異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

140話 第五試合 愛の馬鹿食い力 -3-

公開日時: 2021年2月17日(水) 20:01
文字数:3,740

「ちょっと待ってくれだゼ、領主様!」

 

 舞台の上から男の声が飛んできた。

 待ったをかけたのは四十一区のアルヴァロだった。

 

「オレは構わないゼ! この試合、このまま続けようゼ!」

「しかし……っ!」

 

 リカルドがアルヴァロに反論しようとした時、アルヴァロがニヤリと笑みを浮かべた。

 獲物を見つけた獣のような、獰猛な笑みを。

 

「その代わり……オレも本気出させてもらうゼ」

 

「はぁっ!」と、気合いを入れたかと思うと、アルヴァロの全身から真っ白な煙が立ち上る。

 いや、あれは煙じゃない。闘気……オーラだ。

 白いオーラ。

 

 それは、マグダの『赤モヤ』にそっくりで……

 

「ほら、よっ、だゼッ!」

 

 アルヴァロが勢いよく指を弾くと、真っ白な真空波のようなものが発生した。

 その真空波は凄まじい速度で空間を走り、マグダ目掛けて飛来していたエンジュバチを一撃で吹き飛ばしてしまった。

 

「あぁっ! 腹減った!」

 

 そう叫ぶと、アルヴァロは皿に載っていた串肉を一口で平らげた。

 

 そこでようやく気が付いた。

 アルヴァロの顔が変化していた。

 頭の上には虎の耳が生え、鼻から下も虎のような形になっている。

 ただし、マグダと大きく違うのは、その毛並みが真っ白であるということ……

 

「ビャッコ人族のアルヴァロは、どんな状況でも挑まれた勝負を受けて立ってやるゼ!」

 

 ビャ……ビャッコ人族…………マグダと同族、だと?

 

 咄嗟に振り返り、ウッセを睨みつける。

 

「え? あ、言ってなかったっけか?」

「聞いてねぇわ、あほー!」

 

 すっとぼけたことを抜かすウッセにはあとでキツイお仕置きをしてやる!

 

「さぁ! じゃんじゃんエンジュバチを放てばいいゼ! オレの方が、マグダよりも速いんだ、全部撃ち落としてやるゼ!」

「……むぅ。アルヴァロの『飛び爪』は正確無比……エンジュバチの単純な軌道では外すことはまずない……マグダのもとにたどり着く前に横取りされる…………困った」

 

 離れた席に座るマグダとアルヴァロ。

 エンジュバチは『一匹ずつ出ちゃうんです』からマグダに向かって飛んでいく。それも、従順なまでに同じ軌道をたどって。

 それを、離れた席にいながらあのアルヴァロは攻撃できるのだ。

『飛び爪』とかいう厄介な技を使って。

 

「実践でなきゃ、オレの『白いシュワシュワしたなんか漂うヤツ』は使えねぇんだが、魔獣がいるなら力を出せるゼ!」

 

 なんだよ『白シュワ』って!? マグダのパクリか!?

 つまり、マグダの必勝法として俺が考案したエンジュバチ作戦は、そのままアルヴァロが利用できてしまう方法だったってことか!?

 

「ヤシロ、マズいよ……」

 

 エステラが、そばにいるリカルドに聞かれないように配慮して小声で耳打ちしてくる。

 

「二人の皿の数を見てくれ」

 

 言われた通り皿を見ると、マグダが十三枚で、アルヴァロが六枚だった。

 マグダの記録は『赤モヤ』を使う前に二皿だった。

 アルヴァロは、さっきエンジュバチを一匹倒して一枚追加されて六枚……

 

 つまり、エンジュバチは残り十八匹。

 このままじゃ、逆転される……

 

「よしリカルド! この試合は中止して、もう一回仕切り直してやろう!」

「バカか! テメェが不利になった途端、調子のいいこと言ってんじゃねぇ!」

 

 なんて自分勝手なヤツだ!

 

「マグダはアルヴァロみたいにオーラを飛ばすことは出来ない……つまり」

「マグダはもうエンジュバチを倒せない……『赤モヤ』が使えないってことか……」

 

『赤モヤ』無しでマグダが食べられるのは二本が限界……どうやったって勝てない……

 

「ヤシロさん! オイラに考えがあるッス!」 

 

 マグダのピンチに、ウーマロが駆けつける。

 

「エンジュバチの使用は、もはや双方が認めたも同然ッス。これはつまり、合法ッスよね!?」

 

 それは、俺にではなくリカルドに向けての言葉だった。

 

「ふん! もうここまで来たらなんでもありだろうが!」

「言質いただきッス」

 

 ウーマロがニヤリとほくそ笑む。

 えぇ……ウーマロってそんなキャラだっけ?

 

「お前……なんかに毒されたんじゃねぇの?」

「確実にヤシロさんッスよ!? 自覚無いッスか!?」

 

 いやいやいや。

 俺、関係ねぇし。

 

 とかなんとかやっているうちにも、アルヴァロは飛び爪を使ってエンジュバチを撃退し、それと同じ数だけ串肉を平らげていく。アルヴァロのテーブルに皿が積み上げられている。

 

「一匹ずつだとあの白トラに全部持ってかれちゃうッス! だったら……」

 

 きらりと光るウーマロの瞳に、俺はこいつの真意を悟る。

 

「……出来るのか?」

「無論ッス!」

「そうか……」

 

 マグダが少々危険な目に遭うかもしれんが……

 視線を向けると、マグダも俺たちの考えを理解しているのか、こくりと明確に頷いた。

 

 よぉし……それしかねぇなら…………

 

「おぉい! 四十区の料理番!」

 

 念のために、一番被害を被りそうなところに断りを入れておく。

 

「ジャンジャン肉を焼いておけよ!」

 

 そして、ウーマロに向かって、俺はゴーサインを出す。

 

「よし! やっちまえ!」

「あいあいッス!」

 

 ウーマロが、倒れた『一匹ずつ出ちゃうんです』の底面をコツコツと数回叩くと、突然箱が全壊した。コント番組のセットのように、パッカリと面白いように崩壊し、中に閉じ込められていた十数匹のエンジュバチが一斉に外へと飛び出した。

 

 マグダ……怪我すんじゃねぇぞ!

 

 一斉にマグダに向かって飛びかかるエンジュバチ。

 

「あっ! クソッ、飛び爪は連射できないんだゼ!? やってくれるゼ、まったく!」

 

 アルヴァロが大慌てで飛び爪を飛ばす。

 数匹はそれで迎撃できたが、すべてというわけにはいかなかった。

 飛び爪を掻い潜りマグダの元まで飛んでいったエンジュバチを、マグダが確実に仕留めていく。

 そして、双方退治したエンジュバチと同じ数だけ串肉を食らう。

 皿が積み上がる。

 

 案の定、この数分の間で悲鳴を上げたのは他でもない、四十区の料理番たちだった。

 

「ヤシロさん、エンジュバチが全滅したッス!」

「皿の数は!?」

 

 マグダのテーブルを見ると、皿が二十枚積まれていた。

 そして、アルヴァロの方はというと……十九枚。

 

「よっしゃあ!」

 

 アルヴァロの猛攻も、マグダに追いつくことは出来なかった。

 これで勝……

 

「おかわり頼むゼ!」

 

 エンジュバチがいなくなったというのに、アルヴァロがおかわりを頼む。

 

「勝ったつもりなんだったら、甘いゼ! オレは、まだ食えるゼ!」

「なに……っ!?」

 

『精霊の審判』が存在するこの街ではあり得ないことなのだが、ハッタリであってほしいと願った。

 だが……

 

「おかわりだゼ!」

 

 アルヴァロは一皿を平らげ、さらにおかわりを要求しやがった。

 ハッタリじゃねぇのかよ!?

 

「あ、あの、ヤシロさん……お皿の数が……」

 

 ジネットが青い顔をして呟く。

 テーブルに積み上げられた皿の数は、どちらも二十枚……並ばれてしまった。

 

 ヤバイ……マグダはもう限界だ。もう一皿だって食えるはずが…………

 

「……おかわり」

 

 いつもの平坦な声で、マグダがおかわりを頼む。

 涼しい顔をしているが……

 

「な、なぁ、ヤシロ! マグダって、あの赤いヤツ使った後胃袋がリセットされてまた食えるようになるのか?」

 

 デリアが希望を込めてそんな質問をしてくるが……それはない。

 マグダは『赤モヤ』を使うと飢餓状態のバーサーカーモードに陥り、そして『満腹』になることで落ち着きを取り戻すのだ。

 今現在、マグダが冷静でいられるということは、マグダは『満腹』のはずなのだ。

 

 もう一口だって食えるわけ、ないのだ。

 

 なのに、マグダは新たに用意された、肉汁たっぷりの、胃にずしりと来そうな肉の塊に齧りつく。

 

「マグダッ! あんま無理するな!」

 

 そんな言葉を発した自分に、俺が一番驚いていた。

 けど、言わずにはいられなかった。

 マグダが、無理をしているのがはっきりと分かったから。

 

「おかわりだゼ!」

 

 アルヴァロはまだ行けそうだ……これは、勝てない。けど、いいじゃねぇか。

 

 そうだ。負けたって別にいい!

 そうしたらそうしたで、俺がなんとか理由を付けて街門を作れるよう手を回してやる。

 たとえ工期が遅れようとも、絶対に完成させてやる。

 

 だから、今は負けたって別に……

 

「……無理は、する」

 

 肉に口をつけたまま、俯いたままで、マグダが呟く。

 俺たちは誰も言葉を発せず、マグダの声を聞いていた。

 

「……マグダは、どんなことだってする…………負けないために……」

 

 ガブリと、肉に噛みつく。

 食らい尽くそうという意気込みは感じる、本気度も伝わってくる。

 しかし、食べる速度が上がらない。どんなに咀嚼しても、肉が喉を通っていっていない。

 体がもう、食べることを拒否しているのだ。

 

「……マグダは…………勝つ。四十二区のために…………陽だまり亭のために…………店長やロレッタや……店に来てくれる、みんなのために………………そして……」

 

 グッと顔を上げたマグダの顔は、涙に濡れてぐしゃぐしゃになっていた。

 

「……ヤシロのためにっ」

 

 口の中に肉を詰め込み、頬がパンパンに膨らんでいる。

 もぐもぐと咀嚼するも、「……うっ」と吐き気が込み上げてきてうまく飲み込めないでいる。

 

 マグダはもう、限界なのだ。

 それに反し、アルヴァロはさらに皿を積み上げた。

 

 棄権させるべきだ。

 これ以上無理をさせたら、以前のベルティーナのように倒れてしまう。

 マグダに、そんなつらい思いさせられねぇよ。

 ジネットだって心配するだろうし……俺だって…………

 

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