「それで、こんな時間に何やってたんだ?」
「はい。お洗濯をしてしまおうと思いまして」
「手伝おうか!? うん、手伝うよ! 是非!」
「あの…………下着ではないですよ、念のため」
「……………………」
「…………?」
「………………分かっているさっ!」
「今、物凄くがっかりしましたよね!? 一瞬言葉を失いましたよね!?」
今日の洗濯はタオル類らしい。
食堂では、毎日大量の布巾を使う。これの洗濯だけでも大変だ。
せめて、干すくらいは手伝うか。
「あれ? マグダは?」
「……マグダは、ここ」
「マグダさん!? ダメですよ、洗濯物の中で寝ては!?」
「……ひんやり」
「濡れちゃいますよ!?」
「……いい」
「よくないですっ」
ジネットが、洗濯物を入れた籠からマグダを引っ張り出す。
あ~ぁ……濡れちゃってんじゃねぇかよ。
「顔洗ってこい。少しはスッキリするだろう」
「……了解」
マグダが井戸へ向かう。
俺も顔を洗ったりしたいのだが……まぁ、あとでもいいだろう。
「では、こちらをお願いします」
手渡されるタオルをパンッと広げ、張り巡らされたロープへとかけていく。
こいつは、毎日こんな仕事を、日も昇る前からこなしていたのか。
ありがたいことだ。
何か、礼でもしないとな。
「なぁ、何か俺にしてほしいこととかないか?」
「え?」
「ほら、こうやって毎日頑張ってくれているお礼っていうか……俺に出来そうなことがあったら聞いてやらんでもないぞ?」
俺が言うと、ジネットは少し動きを止め、そしてにっこりと微笑んだ。
「これは、もう日課のようなものですから」
礼をされるようなものではない、と、そう言うのだろう。
「あ、でも。そうですね。何か冷たいメニューがあれば嬉しいです」
聞けば、昨日は定食の売れ行きが今一つだったらしい。
きっと、客もこの暑さで食欲を落としているのだろう。
なんとかしてやりたいものだが……
「お食事のメニューというより、デザートメニューで、冷たいものがあるといいですね」
「デザートか……」
「はい。冷たいデザートです。何か心当たりはありませんか?」
ないことは、ない。
昨日の買い出し中に、アッスントのところでも考えたことなのだが、かき氷なんかが出来ればきっとみんな喜んでくれるだろう。
だが、肝心の氷がない。
冷蔵庫がないからな。
精々出来るのは、ノーマ作の『簡易冷蔵庫(防水加工された箱)』で冷やすくらいだ。
アイスクリームすら作れない。
「やっぱり、アイスティーくらいしかご用意できるものがありませんかねぇ」
現在、陽だまり亭ではアイスティーの提供をしている。
作った紅茶を瓶に入れ、井戸の中へ入れて冷やしているのだ。
ガムシロップもないので、あらかじめある程度の甘みをつけてから冷やしている。
実は俺は、このアイスティーがあまり好きではない。俺には少々甘過ぎるのだ。
飲み物は、さっぱりとしたものがいいなと、俺は思う
「コーヒーでもあればなぁ……」
アイスコーヒーなら砂糖なんかなくても、ブラックでいけるのにな。
しかし、この街にコーヒーはない。
陽だまり亭はもちろん、カンタルチカや四十区の高級喫茶店ラグジュアリーでも取り扱っていない。それはすなわち、この世界にコーヒーが存在しないということだ。
まぁ、なんだかよく分からない豆をなんとなく焙煎して、偶然にもミルで挽いて、運命的な確率でフィルターの上にその挽いた豆を載せ、天文学的な奇跡が重なってそこにお湯を注いだとしよう。そうすればコーヒーが誕生する。しかし、それを口にした者は「苦っ!?」という反応とともに、二度と見向きもしないだろう。
マジで、世界で初めてコーヒーを飲んだヤツは、何がどうなるつもりであんなものを作ったのか……しかしよくやってくれたものだ。
コーヒー好きの俺としては称賛せざるを得ない。
「コーヒー、淹れましょうか?」
「ん?」
……今、なんつった?
「あ、そういえば……」
固まる俺をよそに、ジネットはくすくすと笑い始める。
「以前、ヤシロさんがおっしゃっていましたよね? 『一緒にモーニングコーヒーを飲まないか』って……もう随分前のような気がしますね」
それは、俺が『強制翻訳魔法』の聞こえ方、翻訳のされ方を試す際にジネットに言った言葉だ。
そういえばあの時……
「そういえば、あの時って…………」
俺が頭に思い浮かべたのと同じ言葉をジネットが呟く。
ただ、思い浮かべた内容は違っていたが……
「ヤシロさんはこうやって干してあったわたしの……洗濯物を『いただいた』なんて言っていたんですよね」
少し照れたように頬を膨らませる。
微かな抗議。
可愛らしい抵抗だ。
『いただいた』が『盗んだ』と翻訳され相手に伝わっていた件に対し、俺があれこれ検証していた時の話だろう。
……そう、その日俺は確かに言ったのだ。『一緒にモーニングコーヒーを飲まないか』と。
それで、あの時……ジネットは確かにこう言った。
『淹れましょうか?』と。
今の今まで失念していたが、ジネットには最初からコーヒーという言葉が伝わっていたのだ。
つまり……
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