将棋部部室の中で聞いとくべきであったが、書置きや深森先生の身の上話、先輩のおふざけメールを見ていて忘れていた。その話題とは、お金の出所である。出所と言っても部員から集めたということではない。
今日の放課後になるまで、誰が持っていたか。誰が部室に置いて、三枝先輩に置き逃げされるようなことをしたのか、である。
そのことについて、ナノカに相談してみた。
「あのさ。お金を最初に持ってたのは、三枝先輩じゃないことはまず確かでしょ」
「ええ。そうでしょうね。元々三枝先輩が持ってた場合、五万円をいただいたって書置きがあったら、まずもう使われてることは想定できるだろうし。諦めちゃうでしょ」
「じゃ、誰が持ってたんだ……」
「ええと……事実を整理すると、桐太くんが戻ってきた時に五万円はなかった。つまり、桐太くんがその五万円を持ってくるように言われてたのかしら」
「そっか。それで……ちょっと待って。五万円を部室に置きっぱなしにしたのか? 不用心じゃないか!」
「ううん、それか。他に誰かお金を見てくれる部員がいたか。そのうちの一人でもある三枝先輩がいるから大丈夫と思って外に出て……あっ、ちょっと待って。それだと桐太くんか誰かが三枝先輩の書置き作成現場を見ちゃうんじゃない?」
「つまり……書置きは元々書かれていたもの! あれだと、ナノカがさっき言ってた魔が差した説は通用しなくなる……」
話し合っていたら、意外なところからひょろっと新情報がこんにちは。もし、魔が差した説が存在しなくなれば新たな謎が顔を出す。ナノカがその頭を息を荒くして引っこ抜く。
「そ、そうなると! 前々からあの不思議な手紙を作ってたってことになるわね。やっぱ、何か意味があるってことよね……」
「そもそもそのキサラギ駅……も、ね」
そもそも部費を持ち逃げした言い訳にキサラギ駅のことを使っていること自体、意味があるように思える。口裂け女や人面犬、学校の七不思議などなど使う怪異ならたくさん存在している。
「確かに。三枝先輩、やるんならもーっとパァーとやりなさいって話よね! キサラギ駅ネタ一つだけじゃつまんないわよ。もう悪魔とか、死神とか登場させた方がいいのに!」
「……そうだよね。いまいち盛り上がりに欠ける……あっ、後もう一つ!」
ふと思い出したキサラギ駅のこと。うっかり大声を上げ、ナノカをのけぞらせてしまった。
「どうしたのよ!? びっくりしたじゃない!」
「桐太のことだよ……桐太……見てたよね」
「見たって何を?」
「メールだよ。学校ではメールを使ってはいけない校則があって。ましてや先生の前だぞ。よく先輩は桐太が送ったメールを見るなと思って」
僕の発見に然程ナノカは驚かない。腕を組んで、僕にやんわりと言い返す。
「そりゃ、そうでしょ。あの部活はスマホでよく遊んでるじゃない……」
「でもさ、よく桐太が見ることが先輩分かったよなって」
「いや、分かったんじゃなくて。他の人にも送り付けてたんじゃない? 名前のところだけ変えて。コピペして」
そうか。コピーアンドペースト。切り取って、そのまま内容を別の場所にも貼り付けて。これであたかも皆と話しているのに、僕は桐太だけにメッセージが送られたと思い込んでしまったわけだ。
何だ、勘違いだったか。顔を下げて、ナノカに謝った。
「ごめん、何でもなかったよ。驚かせてごめん」
「でもまっ、ちゃんと考えたことを言ってくれた方がワタシも楽だからね。口にしてくれてありがとう」
「どうも……んん……コピペ……?」
「コピペがどうか……むむむ!?」
クレーマー、いわゆる粗探しが得意なナノカの方がこの謎を見つけやすかったかもしれない。もし三枝先輩が何も考えず、メールの文字を書いたのであれば、どうにも腑に落ちない点がある。
「ねえ、ナノカ……確か書置きと最初のメールにはキサラギってカタカナで書かれてたよな?」
「そうよね。次は漢字……なんて統一性がないのかしら!」
時々ナノカはツッコミ役に回ることがあるのだが。彼女、ツッコミどころがおかしくて、でボケ役になってしまうんだよな。
「ナノカ……今はそう思うんじゃなくて……」
「なんてね。分かってるわよ。これが起こったのは、三枝先輩が意図したか、本当に何も考えず偶然だったのか……もう一つ。本当は先にスマホの電源が切れてしまって、違う機械でキサラギと打ったから……よね」
分かっていたようで、ホッと一息。そう。携帯で文字を打つ時、変換候補の一番上に出てくるのは一番最後に打った文字。つまり「キサラギ」のはず。それをわざわざ「如月」と漢字の方にしたということは……先輩は特別な意味を考えていたか。
それか。ナノカの言うように違う端末で変換して、一番上に出てきたのが「キサラギ」ではなく「如月」だったのであろう。
「ああ……! 僕もそう思う……取り敢えず、何の手掛かりもないし。キサラギの漢字とカタカナを意図してたか、先輩が本当にぼぉーっとしてたって言う考えは、将棋部員の方に考えてもらうとして」
そうか。わざとボケをかましてきた、ということは……彼女はもう……あの結論にたどり着いているのだろう。
「五万円を盗んだという事実を友人に共有する可能性は低いわよね。たぶん、先輩がスマホ以外に他の機種も持ってる可能性は低い」
「かなり推測になっちゃうね」
「でも、確実がない今、ワタシたちは高い可能性に懸けるしかないのよ。だから、先輩がもし使えるとしたら学校のコンピューターがある場所?」
「つまり、まだ学校の職員室に潜んでるか、コンピューター室か何処かに潜んでるってことだね」
「そうよ!」
僕たちが出した結論は大きく間違っている可能性もあるが。今はその可能性に懸けるしかない。ただ、外れたとしてももう当たり前。当たったら、ラッキー。そう思う。
もう本当だったら諦めてもいい状態だ。逃げてから、だいぶ時間が経ってしまっているのだから。
コンピューター室に向かう途中、ふと僕が呟いた。
「ねえ、ナノカ……自分も賛同しといてなんだけど。本当に先輩、まだ校舎の中にいる可能性はあるのかな。靴がなかったけど」
「たぶん、それを隠して逃げたふりをしたんじゃない? 自転車はあったようだし」
「よく隠せたね」
「前々からでもいいのよ。昼休みに靴をこっそり自分の鞄の中にでも入れておけば良し」
「あっ、そっか。別にこんなことがなければ、普通は人の靴箱なんて覗くこともないから……」
「そうそう!」
そう話しながら、やってきたコンピューター室前。この扉の先にもしかしたら、いるのかも。他の将棋部員は別の場所で三枝先輩を見回っていて、ここまでは捜索に手が回っていないようだった。
ここなら僕たちの推測通りになる、そう思ってドアのぶに手を掛けた時だった。
「うわぁあああああああああ!?」
男の悲鳴に僕はそのままドアを引っ張った。ナノカも「何何!?」と不思議がりながらパソコン室の中をぐるっと見回している。そんな中、三枝先輩と一人の女子の姿が見えた。
と言っても、片方は突っ立っていて、片方は倒れている。
僕たちの探していた三枝先輩が震えながら、その場に臥せっていた。
「三枝先輩!?」
「大丈夫ですか!?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!