異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

93話 俺、それ、すげぇ好きなのに -3-

公開日時: 2020年12月29日(火) 20:01
文字数:1,905

「…………あるのか、コーヒー?」

「はい。わたしは好きですよ、コーヒー」

「で、でも……メニューに無いよな?」

「そうですね。みなさん、苦いと言って飲まれませんので」

 

 まさか……

 

「陽だまり亭にコーヒー豆とか、……あるのか?」

「ありますよ。お祖父さんがコーヒー好きでしたので、ミルやサイフォンなんかも揃っています」

 

 ジーザス……

 

「……もっと早く教えてほしかった…………」

「えっ!? あ、あの……すみません」

「いや……いいんだ。すまん」

 

 完全に勘違いしていた。

 思い込みというやつだ。

 

 陽だまり亭やカンタルチカという飯屋にコーヒーが置いていなかったこと。

 そして何より、ラクジュアリーにもコーヒーは置いていなかったのだ。

 その時点で俺は、『この世界にコーヒーはない』と結論づけてしまっていた。

 それが、…………ある、だと?

 

「これが終わったら、ちょっと淹れてもらおうかな」

「はい。わたしも久しぶりに飲みたくなりました」

 

 いそいそと、洗濯物を干していくジネット。

 結局、大した手伝いも出来ないまま洗濯物は干し終わってしまった。

 

「では、コーヒーの準備をしますね」

 

 本来ならば、これから教会への寄付の下ごしらえをする時間なのだが、俺の頼みを優先させてくれるらしい。

 

「少し、時間がかかるかもしれません」

「じゃあ、俺が下ごしらえを進めておくよ」

 

 本来であれば、俺がコーヒーを淹れてジネットが料理という方が適材適所と言えるのだろうが、なんとなく飲んでみたいと思ったのだ。ジネットの淹れるコーヒーを。

 もしかしたら、俺の知ってるコーヒーとはまるで別物かもしれないしな。

 

 洗濯カゴを階段下のスペースに置いた後、ジネットが食糧庫へと入っていく。

 これまで何度も入っているのに、食糧庫でコーヒー豆を見かけたことはなかったな。

 

「見てください。これがコーヒーになるんですよ」

 

 それは紛れもなくコーヒー豆で、焙煎前の生の豆だった。

 

「焙煎はどうするんだ?」

「自分でやります。お祖父さんに一通りやり方を教わりましたから」

 

 それはなんとも本格的だな。

 

「これは、どこで手に入るんだ?」

「アッスントさんに言えば持ってきてくださいますよ」

 

 取り扱ってんのかよ、アッスント!?

 言えよ!

 

「好きな人は好きなようで、売れ行きもそこそこだと、以前に聞いた気がします」

 

 コーヒーは好き嫌いが分かれる。

 最初はみんな「苦い」と思うものだ。

 その「苦い」に慣れると、癖になる。それを知らなければ、コーヒーをあえて飲む理由などないだろう。

『コーヒーとはこういうもの』という知識がなければ、あの苦さは拒絶してしまうかもしれない。

 

 だが、確かにコーヒーは存在している。

 

「久しぶりなので、わたしもわくわくします」

 

 道具を取ってくると、ジネットは二階へと上がっていった。

 

 俺はコーヒー豆と、下ごしらえする野菜を持って厨房へと向かう。

 で、その途中……

 

「戻ってこないと思ったら…………」

 

 井戸のそばに転がってるマグダを発見した。

 顔を洗っている最中に眠ってしまったようだ。水辺で多少涼しいからだろうか?

 

「おい、マグダ。こんなところで寝るな」

「……むにゅう…………」

 

 ウーマロに聞かせたら悶絶死しそうな可愛い息を漏らすマグダ。

 こいつに早起きなんか無理だったんだろうな。

 俺は野菜を厨房へ運ぶと、眠るマグダをお姫様抱っこで食堂へと運ぶ。

 おそらく、ベッドへ連れて行っても暑くて眠れないだろう。

 なら、空間の広い食堂の方がまだ幾分か涼しい。ここでもう少しだけ眠っていればいい。

 コーヒーの香りでも嗅げば目を覚ますかもしれないしな。

 

「ん…………」

 

 冷たいデザートが欲しいと、ジネットは言った。

 

「これ、イケるんじゃないか?」

 

 陽だまり亭には、コーヒーがある。

 ケーキに使う生クリームがある。

 そして、みつ豆を作った時に使った寒天がある。

 これらが揃っていれば……、アレが作れる。

 

 夏になれば無性に食べたくなる、シンプルでオシャレなデザート――

 

「コーヒーゼリーでも作るか」

 

 今日もきっと暑い一日になることだろう。

 きっと、冷たいコーヒーゼリーは格別な美味さを発揮するはずだ。

 

「そうと決まれば……」

 

 俺は野菜の下ごしらえと並行して、コーヒーゼリーの準備に取りかかる。

 なにせ冷蔵庫が無いのだ。冷やすとなれば冷たい井戸を利用するしかない。

 ちゃんと固まってくれればいいんだが……まぁ寒天はみつ豆の時に実験しているから問題ないだろう。

 クリープの代わりは生クリームでいい。

 

 なんだか楽しくなってきた。

 

 高まる俺のテンションに呼応するかのように、高らかに鐘の音が鳴り響く。

 目覚めの鐘だ。

 

 

 今日もまた、暑い日になりそうな、そんな予感がする。

 そんなことを考えながら、俺は手始めに、ジャガイモの皮を剥き始めた。

 

 

 

 

 

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