夏が来た。
エイジスと俺が出会って初めての夏だ。
あれからざっと2か月は経っただろうか。
実はこの世界のこの大陸も四季があるのだ。
春夏秋冬だが、元の世界と違って夏と冬が極端に短く春と秋が長い。
大体日数換算すると、二月から六月までが春で、夏は七月から八月の一ヵ月のみ。
どちらかと言えば乾季と言うのが正しいだろうか?
この一ヵ月は通常雨も降らず、ただひたすらに暑い日が連続して訪れる。
そして、俺は夏が死ぬほど苦手だった。
いや、元々暑いのは苦手だがそういう意味ではない。
改めて言うが、俺は竜人族。
言ってしまえばトカゲの遠い親戚な訳だ。
元来竜人族は湿地や洞窟、川辺などの水気のある場所に住まう種族。
湿度が高く、ひんやりジメジメした空間が大好きなのだ。
逆に乾燥した地域や、気温の高い場所は苦手。
変温動物の名残か、体温の調節もあまり上手く無い為、一日中水に浸かっていたいくらいであり――――
「あ゛ぁ゛~……」
「おいおい、だらしねえな……。もうちょっと、やる気出したらどうだ……?」
「そういう師匠こそ、溶けたスライム見たいになってるじゃん……あっつ……」
「……うっせ、俺だって暑いのは苦手なんだよ……あぁ……」
――と、まあこんな感じで師弟共々ノックダウンされていた。
俺はともかく、エイジスも暑いのがダメだとは思わなかったが。
人と言うのは意外な弱点を持っているものだ。
そのお陰で仕事もお休み、俺の基礎鍛錬以外にすることは無い。
なので、今は店のカウンターで二人して溶けている所だった。
「あいす……アイスが恋しい……」
「お……? なんだよ、そのあいすってのは」
「……アイスはアイスだろ、JK……」
「おいシェリー、とうとうルフレの頭がいかれちまったぞ。水持ってきてぶっかけてやれ」
ああ、そう言えばこの世界にはアイスクリームなんてものは無かったっけ。
異常な暑さですっかり失念していた。
だがしかし、このクソ暑い中で食べるアイスは極上美味の筈。
畜生、どうしてこっちにはアイスが無いんだ……。
あのひんやりとろける口当たりと、バニラエッセンスの効いた優しい甘みのハーモニーが恋しくて仕方がない。
食べたい、アイス食べたい。
食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい
食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。
アイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイス。
アイススイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイス…………
……あ、やべ。
今一瞬アイスに脳みそを支配されていたぞ。
だが、食べれないと思うと、より一層想い焦がれてしまう。
まるでロミオとジュリエット。
おお……アイス、どうして俺達は引き離されてしまうの?
……もう何を言ってるのか自分でも分からない。
こうなればもう一からアイスを生み出すしかないのか。
確か、テレビで一度作り方を見た気がするな……。
材料もこの世界で代用できる物ばかりだった筈。
あれ? もしかして作れちゃう?
異世界にアイス、生み出せちゃうのか?
じゃあ、
「師匠、私アイス作る」
「……あ?」
こうして、俺のアイスを作る為の奮闘が始まった。
***
アイスの原材料は、主に乳製品。
牛乳、卵、砂糖。
この三つがあればそれなりのクオリティで再現が可能だろう。
だが、この世界においてそれらを集めるのは相当難易度が高い。
家畜として牛や鶏が育てられてるので、牛乳と卵はまあ手に入れられるだろう。
だが、砂糖だけは別。
この世界において砂糖とは入手困難で貴重な代物。
手に入れられるのは貴族や、小金持ちの商人くらいである。
たかだか一介の冒険者や平民風情が安易に手を出せるものではないのだ。
それに香りづけのバニラエッセンスもどうにかしなければならない。
少なくとも俺の記憶では、バニラと同等の植物はこの世界には無かった。
だが、代用品のアテはあるので何とかなる筈。
なので取り敢えず揃えられる牛乳と卵を手に入れる為、街の隅っこにある小さな牧場へとやって来た。
ここではご隠居のような老人が馬、仙牛、赤鶏を育てている。
豊穣亭もここのお得意様で、俺が毎朝出向いて乳製品を買いに来ているのだ。
他にも食材の買い出し等は俺の役目で、半ば豊穣亭のスタッフになりつつある。
只で寝食を提供してくれるほど、リリスは甘くない。
働かざる者食うべからず、何処の世界でもこれは常識である。
まあ、俺はニートだったんで働かないで飯を食ってたがな、ハハハ。
おっと、話が逸れたな。
因みに仙牛とは、ぱっと見水牛のような角の生えた種で、普通の乳牛よりも一回り程大きいのが特徴。
食用の他、荷車を引かせたり、馬のように移動に使ったりと用途は様々だ。
性格は温厚で大人しく、天敵も少ないこの地域ではあちこちで見かける事が出来る。
かく言う俺も仕事で街の外に出た時、魔物と戦っているエイジスを横目に餌をあげて遊んだりしていた。
「……ん、誰かと思うたらリリスちゃんの所のお嬢ちゃんか」
「おはよう、イェルドさん」
納屋の前で作業をしていた老人、イェルドは俺に気が付くとせわしなく動かしていた手を止めて此方へ向き直った。
皺だらけの顔をくしゃりと歪め、好々爺然とした笑みを浮かべる。
年の割に伸びた背筋と、まるで巨人のような大柄な体躯――というか、実際にイェルド爺は半巨人族の魔人なのだ。
だが、魔人と言っても巨人族は例外的な立ち位置にいる。
過去の人間と魔人の国の戦争において、不利な魔人側から人側へ寝返った彼らはこの国で確固たる地位を築いていた。
まあ、戦争で有利な側に付くなんて別に珍しい事でもないだろう。
そのときの時勢なんて今の俺達には本当の意味で知る事ができないものなんだし。
色々と複雑な事情があったとも思うしな。
話は戻り、そんなイェルドは二メートル以上ある体を屈め、俺の頭をポンポンと叩く。
「おうおうよく来たのう、今日はなんの用じゃ?」
「えっと、牛乳と卵を買いに……」
俺がそう言うと、イェルドは少し難しい顔をして俯いてしまった。
おや、まさかもう今日は出荷してしまったのだろうか。
いつもは早朝に来るのでそんな心配は無かったが、今は時間的には9時前後。
今朝の出荷分は無くなっていてもおかしくは無い。
「……実はのぅ、ちょっとばかし困った事になってての」
「何か問題でも?」
「昨日、飛竜がやって来て仙牛を攫って行ってしまったんじゃ。それっきり他の仙牛も怯えて乳も出さなくなってしもうて……」
「成程……もうギルドへ討伐依頼は出したのか?」
「今朝出して来た所じゃが、この街で飛竜を倒せる者などは……」
飛竜とは呼んで字の如く空を飛ぶ竜。
しかし、ドラゴンではなくリザードの一種だ。
そこそこに高い知能と、鋭い爪と牙を持つ。
竜と言えば炎のブレスを吐くイメージだが、それは炎竜と呼ばれる上位種に限られる。
飛竜は時折人里に下りてきて、家畜を攫ったり農作物を荒らす中位の魔物だ。
しかし、伊達にも名前に竜と付いていない。
ギルドが発表している討伐ランクはBだが、実質的な厄介さはAランクとも言われる程。
ルヴィスの冒険者ギルドにもBランク冒険者は数人いるが、被害を抑えて倒すには少なくともBランク以上で固めたパーティーが三つ必要だろう。
だがしかし、そんなまどろっこしい事をする必要はない。
なんたって俺のすぐ近くに、最強のAランク冒険者がいるんだからな。
飛竜なんてちょちょいのちょいの筈だ。
「それなら、私に任せてくれないか? 何とかして見せるよ」
「ほんとかの……? ルフレちゃんが戦えるとは思えないのじゃが……」
「いや、戦うのは私じゃないよ。私の師匠だ」
エイジスならきっとなんとかしてくれる。
俺は胸を張ってイェルドにそう言い、早足で豊穣亭へ戻っていった。
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