異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

93話 俺、それ、すげぇ好きなのに -2-

公開日時: 2020年12月29日(火) 20:01
文字数:2,026

「それで、こんな時間に何やってたんだ?」

「はい。お洗濯をしてしまおうと思いまして」

「手伝おうか!? うん、手伝うよ! 是非!」

「あの…………下着ではないですよ、念のため」

「……………………」

「…………?」

「………………分かっているさっ!」

「今、物凄くがっかりしましたよね!? 一瞬言葉を失いましたよね!?」

 

 今日の洗濯はタオル類らしい。

 食堂では、毎日大量の布巾を使う。これの洗濯だけでも大変だ。

 せめて、干すくらいは手伝うか。

 

「あれ? マグダは?」

「……マグダは、ここ」

「マグダさん!? ダメですよ、洗濯物の中で寝ては!?」

「……ひんやり」

「濡れちゃいますよ!?」

「……いい」

「よくないですっ」

 

 ジネットが、洗濯物を入れた籠からマグダを引っ張り出す。

 あ~ぁ……濡れちゃってんじゃねぇかよ。

 

「顔洗ってこい。少しはスッキリするだろう」

「……了解」

 

 マグダが井戸へ向かう。

 俺も顔を洗ったりしたいのだが……まぁ、あとでもいいだろう。

 

「では、こちらをお願いします」

 

 手渡されるタオルをパンッと広げ、張り巡らされたロープへとかけていく。

 こいつは、毎日こんな仕事を、日も昇る前からこなしていたのか。

 ありがたいことだ。

 何か、礼でもしないとな。

 

「なぁ、何か俺にしてほしいこととかないか?」

「え?」

「ほら、こうやって毎日頑張ってくれているお礼っていうか……俺に出来そうなことがあったら聞いてやらんでもないぞ?」

 

 俺が言うと、ジネットは少し動きを止め、そしてにっこりと微笑んだ。

 

「これは、もう日課のようなものですから」

 

 礼をされるようなものではない、と、そう言うのだろう。

 

「あ、でも。そうですね。何か冷たいメニューがあれば嬉しいです」

 

 聞けば、昨日は定食の売れ行きが今一つだったらしい。

 きっと、客もこの暑さで食欲を落としているのだろう。

 なんとかしてやりたいものだが……

 

「お食事のメニューというより、デザートメニューで、冷たいものがあるといいですね」

「デザートか……」

「はい。冷たいデザートです。何か心当たりはありませんか?」

 

 ないことは、ない。

 

 昨日の買い出し中に、アッスントのところでも考えたことなのだが、かき氷なんかが出来ればきっとみんな喜んでくれるだろう。

 だが、肝心の氷がない。

 冷蔵庫がないからな。

 精々出来るのは、ノーマ作の『簡易冷蔵庫(防水加工された箱)』で冷やすくらいだ。

 アイスクリームすら作れない。

 

「やっぱり、アイスティーくらいしかご用意できるものがありませんかねぇ」

 

 現在、陽だまり亭ではアイスティーの提供をしている。

 作った紅茶を瓶に入れ、井戸の中へ入れて冷やしているのだ。

 ガムシロップもないので、あらかじめある程度の甘みをつけてから冷やしている。

 実は俺は、このアイスティーがあまり好きではない。俺には少々甘過ぎるのだ。

 飲み物は、さっぱりとしたものがいいなと、俺は思う

 

「コーヒーでもあればなぁ……」

 

 アイスコーヒーなら砂糖なんかなくても、ブラックでいけるのにな。

 

 しかし、この街にコーヒーはない。

 陽だまり亭はもちろん、カンタルチカや四十区の高級喫茶店ラグジュアリーでも取り扱っていない。それはすなわち、この世界にコーヒーが存在しないということだ。

 まぁ、なんだかよく分からない豆をなんとなく焙煎して、偶然にもミルで挽いて、運命的な確率でフィルターの上にその挽いた豆を載せ、天文学的な奇跡が重なってそこにお湯を注いだとしよう。そうすればコーヒーが誕生する。しかし、それを口にした者は「苦っ!?」という反応とともに、二度と見向きもしないだろう。

 

 マジで、世界で初めてコーヒーを飲んだヤツは、何がどうなるつもりであんなものを作ったのか……しかしよくやってくれたものだ。

 コーヒー好きの俺としては称賛せざるを得ない。

 

「コーヒー、淹れましょうか?」

「ん?」

 

 ……今、なんつった?

 

「あ、そういえば……」

 

 固まる俺をよそに、ジネットはくすくすと笑い始める。

 

「以前、ヤシロさんがおっしゃっていましたよね? 『一緒にモーニングコーヒーを飲まないか』って……もう随分前のような気がしますね」

 

 それは、俺が『強制翻訳魔法』の聞こえ方、翻訳のされ方を試す際にジネットに言った言葉だ。

 そういえばあの時……

 

「そういえば、あの時って…………」

 

 俺が頭に思い浮かべたのと同じ言葉をジネットが呟く。

 ただ、思い浮かべた内容は違っていたが……

 

「ヤシロさんはこうやって干してあったわたしの……洗濯物を『いただいた』なんて言っていたんですよね」

 

 少し照れたように頬を膨らませる。

 微かな抗議。

 可愛らしい抵抗だ。

 

『いただいた』が『盗んだ』と翻訳され相手に伝わっていた件に対し、俺があれこれ検証していた時の話だろう。

 ……そう、その日俺は確かに言ったのだ。『一緒にモーニングコーヒーを飲まないか』と。

 それで、あの時……ジネットは確かにこう言った。

『淹れましょうか?』と。

 

 今の今まで失念していたが、ジネットには最初からコーヒーという言葉が伝わっていたのだ。

 つまり……

 

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