桐太の言葉に何度も「分かるわよ」と賛同の意を示すナノカ。同時に桐太は「そうですよね……!」と繰り返し言い放っている。例え僕が「そうだね……許せないね」と言おうとも。理亜が「実は桐太が犯人じゃないのか?」と言おうとも。
「そうですよね!」
「本当に犯人なのか?」
「そうですよね!」
あらら……自白しちゃったよ。なんてふざけた掛け合いをしている場合ではない。たぶん、桐太は怒りと焦燥のせいで僕たちが話す言葉の意味をまるっきり理解していない。
「まるでゲームに出てくるコンピューターキャラクターみたいじゃないか」
理亜がクスッと笑いながら、的確なことを言いのけてみせた。確かに今の桐太には「ここは村の入り口です」とか言ってる人と同じだ。
とにかく桐太が落ち着くまでは、話を聞くことはできなさそう。桐太のことは深森先生に任せ、僕たちが今するべきことは一つ。頭の中に浮かんだことをそのまま発言した。
「仕方ない。僕たちは外に出て、三枝先輩捜索隊の中に加わろう。一人一人が手掛かりを持ってるかもしれないよ」
ナノカがこの発言に出口を歩み進めていたのだが。最後にちろっと名残惜しそうに桐太を見る。
「一番気になってることが聞けなかったんだけど……」
「ナノカ? 何が?」
「ああ……でも、三枝先輩を見つけちゃえば関係ないことだから大丈夫よ! さっさと行きましょ! ね!」
ナノカは僕と理亜に強い笑顔を見せて、そのまま将棋部部室を後にする。実は、僕も少々気になることはあるものの……。その質問でキサラギ駅長の正体が判明するわけでもなし。三枝先輩が捕まることもない。
グダグダしてしまった今だからこそ焦りが生じる。今はできる限り、早く三枝先輩を確保しなければ。もし、金を使っていたとしても早く手を打てば戻ってくるかもしれないし。
「と言っても、僕たちがまず最初に何をやればいいんだろ? 聞き込みだけど……そこの壁に聞いてみるのが一番かな?」
「情真くん、ふざけないの。幾ら状況を見てても物は答えてくれないでしょ!」
「あはは……」
「ここは理亜ちゃんとも、協力してって……あれ? 理亜ちゃんは……?」
「あっ……」
三人で意気込んで教室を出てきたはずなのに。理亜までもが失踪した。というよりは、自分で自由に調べ始めたという感じなのだろう。あの少女はかなり気まぐれだから。僕を引きずって「冒険に出かけよう」みたいなこと言いつつも、一人で勝手に旅へ出るような……そんな性格だ。
まあ、どちらにしても……彼女はちゃんと……いや、今はそんなこと考えてる暇はない。
理亜がくれたナノカとの共同作業の時間を有効活用しなくては。
ふと思い出す。ナノカと出会ってから、三年と半年の時が経つということを。最初に逢った入学式では隣に座る気にも留めない存在だったと思う。しかし、ふとした時から彼女は僕に目を付けた。彼女が僕のだらしない様子を見て、目に余るものがあったのだろう。
それで怒られているうちに、叱られていた僕は彼女へ心惹かれてしまったというわけ。
そんな僕とナノカの絆を深めたのが謎。中学も怪事件や珍事件があったのだが、高校に入ってからはより一層事件に巻き込まれてる気がする。まぁ、この自称進学校には変人が多いから仕方ないのかな……。
そんなこんなで今の三枝先輩失踪事件みたいな不思議な事件に巻き込まれ、様々な謎を解くことを迫られた。そんな時、ナノカと一緒に協力して僕たちから不安を取り除いていく。
そういった過程が何度もあって、より彼女と心の距離が近づいてくれたかな、と勘違いしていた。
人は話していたから。一緒にいたから。未来を希望して共に歩こうとしたから。共に将来の夢を誓ったから……人を好きになれるわけではない。
期待していた僕は、ナノカがクラスメイトに残酷な事実を告げられるまで気が付かなかった。
『悪いけど、彼のことは大嫌い』
そんな言葉にへこたれている中、またも彼女の立ち話が耳に入り込んだ。
『ワタシの想い人はもう、この世にいないのかも』
その真実がショックだった。僕が生きている。この二つの証言から導き出せる答えは赤ん坊だって、迷探偵だって分かるだろう。決して、こんな証明をしてはくれない。「ナノカは情真のことが好きである」とは……。
ナノカの想いを知った瞬間に、僕の胸は押しつぶされそうになった。苦しくて、いっそ今胸に当てた手で心臓ごと握りつぶせば楽になれるのかな、とすら思ってしまったのである。
しかし、僕はそれをしなかった。
嫌われてても、ナノカが笑ってくれる状態ならでいい。隣で僕を叱ってくれているなら、幸せだから。その幸福を噛みしめられる僕自身という器を消したくはなかった。
「おーい! のんだらけーすっとらけーすっとこどっこいの甘えん坊のお間抜けさーん!」
「はわわっ! って、その変な呼び方、僕のこと?」
気付けばナノカが僕の頭を人差し指でツンツンつついていた。その行動に驚きと可愛さを感じ、変な声を出してしまう。
「そうよ。何ぼさっとしてんのよ……! まずは、靴箱に行って確かめてみましょ。たぶん、そこなら手掛かりがあるんじゃない?」
「手掛かり……か」
玄関前の廊下に一人の男子生徒。ロングヘア―の彼の体からも殺気が駄々洩れで。ピリピリとした空気以外に何も感じられる者はない。どう考えても、手掛かりは掴めそうになかった。いや、三枝先輩殺人事件の手掛かりなら見つかるかも。まだ起きてはいないけれど。
僕が辺りを観察している間にもナノカは行動を起こし一年男子に話し掛けていた。
「あの……桐太くんから三枝先輩捜索を頼まれました。ナノカです。状況はどうなんですか?」
刑事が現場の警察官に話をしてるみたいだ。ナノカに話し掛けられた彼も何故か敬礼してそれらしく応答している。
「はっ。金がなくなり、真っ先にここへ来たのだが、靴はありませんでした。もう逃げられたかと思うが、一応、校門に一人。帰ってこないか見張りを付け、後、野球部にも協力を頼んだ状況であります」
「野球部に?」
「もし校門以外。例えば、グラウンドの柵によじ登って逃げようとしていたら、ホームランボールを奴の股間にヒットさせて撃ち落としてほしいと!」
「だ、大胆ね……」
おお……処刑の方法まで考えてるのか。本格的だな……。ではない。今はそんな方法を聞いてる場合ではない。三枝先輩は電車に乗って、逃げているんじゃないのか?
その疑問が僕の口を動かした。
「先輩はもうとっくのとんまに逃げてるんじゃ……」
「一応、一人の連絡によると自転車で逃げた後はなく。徒歩だったらしくてな。なので一人が自転車に乗って、目下暴走中だ」
「それで見つけられるのか……そもそも、お金持ってるんだからタクシーにでも乗られたら意味がないよね。それだと、もう返金してもらえないし……」
僕の発言にナノカが「そうよね……」と続くが。将棋部員の彼からは何の反応も返ってこない。ただ沈黙の時間が過ぎるばかり。
まさか、その可能性全く考えていなかったの!?
「ちょっと! 君! なんて杜撰な警備なんだ!? これじゃあ、先輩にどうぞ逃げてくださいって言ってるようなもんだよね!?」
「はっ……ええと……それは……おれのせいじゃない! 桐太のせいだ!」
「ん? 何で、桐太が?」
「アイツがここの捜査網を作ったんだよ! 一人一人にここが適所でしょ。とかって言って。偉そうに言ってたが、結局穴だらけじゃねえか!」
「僕に怒らないでね。困るから」
残念でした、か。この警備ではダメでした。三枝先輩はお金を持ち逃げして、はいお終い。キサラギ駅なんかにいる作り話でお金を盗られた上にからかわれました、と。
そんな結果になったのか……。
いや、まだ僕とナノカは手に入れていない状況がある。そのことについて、僕はその場で彼女に切り出した。
「あっ、そう言えば……ナノカがさ、さっき三枝先輩のことで気になることがあったみたいだよね。それって、僕が今足りてないと思ってる情報と同じなのかな……」
「ん? 気になるんなら、口に出してみなさいよ! 話をしなければ何も始まらないし、何も解決しないわよ!」
「……だよね!」
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