて何が寄ってくるか分かったもんじゃねえ」
「分かった」
倒した魔物からの剥ぎ取りは勿論冒険者の貴重な収入源だ。
獣系の魔物なら毛皮や角、肉。
そしてなにより、魔物が落とす魔石がかなり金になる。
魔石というのは魔物が体内に有する結晶のようなもので、魔力を溜め込む性質を持つ。
そして冒険者が剥ぎ取ったそれを職人が魔晶石へ加工。
すると、魔力を籠めて様々な用途に使用する事ができるようになる。
単純に杖へ埋め込み、魔法の威力の底上げに使ったり、いざと言う時予備の魔力として取り出して使ったり、属性を付与して灯りにしたりと、多岐に渡るのだ。
「ま……やっぱコボルドじゃあんま質の良いのは取れねぇな」
エイジスの言う通り、下級の魔物から取れる魔石の質はたかが知れてる。
強い魔物であればある程、魔石も純度と大きさを増していく。
それと……魔石は魔物だけでなく、魔人の体内にも存在するのだ。
魔人が生む魔石はかなり純度が高く、闇市で非常に高値で取引されるらしい。
なので、ある地域では過去に魔人狩りが横行し、とんでもない虐殺事件があったとか。
魔石の有無、これは人間が魔人を差別する原因の一つでもあるだろう。
かくいう俺も体内に魔石を持っている筈である。
……筈、と言うのも魔石の有無で何か違いがあるのか分からないので、今一つ実感が湧かないんだよな。
魔法が使えれば、その恩恵にも預かれるかもしれないが。
今の俺にはあまり関係の無い話だろう。
そんな時、
「――?」
俺が魔石の剥ぎ取りをしながら思案に耽っていると、ふと森の奥から視線を感じた。
ガサッ
という音と共に、一瞬白銀の尾が視界の端に映る。
なんだ……?
血の匂いに釣られて魔物がやって来たのだろうか?
それにしては随分と早いし、気配も無かった。
魔物じゃなく、ただの獣かはたまた……。
「キュウ」
「おう……?」
草木に紛れた影は、一声そう鳴くとそれっきり姿を隠してしまった。
この感覚は……あれだ、道端で猫を見つけて逃げられた時と似ている。
害は無いんだろうけど、何となく気になって仕方ない。
追ってみるか?
……いや、森の奥にはコボルドよりも強い魔物もいる。
ここで意味も無く危ない真似をする必要もないか。
この森に生息しているなら、その内また見つける事も出来るだろう。
「なにしてんだチビ助? とっとと帰んぞ」
「チビ助言うなし」
エイジスに呼ばれ、急いで魔石を革袋に詰めて立ち上がる。
コボルドの皮はそこそこいい値になるので、それも目敏く回収。
その時、背後から何者かの碧い双眸が見つめていたと言う事に、俺は気付く事は無かった。
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