「えっ! でも! 情真くんを見捨ててなんて……!」
ナノカが僕を心配してくれているのか、焦った声で反応する。最悪そのまま「分かったわ! じゃあね! 生きてたら、会いましょ」的なことを言われるのかと覚悟していたから、こんな予想外が嬉しかった。
非常事態だというのに調子に乗ってしまう。
「問題ないよ。だって、一応非力ではあるけど、男だよ!」
「男がどうしたってのよ! ワタシも残る!」
「えっ!? ナノカ!」
「一緒に犯人をぶちのめしましょ!」
更に予想外。まあ、ナノカが隣で闘志を高め、協力プレイをしてくれるというのも悪くはない。ただ、彼女に怪我をさえないよう気を付けなくては。
「じゃ、理亜、深森先生! そっちに」
「分かった。お金を持ってる深森先生をできるだけ遠くに逃がせばいいんだろ?」
「ええ!」
僕の命令で彼女二人はうち開きのドアの陰になる方へと隠れてもらう。僕とナノカが犯人と取っ組み合っている隙に逃げてもらおうという算段だ。
僕たちは深呼吸をして、ドンドンと叩かれるパソコン室のドアに触れる。ナノカが勢いよくドアの鍵を開け、ドアノブを引いた。
飛び出してきた人間は僕に飛び掛かる。
「ちょっと! あっ、今のうちに理亜たちは!」
「分かった! あっ! そうだ! 鍵とバッグはお前が持ってろ!」
相手が見せる迫力に怖気づきそうになるも、僕は立ち向かう。そう思った矢先の話である。ナノカが一言、「あれ?」と違和感だらけの腑抜けた声を出す。
「ねえ、情真くん……その子、別にお金目当てじゃ……」
……そうだった。よくよく見ると、彼女は僕が理亜の捜索を頼んでいた少女だった。言われなくても、彼女が頬を膨らませて怒っている理由は分かる。自分を忘れて、理亜と話していたことだろう。
僕たち二人は彼女に軽いフレーズで謝った。
「……ごめん。僕たち、本当忙しくって」
「情真くん……忙しいは言い訳になんないわよ。この子だって、忙しい中手伝ってくれたんだから。ごめんなさい。全部ワタシたちの責任です」
僕とナノカが謝って、彼女はすんなり「しゃーないか」と僕たちのことを許してくれた。取り敢えず、問題は解決だけれど。
……すると、僕たちを追っていたのは犯人じゃなかったってことになる。
そのことを考えていたら、一つ少女に聞きたいことができた。
「あれ、君ってこの部屋に戻ってきた?」
「二人に理亜探してって頼まれてからは全く来てないよ」
つまり、彼女の話を信じるならば三枝先輩のリュックに手を触れてはいないことになる。リュックの中にあった手紙を盗むことも不可能だ。彼女自身はやはり、この事件と何の関係もないわけだ。
では、五万円を狙う輩は何処にいる?
あの手紙やSDカードは何を意味している?
「キサラギ駅長」の正体は誰だ?
僕と少女は同時にリュックサックを取った。あれ、彼女はまだこの部屋でやるべきことがあったのでは……?
「あれ、パソコンの課題は……」
「まあ、明日にしようかなって。もう六時過ぎちゃったし……もうそろそろ完全下校の鐘がなるし、であっ、鍵は……」
僕は理亜がドアの横に置いていった鍵を手に取り、彼女に見せる。「じゃあ、いいよね」と言って彼女は走ってパソコン室を出て行った。
彼女の姿が見えなくなった時、僕は窓の外に視点を移す。雲一つない空で月が輝いている。グラウンドの方にいる野球部は片付けを始め、校内はすっかり静まり返ってしまった。
何だか、寂しい気持ちに襲われる。暗い感情を吹き飛ばしたくて、窓の外に目を向けてただ突っ立ているナノカに声を掛けてみた。
「ナノカ……もう時間かな……」
「そうね。タイムオーバー。帰る時間ね……さっ、鍵を先生に返して、リュックサックを三枝先輩に渡してワタシたちも帰りましょ」
パソコン室の鍵を閉め、リュックを担ぎながら彼女の言葉に返答する。
「でも、犯人は結局……」
「ううん。五万円を狙う犯人はいなかったってことでいいんじゃない? まあ、「キサラギ駅長」の正体が何なのかは未だに謎だけど……ワタシの推理、外れちゃったね」
「ナノカ、気負わないでよ」
「ええ……」
このまま将棋部部室まで歩いていく。ただ、その前で入りづらい出来事が起きてしまった。中で深森先生が怒りを放っているようなのだ。
「もう! 信じられないわ! 他の部活の人まで巻き込んで。三枝くんもそうだけど、みんな調子に乗りすぎ! 学校内にいると思えば、辺り構わず関係のない生徒まで巻き込む始末。外に出たら外に出たで、暴走自転車とかで学校に連絡来たのよ! 分かってる!?」
ナノカも思わず苦笑い。部室の中が説教モードでは入れない。桐太らしき声の奴がごにょごにょ「自分は、その命令出してただけなんですけど」と言い訳をしようとしているが。どうやら、深森先生は将棋部の連帯責任と考えているらしい。
「下校までに反省文、原稿用紙三枚! いいわね!」
「ひぃいいいいいいいいい!」
取り敢えず、鍵はこちらに置いとくとして。床にそのまま置きっぱなしにしておくと、誰かに踏まれたり蹴られたりしてしまうかもしれない。だから、書置きでもしようと考えた。
「ねえ、ナノカ。ペンとか紙とか持ってない?」
「ううん……放送室まで行くしかないわね」
歩く距離を増やすことにはなるけれど。
結局、僕の足は放送室へと動く。行きついた放送室の中で理亜がスナック菓子を食べて、一服していた。この安心感、僕たちのことを完全に忘れているな。
彼女があまりにも間の抜けた態度だったため、嘘を言ってみる。
「理亜……犯人倒してきたんだぜ。労ってくれてもいいんじゃないか?」
ナノカは理亜をからかうことに対して、よく思っていないようだ。黙りつつも、微妙な顔で僕を見つめていた。
「ほお……それは凄い」
「なーんか、褒めてなくない?」
「ああ、褒めてないからな」
「ええ……」
「さて、もうそろそろか」
「えっ、何が?」
「もうそろそろ、犯人に出てきてもらおうって言ってるんだ」
……僕は声が出なかった。ナノカは声を出そうとは思ったらしい。「ひゃっ」としゃっくりをした時に出る声を口から漏らしていた。
理亜はそんな僕とナノカの考えが理解できていないのか、「何で分かんないんだ?」と言ってきょとんとしている。いや、凡人には何が何だか分からないのでございますよ!
「ワタシは情真がスケベをした時に色々気付いたんだよ。お前の変態レベルって、他のものとは一線かけ離れているよな。あっ、今度は誉め言葉だ。精一杯、喜んでくれていいぞ」
「そんな言葉、貰っても嬉しくない!」
ナノカは理亜のそんな冗談を真面目に考えているし、どういうことだろうか。僕が彼女に「考えなくていいよ」と言おうとしたものの。それよりも早く彼女が叫んでいた。
「そっか。スケベね!」
「ん?」
「豚野郎って本当に情真くんの誉め言葉だったのね!」
「ナノカ!? 自分で言ってることの意味が分かってるのか? それ、ただの悪口だから……!」
「狭い場所で起きたって言うのもヒントになったのね!」
「狭い場所……?」
ふとある場面の映像が僕の頭で流れ出す。……それとあの人が放った言葉……!
キサラギ駅……!
わかったぞ! 心の中から、体の中から不思議な感情が湧き上がる。
「僕も分かったけど……結局、三枝先輩が言ってるキサラギ駅長って」
僕の疑問には瞬時に理亜が「廊下を見ろ」と告げてきた。だいぶニヤケ顔の理亜。まるでタイミングが良いとでも言うかのように。
廊下では、深森先生が全速力で走っている。あれが何のヒントになるのか……。
ん?
もうちょっと……? 後ちょっとで辿り着きそうな僕に彼女は一言。
「もうちょっと漢字の勉強をしてきたら? このミヤマクワガタ!」
「えっ!? あっ!? あああああああああっ!」
ナノカから飛んできたのは、罵倒と捉えられるであろう。しかし、僕からしたらとんでもない大ヒント。
この事件を解く最後の鍵が隠されていたのだ。
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