早朝。
陽だまり亭のドアが激しく連打され、俺たちは叩き起こされた。
やって来たのは養鶏場のネフェリーだった。酷く興奮した様子で寝ぼけ眼の俺の手を取る。
「産んだ! 産んだのよ! 卵が産まれたのっ!」
「……おめでたか? おめでとう」
「私じゃないよ! セクハラすると突っつくよ!?」
ニワトリ顔のネフェリーが頬を染めて俺に嘴を向ける。
「熱烈なキスをしてくれるってことか?」
「なっ!? ち、違うもん! んもう! バカバカバカ!」
大いに照れて、俺をぱかぱか殴ってくる。
……あ~、全然萌えねぇ。ニワトリ顔、萌えないわぁ…………
「とにかく来て! ヤシロに見せたいのよ!」
強引に腕を引かれ、俺は寝間着姿のまま連れ出された。
ジネットとマグダも寝間着に上着を羽織っただけの格好でついてくる。
養鶏場に着くと、ネフェリーの家族がコケコケ言いながら踊り狂っていた。
「……なんの儀式だ? 子供が見たらトラウマで夜トイレに行けなくなりそうな光景だな」
「失敬ね! うちの家族に対して!」
ニワトリ顔の両親が踊り狂っていたら多かれ少なかれ異常な空気を感じるわ。
まるで、黒魔術の生贄が自ら進んでその身を捧げようとしているようにしか見えないからな。
そんな儀式の横を突っ切って、ネフェリーは鶏舎へと入っていく。
すぐに出てきたネフェリーは、大切なものを運ぶように慎重に俺の目の前へと戻ってくる。
「ほら見て! こんなに立派な卵を産んだのよ!」
ネフェリーの両手に載せられていたのは、産みたての卵だった。
大きさも形も申し分ない、立派な卵だ。表面がざらざらしていて新鮮そうである。
「全部ヤシロのおかげ! これであの子たち……もっと生きられるよ…………」
ネフェリーの目尻に涙が浮かぶ。
嬉し涙というものは、女性を美しく見せるものだ。
うっかりときめきそうにな…………ら、ないな。ニワトリ顔だと。
「ありがとう! ヤシロって、いい人ねっ!」
うわぁ、そのセリフ、中学生くらいの頃に同級生の女の子に言われたかったなぁ……
「ねぇ。この技術、他の養鶏場にも教えてあげたいんだけど……ダメ、かな?」
革新的な技術はそれだけで価値がある。
特許があるかどうかは知らんが、権利を主張し……そうだな、例えば『廃鶏再生ギルド』でも作ってその技術の使用に料金を発生させることは可能だろう。
だが……
「好きにしろ。それで卵が大量に手に入るなら、こっちとしてもありがたい」
「ありがとう、ヤシロッ! 大好きっ!」
ネフェリーが感極まって俺に抱きついてくる。
うわぁ、こういうの、中学生くらいの頃に同級生の女の子にやられたかったなぁ……
「あっ! い、今のは、人としてって意味であって、異性としてって意味じゃないんだからねっ!」
ネフェリーが俺から離れ、慌てて弁解してくるが……うん、大丈夫大丈夫。誤解とかしないから。
そんな赤い顔しないでくれるか。ボイルされてるみたいで冷や冷やするから。
「とにかく、すぐにみんなに知らせるね。それで、廃鶏になってたニワトリが産んだ卵は優先的に陽だまり亭に販売する。それでいい?」
「おぅ、上出来だ」
「みんな喜ぶだろうなぁ」
そう言って、ネフェリーはにこにこ笑いながらくるりと体を回転させる。
そして、両親のやっている不思議な踊りに参加し始めた。……だから、なんの儀式だよ、このニワトリ踊り。
「あぁ、そうそう」
俺は一つ、『とても重要なこと』を忠告しておく。
「前に来た時も言ったが、生の米を与えるのはやめた方がいい。俺のいた国では、卵を産まなくなると言われていたからな」
「それには驚きだけど、ヤシロが言うなら信じるよ! それもみんなに伝えておく」
随分と信用されたもんだ。
…………しめしめ。
「ヤシロさん、なんだかとても嬉しそうですね」
ジネットが俺を見てぷっくりと頬を膨らませる。
あれ? ジネットに嬉しさが伝染していない?
前に卵の話をしていた時はつられてにこにこしていたのにな。
朝はテンション上がりにくいのだろうか?
「……ヤシロ」
「なんだ、マグダ?」
「……マグダ、可愛い?」
「……なんでこのタイミングで?」
「…………もう、いい」
分からん。
こいつは俺に何を言わせたいのだ…………なんか怖ぇよ。言質取られるみたいで。
言わないようにしよう。
そんなわけで、謎のニワトリ踊りを披露する不気味な養鶏場を後にし、俺たちは陽だまり亭へと戻った。
徐々に空が白み始める。……教会の寄付の準備をしなければ。
俺たちの朝はお大忙しなのだ。
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