異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

96話 降り過ぎだろ…… -2-

公開日時: 2021年1月1日(金) 20:01
文字数:3,109

「マグダぁ、ジネットが起きろってよぉ」

 

 ドアをドンドンとノックし、起きるように促す。

 …………返事がない。爆睡しているようだ。

 

 ま、想定内さ。あいつが素直に起きてきたためしなどないのだから。

 

「入るぞ」

 

 俺は、マグダ本人に部屋への無断立ち入りを許可されている。

 とはいえ、プライバシーを侵害するつもりも、下着を物色するつもりも、ましてや寝こみを襲うつもりもない。

 要するに「起きる自信がないから入ってきて起こしてほしい」ということだ。

 あと、怖くて眠れない時はベッドに潜り込んでもいいらしい。……実行したことはないけど。

 

 部屋に入ると、マグダがいなかった。

 …………なんてわけはなく、俺はベッドに近付き、ワラを手で掻き分けた。

 

「……分かりやすいな、お前は」

「…………さむっ……さむい…………埋めて」

「そんなお願いをされる日が来るとはな。人生何があるか分からんな」

 

 あまりの寒さにワラの中に潜り込んでしまったのだろう。小動物か。

 

「なんかやるらしいぞ、仕事だとよ」

「……豪雪期は、狩猟ギルドの休業日……」

「残念だったな。陽だまり亭は年中無休なんだそうだ」

 

 そういえば、以前作った宣伝Tシャツにも年中無休って書いてあったっけな。

 休んじまうと嘘になるのか。気を付けよう。

 

「……ヤシロ」

「なんだ?」

「…………温めて、人肌で」

「……お前、分かって言ってんのか?」

「…………寒い」

 

 乾布摩擦でも教えてやろうかな。

 アレが意外とバカに出来なくてな。乾いたタオルで肌をこすると寒さが少しだけ大丈夫になるのだ。……そこにたどり着くまでは地獄なんだがな……上半身裸とか…………

 

「頑張って起きたら、コーヒーゼリーをやるぞ」

「…………拒否」

 

 だよなぁ。

 昨日まではこれで起きてたのにな。

 

 あ、そういや、ジネットが小豆を買っていたな……もち米も買ってたっけ?

 じゃあ、ぜんざい……いや、お汁粉でも作るか。うん、お汁粉の方がこっちの連中にはうけるだろう。

 白玉の代わりにモチを入れることにはなるだろうけどな。

 

 ぐずるマグダを引き摺り出し、着替えるようにと言い聞かせる。……二度寝しそうだなぁ……とはいえ、俺が着替えさせるわけにもなぁ…………獣化してる時ならいざ知らず。

 

「いいか、寝るなよ?」

「……それは、昨日パーシーに教わった。『寝ろ』という合図」

「あいつの場合はそうなるが、今は違う。さっさと着替えろよ」

「……あいあいさぁ」

 

 半分くらい眠りながら、マグダがフラフラと行動を開始する。

 

 俺も部屋に戻り外着に着替える。

 昨日は水泳後の倦怠感のせいで寝落ちしてしまい、服がぐっちゃぐちゃのまま脱ぎ捨てられていた。

 マグダの部屋の簡素さとは真逆の、男の部屋という散らかりようだ。

 外に出られないなら、この機会に片付けてみるか? 年末だしな。

 

 着替えを済ませて廊下に出ると、すでに準備万端のジネットが待っていた。

 

「はい、ヤシロさん。それから、マグダさん」

 

 ジネットは、笑顔で俺とマグダにスコップを渡してくる。

 ジネットは年季の入った古いスコップを持っている。

 

「………………はい?」

「雪かきですよ。このままでは厨房に行けませんからね。朝はとりあえず中庭の雪を退けて、教会から戻った後で店の前と庭を綺麗にしてしまいましょう」

 

 …………マジでか。

 

「雪かきしても翌朝にはリセットされてる……なんてことはないよな?」

 

 この異常な気候の世界だ。毎晩毎晩1メートル級の積雪を誇る大雪に見舞われる可能性もある。

 だが、俺の懸念はあっさりと否定された。

 

「豪雪期は、初日にドカッとたくさん降って、あとはパラパラと降り続けるだけですよ。もっとも、少しずつ積もり続けますので、何度か雪かきを行う必要はありますけどね」

 

 とりあえず、毎朝リセットではないらしい。

 ……逆に拒否しにくいじゃねぇか。「毎日降るならやるだけ無駄だろ」とも、言えない。

 クッソ、どうやったって雪かきからは逃れられないようだな。

 

「んじゃ、サクッとやっちまうか!」

「はい!」

「……がんばって」

「お前もやるんだよ」

「……ご褒美を期待する」

「あぁ、しておけ。美味いもん食わせてやるから」

「…………交渉成立」

 

 屋根のない階段に積もった雪を足で蹴落としつつ、中庭へと降り立つ。

 …………ため息が出るほど積もってやがる。

 これで大喜びできるのは小学生までか……

 

「……『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』を使えば、一瞬」

「やめとけ。ただでさえ食料が制限されるんだ。腹の減ることは避けるべきだな」

「……むぅ、一理ある」

 

 雪かき如きで食料を浪費するわけにはいかない。

 とりあえず、厨房と、食糧庫への出入りが出来るようにしておくか。

 

「そういえば、ニワトリはどこ行ったんだ?」

 

 陽だまり亭の中庭ではニワトリを飼っている。

 ネフェリーんとこの卵が手に入るようになってからは、もっぱらペット扱いなのだが。

 

「室内用の小屋に入れて、食堂へ避難させてあります」

「寒そうだな……食堂」

「そうですね。早く火を入れてあげないと可哀想ですね」

 

 陽だまり亭には暖炉のようなものが無い。

 どうやって暖を取るんだ?

 

「小さな薪ストーブがあるんです。お祖父さんの頃から使っている年代ものなんですが、暖かいんですよ」

「あぁ……それ見たことあるな。物置の奥の方で埃被ってたやつか」

「この時期しか使いませんからね」

 

 高さと横幅が40センチくらいで奥行きが60センチくらいの小さな鉄製のストーブだ。小窓がついていたから、あそこから薪を放り込んで暖めるのだろう。

 

「じゃあ、急ぐか。終わったらストーブに当たれるんだろ?」

「そうですね。上にお鍋が置けるので、温かいスープも作れますよ」

 

 暖を取りながら温かいスープも作る。いいね。俺好みの無駄のない調理法だ。

 豚汁とか甘酒とか、そういうのがいいなぁ。

 

 ザックザックと、雪を掻いては放り投げる。人が一人、余裕を持って歩ける程度の道を作っておけばいいだろう。

 

「しかし、腕と腰にくるな、この作業は……」

 

 昨日大はしゃぎしてあんなに泳ぐんじゃなかった。

 筋肉痛で腕を振り上げるのがつらい。

 

「…………寒い」

「体を動かしてれば、そのうち温かくなってくるぞ」

「……マグダクラスになると、この程度では運動にすらならないレベル……」

「さいで……」

 

 なんとも、すごいんだか不便なんだか分からないな、超人ってのは。

 しかし、マグダの寒がり方が少々異常だ。体はぶるぶる震えているし、唇も真っ青だ。

 

「部屋に戻っててもいいぞ?」

「……部屋も、寒い」

「けど、外よりマシ……」

「……ヤシロ。人肌」

「俺、ここで遭難しちゃうぞ?」

 

 さっさと雪かきを終わらせてストーブでも出してやらないと……

 

「でも、ヤシロさん。ストーブを使うためには煙突の設置とか……結構時間がかかりますよ?」

「マジでか?」

「すみません……昨日のうちにやっておくべきでしたのに……わたし、すごい眠気に襲われてしまいまして……」

 

 水泳がほとんど初めてだったジネットにとって、あの眠気に抗うのは不可能といってもいいだろう。

 しかしまいったな。

 これじゃあ、マジで人肌で温めてやらなけりゃいけないレベルだ。

 風呂を沸かすにも、この雪じゃあ………………雪?

 

「そうだ!」

 

 俺は、いまだ雪かきが終わっていない積雪1メートルの雪を這い上がり、強引に厨房へと転がり込む。

 

「こけー!」

 

 ニワトリが厨房で寒そうにしていた。

 お前は、もうちょっと待っててくれな。

 

「たしか、この辺りに…………あ、あったあった!」

 

 まさかこんなに早く出番が来るとはな。

 

「あとは……マグダサイズならすぐに作れるか…………よし!」

 

 筋肉痛で悲鳴を上げる全身に鞭を打って、俺はもうひと踏ん張りすることを誓う。

 厨房から使えそうな炭をいくつか拝借し、再び雪深い中庭へと戻る。

 

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