俺たちが養鶏場に着くと、ネフェリーが俺の伝授したエサの仕込みをしていた。
「あ、ヤシロ」
完全ニワトリ顔の少女、ネフェリー。
最初こそあまりいい印象を持たれていなかったようだが、話をするうちに徐々に打ち解けていった。
「言われたエサを作ってるんだけど、これでいいのかな? ちょっと見てくれる?」
「おう、お安い御用だ」
俺は、大きな樽にぎっしりと詰め込まれた米糠をかき混ぜる。
入れたばかりで魚のアラやクズ野菜が見える。
「大丈夫だな」
俺がOKを出すと、ネフェリーはホッと胸を撫で下ろした。
胸がちょっと立派に見えるのは、鳩胸だからかな? あ、ニワトリか。
「やってみると結構大変なのね、これ」
「生き物を育てるってのは、そういう大変さの積み重ねなんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど……ずっとやってたから腰が痛くなっちゃった」
「揉んでやろうか?」
「やぁ~だぁ、もぅ! ヤシロのエッチ!」
そう言って右手でぺしりと俺の肩を叩く。
左手は薄く染まる頬を押さえている。
とても女の子らしい仕草だ。……だが、顔が完全にニワトリなので「何やってんだこの鳥?」という感想しか抱けないのが残念だ。
あぁ、残念だ。
「そのエサに、こいつを混ぜて食わせてやるといい」
「あ、それが貝?」
「丸ごと食わせるんじゃないぞ? ハンマーで粉々にするんだ」
「やだぁ、もぉ! 分かってるって。うふふ……ヤシロって面白い人ね」
昭和の香り漂う青春映画のような言い回しだが……顔がニワトリ。とってもシュールだ。
「ホント言うとね、実はまだ半信半疑なの」
ネフェリーが貝の入った包みを抱え、そんなことを呟く。
「こんなことで、本当に卵を産んでくれるのか……あ、でも、ヤシロを疑ってるわけじゃなくて…………これまでずっと、奇跡を信じて……その期待はことごとく裏切られてきたから」
廃鶏になった鳥がもう一度卵を産むようにお祈りでもしていたのだろうか。
だが、そんなことでニワトリは卵を産むようにはならない。
これまで、何度もそうやって悲しい思いをしてきたのだろう。ネフェリーはとても寂しそうな瞳をしていた。
…………ただ、ニワトリ…………
「俺のことは、別に信じなくていいよ」
「え?」
「お前はただ、あいつらのことだけを信じていてやれよ」
そう言って、鶏舎の中のニワトリをアゴで指し示す。
「あいつらはきっとまた卵を産む。お前はそれだけを信じていろ」
「ヤシロ…………うん。私、信じる」
ネフェリーが目尻を指で撫でる。
「へへっ、ごめんね。こんな顔見せちゃって」
こんな顔って、ニワトリってこと?
お前、ずっとさらしっぱなしだけど?
「私がしっかりしなくちゃだよね! でなきゃ、みんなが美味しい卵産めないもんね」
そう言って、両腕で力こぶを作る真似をする。
なんなら、お前が産みゃあいいんじゃね?
「んじゃ、俺らは帰るから」
「うん。気を付けてね。あ、それと、貝、ありがと」
「おう」
用事を済ませ、俺たちは養鶏場を後にする。
まぁ、見てろって。今にビックリするからよ。
「ヤシロさん」
養鶏場では、ずっとニワトリを見ていたジネットが俺の隣へ歩いてくる。
こいつはずっとニワトリに「頑張りましょうね」と声をかけていたのだ。
「産まれるといいですね、卵」
「産まれるさ」
俺が断言すると、ジネットはにっこりと笑う。
だが、その後、ほんの少しだけ表情が曇る。
「ネフェリーさんて……可愛い方、ですよね」
「ん?」
「やっぱり、ヤシロさんって……あぁいうタイプが……お好きなんですか?」
「そうだなぁ……」
俺は腕を組んで考える。
今となっては懐かしい、日本での記憶…………
「カレーなら、チキンが一番好きだったかな」
「え……あの、なんの話ですか?」
「ん?」
「え?」
鳥が好きかどうかじゃないのか?
会話が噛み合っていないようだったが、それ以上ジネットは何も聞いてこなかったので、俺も何も言わなかった。
そうか……こっちにはカレーがないのかもな……分かりにくいたとえをしてしまったのだろうか。いや、難しいな、異世界。
そんな些細な発見をしつつ、その日は暮れていった。
そして、翌日は一日を狩りで費やし、結構な収入を得る。
……が、まぁ、このほとんどがマグダの食費に消えるのだがな……
予測を立てて計算してみたところ、マグダが月に10万Rbほど稼ぎ、食費が9万9千Rbほどかかるようだ。……まぁ、プラスなだけマシだけどな。
ボナコンのような価値の高い獲物が捕れれば利益はグンと上げられるが、ああいった幸運に恵まれることはそうそうあることじゃない。
どうやら、俺たちの収入は完全に陽だまり亭任せになりそうだ。
今度、モーマットとデリアのところに仕入れる量を増やしたいと話に行かなきゃな……
なんてことを考えながらまた一日が終わる。
そして数日後の朝、俺が思っていたよりはるかに早く、吉報が舞い込んでくるのだった。
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