ナノカたちはここで待っているのかな……?
チラッと二人の様子を確かめようとしたら、ナノカが真後ろにいた。その隣に椨木先輩。どうやら、彼女は僕の後を椨木先輩と一緒についていくみたいだ。僕に恐怖を与えることを意識しているのか、二人共ピタンピタンと足音を立てている。
ナノカは僕が戦くまでに強い視線で僕の真後ろを見張っていた。
「ナノカ? 椨木先輩?」
「アンタみたいなゴミくずを理亜ちゃんと一緒に行かせたら、不安なのよ」
「奇遇ね。ナノカと同じこと考えてた」
ああ……選択を誤った……というか。「パソコン室へ行くか」、「行かないか」の選択肢にはなかったのだが……「そのまま逃げる」を選べば良かったと猫背になって後悔した。
そのなりで後ろを歩く二人のガールズトークを聞いていた。悪口を言われてないか、気になっていたし。
「あの、先輩……そう言えばほんのちょっと気になってたことがあるんですが」
「何かしら?」
その会話の中でナノカは僕がずっと疑問に思っていたことを尋ねていた。
「深森先生がミキ先生って、どういうことなのですか?」
深森先生は他の女性の名前で呼ばれて驚いたと言っていた。椨木先輩の「ミキ」という呼び方がそうだったのか。なんとなく、気がかりであった。別に今日起きた事件には関係ないと思うのだけれど。
「えっ……ええ……それは、単にミキって、図太いって意味から出てきた渾名なの。別にそれ以外に意味はありませんの」
「そうだったんですか……三枝先輩も同じ名前で先生を呼んでるんですか?」
「ば、ばかおっしゃい。アイツの考え方とこっちの考え方を一緒にしないでくれるかしら」
「別に一緒にしたわけではないんですけど……すみません」
別に気にする程でもない理由だった。しかし、それだったら先生は何故三枝先輩に対してだけを変人と称したのか。それはもっと突拍子もない女の人の名前を呼んだからでは……?
と言っても、何かナノカの横にいる椨木先輩もよそよそしい。話をした後の椨木先輩が、ナノカと目を合わせないようにしているようにも捉えられてしまった。
ナノカも彼女の不審な点に関して、訝しく感じていたみたい。
「あの先輩?」
更に質問をぶつけようとしていたのだが。
椨木先輩が別の話で彼女の口を止めた。
「それよりも後ろの視線、気付いてる?」
ナノカに対する話し声よりも一際目立ったもので前の方に歩いていた理亜や深森先生も振り返ってきた。僕もくるりと体の向きを変え、後ろを見るが何の異変もない。
「何の話ですか? 誰もいないじゃないですか? 教室の中に隠れながら誰かが私たちを尾行していると言うんですか?」
理亜は椨木先輩に事情の解説を要求した。そんな椨木先輩はどう説明することもできなかったらしく、言葉を濁していた。
「いえ、何でもない……と思うわ。そんなことして、何の得があるのか分かりませんし……あっ、取り敢えずやらないといけないことがあったんだ!」
その上、何か思い出して椨木先輩は僕たちの列から一歩距離を取り、「四人とも、また!」と言うとそのまま何処かに駆けていく。ナノカは手を上げて、見送っていた。
その後は廊下を歩きながら、椨木先輩のことを考える。意外とあっさり自分の意見を引いてしまった椨木先輩。気のせいだと思う理由があったのだろうか。いや……それとも知らなかった……?
ちょっと待て。頭の中を整理させよう。
僕は今、「キサラギ駅長」の正体について調べている。それも三枝先輩から五万円を奪おうとしていた犯人を。
椨木先輩は単に僕と理亜の素行について見張っていただけ。こちらの事情をほとんど知りはしないだろう。
つまり、だ。椨木先輩は僕たちを狙う危険な存在に気が付いた。しかし事情を知らないために「別に大したことではないのでしょう」と考えてしまったのだ。
もし、その犯人が口封じにとでも言って襲ってきたら……大変だ。
先輩の代わりに僕が警鐘を鳴らさねば!
「理亜! ナノカ! 深森先生! もっと早く歩きましょう! 何か、嫌な予感がします!」
深森先生は突然の発言に「いきなりどうしたの?」と目を丸くさせていたが。理亜が僕の言葉を信頼してくれていた。
「先生。ナノカは分かってるよな……情真の嫌な予感はよく当たるんだ。アイツのこういうことは信用した方が良い! 早く行こう! もし……キサラギ駅長が一人じゃなかったら……先回りして、既に何かが奪われているかもしれない!」
「あっ、でも私! 五万円は……」
「いや、五万円じゃない……もしかしたら他にも暗号があって、それを盗まれていたのかもしれない!」
理亜に言われてお金のことを心配したらしい深森先生。彼女はひょいと封筒から一万円を出し、僕たちに見せつけてきた。五万円が盗まれていないというのは分かったが、今僕たちに見せつけなくても良い気が……。
まあ、良い。
今は急いでパソコン室のドアを開き、三枝先輩の荷物を取り出そう。そして、さっさと安全な場所にずらかってしまえば僕たちの価値だ。
一旦、誰も入ってこれないよう内側から鍵を掛けておく(中は鍵がなくても閉められる)。それから深森先生と理亜が三枝先輩のリュックサックを確かめたのだけれど。
リュックサックを手に取って中を確かめる深森先生は理亜にじっと見られながら、蒼い顔をした。
「あれ……な、ないわ! 手紙がない! あの手紙が無くなってるわ!」
……どういうことだ? あの謝罪文がほんの少しだけ書かれていたあの手紙。犯人は暗号の意味がSDカードなしで理解ができたのか。元々、暗号を解く手掛かりがあったのか……?
忍者の如く、先代から教えられてきたのか。
「どう、情真くん……」
ナノカが怒りによって生み出される熱気をまとっている。しかし、顔は少々不安げで。何が起きてるのか、頭の中でぐちゃぐちゃになっているのだろう。
「ううん……何とも言えないけど、何か変だよね……」
「そうよね……ワタシの推理も自分で言っといてなんだけど、変なのよ……だからさ」
……辺りの熱が一気に冷める。冷静を保っていたナノカが不安定になっていた。
「ナノカ……」
「クレーム入れたい位、違和感があるような気がして……でも、それを言葉にできなくて。で、で、でも……ああ……でも、推理でみんなを振り回しちゃった……!」
ナノカが困っているのは、また事件が起きてしまったからだけじゃない。どうやら、頓珍漢な推理でみんなを苦しませたり、その先にある事件のことを見抜けなかったりして。
それを全部自分のせいだと抱え込んでしまっているのだろう。
本当にナノカは責任感の強い人だ。気を抜くと、すぐ人の重荷を背負うのだ。
そんな彼女を助けよう……。
頭を抱える彼女に僕はできる限り、考えた上の言葉を放つことにした。
「ゆっくりでいいよ。落ち着いて。別にナノカの推理が間違っていたとしても問題ないよ」
「な、何でよ……現にこうして新しい事件が起きて。みんながワタシの話を信じてなかったら……こんなに困ることはなかったのに……」
「いいや、これがあったからこそ、たぶん何か新しいヒントに近づけるんだ。別にまだ、手紙が消えただけ。誰かが犠牲になったわけでもない。軽い気持ちで考えようよ。それこそ、普段のナノカでしょ!」
「……でも、今後のことを考えると……情真くんもそう思ってたんじゃないの?」
「未来が不安だって?」
「うん……」
「確かにそうだけど。僕やナノカは未来を生きてるんじゃないよ」
「えっ?」
彼女の驚く表情に僕はありったけの想いを叩きつける!
「今を生きてる。失敗した過去のことや未来のことを今、どれだけ不安に思ってたって仕方ないじゃないか! 今何をしたらいいのかを考えてみようよ!」
「情真くん……」
「って、これ、前に『将来の夢がない』って嘆いていた僕にナノカがクレームした時の言葉だよ。ナノカが先に言ったんじゃないか」
「アハハ……そうだった……!」
濁り始めていた彼女の顔が笑いによって、とても良いものへと変わっていく。それが嬉しくて、僕まで笑顔になっていると。後ろから理亜が背中をつついてきた。
「笑ってるとこ、申し訳ないんだが……」
僕とナノカが彼女に注目すると、彼女は視線であるものを指し示す。
パソコン室のドア。たんたんと誰かが叩いていた。
犯人がここへ入って来ようとしているのか……!?
……唯一、戦闘力があるのはナノカだけれど。彼女を危険に晒したくはない。であれば、誰が戦うか。
「三人とも、ドアを開けたら瞬時に逃げてくれ。僕がこの手で、何とかするから!」
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