一週間後。
「うーむ……、合格だ。まさか七日で習得するとは……」
俺は神鉄流の基礎的な構えと型を完璧にマスターした。
最初に識見深謀を使ってエイジスの動きを無理やりトレースしようとしたのが幸いしたらしい。
勉強と違い、感覚の要素が半分近くを占める戦闘の技術は掴んでしまえばこっちのものだ。
この体はかなり物覚えがいいというのもあるしな。
一度でも体で覚えた動きは、スキルの力も相まって寸分違わず再現できるのは強い。
しかし、本気で何かに取り組んだのなんて久しぶりだったな。
以前は面倒臭いとか思ってたが、意外と楽しかったのも事実。
まあ、考えてみればファンタジー世界での修行なんて、RPGのレベル上げと変わらない。
些かパワーレベリングが過ぎるが、俺はそういう方法も嫌いじゃないのだ。
あと、一週間で習得するとは思っていなかったエイジスの驚いた顔を見れたのは良かった。
「……ゴホン! では、次のステップに進むとするか」
だが、エイジスも切り替えが早い男だ。
ちょっと驚いたかと思えば、直ぐにキリッと表情を引き締めた。
けど、そのキメ顔はもっと別なところで使えよ、おっさん。
俺がそう思っていると、エイジスは足元に転がった石ころを拾い上げる。
一体何をするんだ――――
「うわっ!?」
なんて疑問を浮かべる前に、拾ったそれを此方へ向けて投げて来た。
あぶねえなおい!
結構本気で投げてんじゃねえか!
なんとか体を逸らして避けたが、危く胸の辺りに当たる所だった。
「ちょっ、師匠!?」
「今、避けたな?」
「そりゃ避けるだろ! 飛んで来たんだから!」
俺がそう叫ぶと、エイジスはニヤリと笑う。
何がそんなに面白いのか問い詰めたい所だったが、今度は銅貨が頭目掛けて飛んで来た。
「ッ!」
完全な不意打ちの一撃は、確実に直撃ルートの筈。
だがしかし、俺の体はしっかりと反応して手で受け止めていた。
自分でも驚きの反射神経に、思わずエイジスと銅貨を二度見する。
「ほう、受け止めたか。避けるだけでも十分だったが」
「まさか……これが……?」
「体に無駄な力が入っていなければ、咄嗟の反応も機敏になる。これが神鉄流の真髄ってやつだな」
カラカラと笑うエイジス。
正直滅茶苦茶びっくりしたのでやめて欲しかった。
でも、確かに型通りの動きで不意打ちを防げたので、納得せざるを得ない。
竜人族の身体スペックありきではあるが、これは実戦でかなり役に立つ力だ。
「神鉄流に不意打ちは意味がない、どの流派の門戸を叩いた奴でも最初に叩きこまれる常識だ」
「成程、これが私の攻撃が防がれた理由って訳か……」
とんだカラクリである。
全く……先に言って欲しかったぞ。
まあ知ってたとしても、勝てたという話でもないが。
「次の鍛錬はこれだ、四六時中俺が不意打ちを仕掛けるから、お前は避けるか受け止めるか、受け流すかをしてみろ」
げ、マジか。
これが24時間続くって、気の休まる時間が無いじゃないか。
と、そんな俺の気持ちも他所に、脳天へスコーン! と衝撃が走る。
「っでぇ!?」
頭に直撃していたのは、薪用の木片。
涙目になった俺が頭を抱えてエイジスを睨むと、
「おいおい、鍛錬はもう始まってるぞ。一瞬たりとも気を抜くんじゃねえ、今が実戦だったら死んでたところだ」
「……クソジジイめ」
「あ? 師匠に向かってなんだその口の利き方は」
逆に睨み返され、思わず口を噤む。
顔が厳ついので怖いのだ。
俺的にこの手のチョイ悪な感じのおっさんも、前世じゃ憎むべき人種だった。
というか世のパリピ共は、カースト下位の俺のような人間を馬鹿にして見下しているので全員嫌いだ。
偶にDQNは実はいい奴なんて説を吹聴して回る奴がいるが、DQN共が優しいのは身内と自分より強い奴だけ。
俺の事をアホ面で嘲笑する奴を優しいとは言わない。
あれは自分より弱い奴を虐めて喜ぶ根っからの加虐趣味者達なのだ。
「いいか? 俺はお前を半端な強さで一人前にする気は無い、そんな奴は直ぐに死んじまう」
だが、エイジスはそんな奴らとは違うのを俺も知っている。
「俺はそんなアホな理由でお前を死なせなく無いし、お前だって死にたかねえだろ。だから死ぬ気で鍛錬しろ、生き抜くために、強くなれ」
エイジスはそう言って俺の頭をゴツゴツとした大きな手で撫でた。
無骨で、無遠慮だが、優しい男の手だ。
本当は可愛い女の子に『痛いの痛いのとんでけ~っ♪』と、ナデナデされたいところだが、今日の所はこれで我慢しよう。
***
さて、それから早三日。
昼夜問わず襲い来るエイジスの魔の手を、俺はどうにか回避していた。
ある時は本の角。
またある時はフォーク。
終いには花瓶まで飛んでくる始末だ。
……最後に関しては、店の物を使ったのでシェリーにしこたま怒られたが。
エイジスは本当に何気ない会話の合間に、突然脳天に本を叩きつけてきたりする。
食事中も然り。
飯を掻き込んでいるかと思えば、手に持っていた皿を飛ばしたりもされた。
俺はそれを屈んで避けたり、受け止めたりと防ぐわけだが……。
「いでっ!」
「気が抜けてたぞ、ちゃんと警戒しろ」
三回に一回は必ずと言っていい程被弾する。
先程『どうにか』と、言ったのはこういう事だ。
やっぱり、まだまだ修行が足らないらしい。
一度腹いせとして俺が不意打ちを仕掛けた事もあった。
背後から忍び寄って冷水をぶっかけてやろうとしたのだが、逆に頭からバケツごと水を被って卒倒した。
***
それから更に半月経ち、俺の背も少しだけ伸びた頃。
「じゃあ今日はちょっと実戦でもしてみるか」
「へ?」
仕事の為に近隣の村へやって来たエイジスは、そんな事を言い出した。
おいおい、一体どういう風の吹き回しなのか。
いつも基礎練ばっかで仕事の手伝いすらさせて貰えないと言うのに。
「相手を攻撃する勘ってのも養わないといけないしな、今日の仕事はお前にもやって貰う」
今日の仕事はコボルドの討伐。
コボルドとは犬の頭に人型の胴体が付いた下級の魔物だ。
背丈が人間の子供程度で、討伐難度はD。
初心者が腕試しをするのに丁度いいと言われている。
因みに同程度の難度であるゴブリンは、初心者にはあまりお勧めできない。
はぐれを数匹狩るのならいいが、群れと対峙するとなると一匹たりとも逃がしてはいけないからだ。
アレは半端に賢いだけに、生き延びた一匹は知恵を付ける。
そうして人間に対抗する手段を得て、どんどん手に負えなくなるのだ。
それに、逃がせば何処かでまた数を増やし戻ってくるしな。
それで被害を被るのは魔物の住む森に隣接する村々。
若い女性の肉が好物の奴らは、必ず人のいる村を襲う。
ゴブリンによって、少女が行方不明になる事件は後を絶たないのだ。
と、話が逸れたが、そんなゴブリンと比較するとコボルドは森に縄張りを持ち、滅多に人里へ降りてこない。
だが、そのコボルドが村の付近へ出没したと言うので、討伐依頼が出されたという訳だ。
「村長から聞いたけど、コボルドの目撃情報は実に4年ぶりだとさ」
「成程……珍しい事もあるもんだ、森の生態系が狂っちまったのか?」
森へ続くあぜ道を歩きながら、俺とエイジスはそんな言葉を交わす。
この森に生息する魔物は最高ランクでB、他はDやEが平均。
そんな感じで均衡がとれており、コボルドもその生態系の中で生きていた。
なので、コボルドが森から出てここまでやってくる理由も見当たらないが……。
「もしくは、エリアボスでも湧いた……か」
「エリアボス?」
「少し前までこの森の主は灰大熊だったが、討伐されちまったからな。新しいボスが出現してもおかしくはない」
ああ、そう言えば勇者が倒したとかなんとか言ってたな。
「ま、俺達の仕事は変わんねえ。とっとと終わらせて帰んぞ」
その言葉と共に、エイジスは俺の背中を叩く。
時刻は大体正午丁度。
昼食に食べたサンドイッチの腹ごなしに、一仕事と行こうじゃないか。
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