異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

71話 てんとうむしさん -3-

公開日時: 2020年12月7日(月) 20:01
文字数:2,448

 その後の陽だまり亭はいつも通り、トルベックの大工どもを中心に、祭り以降チラホラと顔を見せるようになった連中が夕飯を食いに来て、あれよあれよで閉店時間となった。

 サクッと片付けをして風呂に入ると、今日ももう終わりだ。

 

「あ、そうだ。ジネット」

「はい」

 

 部屋に戻ろうとしていたジネットを呼び止め、明日のことを伝えておく。

 

「俺、明日朝からちょっと出かけてくるな」

「どちらへですか?」

「えっと……ちょっと四十区まで」

「そろそろ下水工事が完了するんですよね」

「あぁ、そうみたいだな」

「分かりました。お店のことはお任せ下さい。でも、道中はお気を付けてくださいね」

「あぁ。悪いな」

「いいえ。それじゃあ、お先に休ませていただきますね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさい、ヤシロさん」

 

 どうも、うまい具合に勘違いしてくれたらしい。

 ケーキの視察とは、今の段階では言えない。ケーキの目途が立つまではな。

 

「あ、そうだな。明日までに作っておいてやるか」

 

 ロレッタも家に帰り、マグダももう部屋に戻っている。

 ジネットもそろそろ眠るだろうし……

 

 俺はそっと食堂を抜け出し、屋台を停めてある庭へとやって来た。

 エステラの髪留めを作ってしまおうと思ったのだ。

 ただ、食堂内でカンカンやるのはさすがに気が引けるしな。外で作業をすることにする。

 

 え?

 暗くないのか?

 怖くないのかって?

 

 …………ふふふ。

 

 暗闇を怖がっていた俺は、もういない。

 

 陽だまり亭の前には、光るレンガを大量に設置してあるのだ!

 めっちゃ明るい!

 どうだ、お化けども!

 出て来られるもんなら、出て来てみやがれってんだっ!

 ぬゎぁーーーーーはっはっはっはっはっ!

 

 ――その時。

 

「……ヤシロ様」

 

 突然、俺の背後から黒い人影が現れて、俺の首筋に指を這わせてきた。

 

「ぎゃああああああああああああああっ! 本当に出てきちゃったぁ!? 嘘です嘘です! ごめんなさい! ちょっと調子乗っちゃいました! すごく明るいから強気に出ちゃっただけなんです! ごめんなさいごめんなさい! 帰ってください! ナムナムナムナムナムッ!」

「お静かに」

 

 悲鳴を上げる俺の口を、細く柔らかい指が塞ぐ。

 あ……なんかいい香り。

 

「私です。ヤシロ様」

 

 そう言われて、背後へ視線を向けると……黒いメイド服を身に纏ったナタリアがいた。

 …………お前かよ。

 

 途端に脱力し、俺はその場にへたり込む。

 

「ヤシロ様っ!? ……大丈夫ですか?」

「……あぁ…………ちょっと、心臓が痛いだけだ……」

「噂にたがわぬヘタレっぷり……心中お察しします」

「察してねぇだろ、絶対」

 

 誰がヘタレだ。

 

「だいたい、お前が背後から忍び寄って俺の首を絞めようとするから、ちょっとだけ、ほ~んのちょびっとだけ、ビックリしたんだろうが」

「アレでちょびっとですと、本気で驚いた時は首でももげ落ちそうな雰囲気ですね」

 

 やかましいよ。

 いいんだよ、ちょっとってことにしておけば!

 

「ですが、首を絞めたのではございません」

「じゃあ、なんだったんだよ、さっきのは」

 

 少しの腹立たしさを含めてナタリアに問うと、ナタリアはいつもの平静な表情で俺を見据え、こんな質問を返してきた。

 

「今日、お嬢様と何か約束を交わしませんでしたか?」

「ん? あぁ。明日四十区へ一緒に行くんだ」

「やはり……」

「なんだよ?」

「今日の午後から、お嬢様が手のつけられないレベルの残念な娘と化しておりました」

 

 専属メイドにこの言われよう……どんだけはしゃいでたんだよ、エステラ。

 

「うわ言のように『デート』『デート』と」

「『デート』ぉ!?」

 

 あぁ…………まぁ、待ち合わせてケーキを食いに行くってのは、平たく言えばデートってことになるのか。

 

「それで、夜分にご迷惑とは思ったのですが、念のために今、お邪魔させていただいたというわけです」

「念のため? 何か確認したいことでもあったのか」

「はい。ですが、確認は済みました」

 

 ニコリと微笑み、懐から刃渡り10センチ程度のナイフを取り出す。

 刃が、月の光を反射する。

 

「あなたの頸動脈の太さでしたら、このナイフで十分でしょう」

「なんの確認しに来たんだよ!?」

「万が一に備えてです。一撃で仕留めなければ、あなたは逃げるでしょう?」

「何を想定して、俺を仕留めようとしてんだよ!?」

「あなたが、よからぬ思いに駆られなければ、何も起こりませんとも」

「何も起こんねぇよ!」

 

 ケーキを食いに行くだけだ!

 ったく、このメイドは少し過保護過ぎるんじゃないか?

 

「とりあえず、お話が出来てよかったです。あなたを見ていると、お嬢様の勝手な暴走であるということがよく分かりました」

「暴走してんのかよ……なんか怖ぇよ、明日」

「パンツ丸出し必至のミニスカートをクローゼットからひっぱり出してきた時はどうしたものかと頭を痛めたものですが……」

「……つか、なんであるんだよ、そんな頭の悪過ぎる丈のミニスカートが?」

「主様のご趣味が、実は……」

「あぁ、やっぱりいい! 聞きたくもない、その情報!」

 

 四十二区の未来は暗いかもしれない。

 領主も、その家族も、専属のメイドまでもがみんなちょっとずつ残念要素を持ち合わせているのだ。…………大丈夫か、この区?

 

「では明日、お嬢様のことをよろしくお願いいたします」

「そんなに心配なら、お前も来ればいいじゃねぇか」

「いえ。お嬢様がバレバレの嘘で私を置いていこうとされていましたので」

「バレバレなんだな……」

 

 っていうか嘘吐いてんじゃねぇよ。ナタリアを敵に回したら即カエルにされるぞ。

 

「ですので、私も気を遣って、こっそり後をつけるに留めたいと思います」

「留めてそれかよ……」

 

 やっぱ心配だよ、この区の未来が……

 

 

 

 

 ナタリアを見送った後、俺は騒音に配慮しながらエステラの髪留めを作り上げた。

 大きなシイタケに小さなシイタケが寄り添うようなデザインのなんとも微妙な髪留めを、俺の持てる限りの才能とセンスを総動員して可能な限り可愛く仕上げてやったぜ。

 ……なかなかやるじゃん、俺。ちょっと可愛く見えてきたよ、シイタケ。

 

 そんなこんなで夜が更けて……俺も明日に備えて眠ることにした。

 

 

 

 

 

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