「マグダぁ、ジネットが起きろってよぉ」
ドアをドンドンとノックし、起きるように促す。
…………返事がない。爆睡しているようだ。
ま、想定内さ。あいつが素直に起きてきたためしなどないのだから。
「入るぞ」
俺は、マグダ本人に部屋への無断立ち入りを許可されている。
とはいえ、プライバシーを侵害するつもりも、下着を物色するつもりも、ましてや寝こみを襲うつもりもない。
要するに「起きる自信がないから入ってきて起こしてほしい」ということだ。
あと、怖くて眠れない時はベッドに潜り込んでもいいらしい。……実行したことはないけど。
部屋に入ると、マグダがいなかった。
…………なんてわけはなく、俺はベッドに近付き、ワラを手で掻き分けた。
「……分かりやすいな、お前は」
「…………さむっ……さむい…………埋めて」
「そんなお願いをされる日が来るとはな。人生何があるか分からんな」
あまりの寒さにワラの中に潜り込んでしまったのだろう。小動物か。
「なんかやるらしいぞ、仕事だとよ」
「……豪雪期は、狩猟ギルドの休業日……」
「残念だったな。陽だまり亭は年中無休なんだそうだ」
そういえば、以前作った宣伝Tシャツにも年中無休って書いてあったっけな。
休んじまうと嘘になるのか。気を付けよう。
「……ヤシロ」
「なんだ?」
「…………温めて、人肌で」
「……お前、分かって言ってんのか?」
「…………寒い」
乾布摩擦でも教えてやろうかな。
アレが意外とバカに出来なくてな。乾いたタオルで肌をこすると寒さが少しだけ大丈夫になるのだ。……そこにたどり着くまでは地獄なんだがな……上半身裸とか…………
「頑張って起きたら、コーヒーゼリーをやるぞ」
「…………拒否」
だよなぁ。
昨日まではこれで起きてたのにな。
あ、そういや、ジネットが小豆を買っていたな……もち米も買ってたっけ?
じゃあ、ぜんざい……いや、お汁粉でも作るか。うん、お汁粉の方がこっちの連中にはうけるだろう。
白玉の代わりにモチを入れることにはなるだろうけどな。
ぐずるマグダを引き摺り出し、着替えるようにと言い聞かせる。……二度寝しそうだなぁ……とはいえ、俺が着替えさせるわけにもなぁ…………獣化してる時ならいざ知らず。
「いいか、寝るなよ?」
「……それは、昨日パーシーに教わった。『寝ろ』という合図」
「あいつの場合はそうなるが、今は違う。さっさと着替えろよ」
「……あいあいさぁ」
半分くらい眠りながら、マグダがフラフラと行動を開始する。
俺も部屋に戻り外着に着替える。
昨日は水泳後の倦怠感のせいで寝落ちしてしまい、服がぐっちゃぐちゃのまま脱ぎ捨てられていた。
マグダの部屋の簡素さとは真逆の、男の部屋という散らかりようだ。
外に出られないなら、この機会に片付けてみるか? 年末だしな。
着替えを済ませて廊下に出ると、すでに準備万端のジネットが待っていた。
「はい、ヤシロさん。それから、マグダさん」
ジネットは、笑顔で俺とマグダにスコップを渡してくる。
ジネットは年季の入った古いスコップを持っている。
「………………はい?」
「雪かきですよ。このままでは厨房に行けませんからね。朝はとりあえず中庭の雪を退けて、教会から戻った後で店の前と庭を綺麗にしてしまいましょう」
…………マジでか。
「雪かきしても翌朝にはリセットされてる……なんてことはないよな?」
この異常な気候の世界だ。毎晩毎晩1メートル級の積雪を誇る大雪に見舞われる可能性もある。
だが、俺の懸念はあっさりと否定された。
「豪雪期は、初日にドカッとたくさん降って、あとはパラパラと降り続けるだけですよ。もっとも、少しずつ積もり続けますので、何度か雪かきを行う必要はありますけどね」
とりあえず、毎朝リセットではないらしい。
……逆に拒否しにくいじゃねぇか。「毎日降るならやるだけ無駄だろ」とも、言えない。
クッソ、どうやったって雪かきからは逃れられないようだな。
「んじゃ、サクッとやっちまうか!」
「はい!」
「……がんばって」
「お前もやるんだよ」
「……ご褒美を期待する」
「あぁ、しておけ。美味いもん食わせてやるから」
「…………交渉成立」
屋根のない階段に積もった雪を足で蹴落としつつ、中庭へと降り立つ。
…………ため息が出るほど積もってやがる。
これで大喜びできるのは小学生までか……
「……『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』を使えば、一瞬」
「やめとけ。ただでさえ食料が制限されるんだ。腹の減ることは避けるべきだな」
「……むぅ、一理ある」
雪かき如きで食料を浪費するわけにはいかない。
とりあえず、厨房と、食糧庫への出入りが出来るようにしておくか。
「そういえば、ニワトリはどこ行ったんだ?」
陽だまり亭の中庭ではニワトリを飼っている。
ネフェリーんとこの卵が手に入るようになってからは、もっぱらペット扱いなのだが。
「室内用の小屋に入れて、食堂へ避難させてあります」
「寒そうだな……食堂」
「そうですね。早く火を入れてあげないと可哀想ですね」
陽だまり亭には暖炉のようなものが無い。
どうやって暖を取るんだ?
「小さな薪ストーブがあるんです。お祖父さんの頃から使っている年代ものなんですが、暖かいんですよ」
「あぁ……それ見たことあるな。物置の奥の方で埃被ってたやつか」
「この時期しか使いませんからね」
高さと横幅が40センチくらいで奥行きが60センチくらいの小さな鉄製のストーブだ。小窓がついていたから、あそこから薪を放り込んで暖めるのだろう。
「じゃあ、急ぐか。終わったらストーブに当たれるんだろ?」
「そうですね。上にお鍋が置けるので、温かいスープも作れますよ」
暖を取りながら温かいスープも作る。いいね。俺好みの無駄のない調理法だ。
豚汁とか甘酒とか、そういうのがいいなぁ。
ザックザックと、雪を掻いては放り投げる。人が一人、余裕を持って歩ける程度の道を作っておけばいいだろう。
「しかし、腕と腰にくるな、この作業は……」
昨日大はしゃぎしてあんなに泳ぐんじゃなかった。
筋肉痛で腕を振り上げるのがつらい。
「…………寒い」
「体を動かしてれば、そのうち温かくなってくるぞ」
「……マグダクラスになると、この程度では運動にすらならないレベル……」
「さいで……」
なんとも、すごいんだか不便なんだか分からないな、超人ってのは。
しかし、マグダの寒がり方が少々異常だ。体はぶるぶる震えているし、唇も真っ青だ。
「部屋に戻っててもいいぞ?」
「……部屋も、寒い」
「けど、外よりマシ……」
「……ヤシロ。人肌」
「俺、ここで遭難しちゃうぞ?」
さっさと雪かきを終わらせてストーブでも出してやらないと……
「でも、ヤシロさん。ストーブを使うためには煙突の設置とか……結構時間がかかりますよ?」
「マジでか?」
「すみません……昨日のうちにやっておくべきでしたのに……わたし、すごい眠気に襲われてしまいまして……」
水泳がほとんど初めてだったジネットにとって、あの眠気に抗うのは不可能といってもいいだろう。
しかしまいったな。
これじゃあ、マジで人肌で温めてやらなけりゃいけないレベルだ。
風呂を沸かすにも、この雪じゃあ………………雪?
「そうだ!」
俺は、いまだ雪かきが終わっていない積雪1メートルの雪を這い上がり、強引に厨房へと転がり込む。
「こけー!」
ニワトリが厨房で寒そうにしていた。
お前は、もうちょっと待っててくれな。
「たしか、この辺りに…………あ、あったあった!」
まさかこんなに早く出番が来るとはな。
「あとは……マグダサイズならすぐに作れるか…………よし!」
筋肉痛で悲鳴を上げる全身に鞭を打って、俺はもうひと踏ん張りすることを誓う。
厨房から使えそうな炭をいくつか拝借し、再び雪深い中庭へと戻る。
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