異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

140話 第五試合 愛の馬鹿食い力 -4-

公開日時: 2021年2月17日(水) 20:01
文字数:4,184

「マグダさんっ!」

 

 ジネットが叫ぶ。

 悲痛な響きが会場中に響く。

 

 目に涙を溜め、懸命に言葉を絞り出そうとしている。

 ジネットは、マグダを止めたいのだろう。

 分かるぞ、その気持ち……俺だって、止め…………

 

「頑張ってくださいっ!」

 

 ……え?

 

「そうです! マグダっちょ! 頑張って、意地でも真似っ子白トラに勝つです!」

 

 おいおい……

 

「マグダ! 君が勝ったら、ボクは君を誇りに思うよ! 心からの称賛を贈るよ!」

 

 いやいや、何言ってんだよ……

 

「マグダたん! ここで勝ってこそ、オイラのマグダたんッスー!」

 

 お前ら……正気か?

 

「マグダー! あたいたちがついてるぞー!」

「獣人族の根性、見せてやるさね!」

「ぁの……っ! が、がんばってくださぁーい!」

「カンタルチカのライバル、陽だまり亭の意地、見せてよねっ!」

「マグダ、あんたが勝ったら、ウチの卵で甘い玉子焼き作ってあげるから!」

「マグダ氏! 勝利の暁には、拙者、マグダ氏を称える像を彫らせてもらうでござる!」

「イケぇマグダ! 狩猟ギルド四十二区支部は、本部にも負けねぇってとこ、見せてやれ!」

「マグダさん! このワタクシに勝利を捧げなさいまし! その栄誉を称えて差し上げますわ!」

「マグダー!」

「マグダァアー!」

「マグダちゃーん!」

「マグダおねーちゃん!」

「せんぱーい!」

「ししょー!」

 

 会場にいる、四十二区の連中全員が、マグダに『ガンバレ』と言う。

 もう十分過ぎるほど頑張ったろうが。

 

「……マグダは…………負けないっ」

 

 応援に背中を押され、マグダが二十二皿目を完食する。

 

「……おかわり」

 

 まだやるのかよ……

 マグダの目は、苦しさに歪みながらも、勝つことを諦めてはいなかった。

 

「マグダー!」

「がんばってー!」

 

 俺には出来ない。

 他人に、これほどの努力を、苦労を、苦痛を強要することなど……

 

 それは、俺が他人を信用していなかったから。

 人間は弱い。

 つらいことからはすぐにでも逃げたがる。

 

 ここ一番という場面で、他人に苦痛を強いるなど……それで成果を期待するなど……出来るはずがない。

 不確定にして非現実的。

 

 人間は、誰かのためには動けない。

 どんな御託を並べようとも、それは結局自分のためなのだ。

 

 人間は、自分のためにしか本気を出せない生き物のはずだ……

 

 他人を信じると……いつか必ずがっかりする時が来る……こんなはずじゃなかったと、後悔する時が来る。

 勝手な思い込みで相手の人間性を決めつけ、意に沿わない部分を知って勝手に絶望する。

 そんな愚かな失望はもう御免だ。

 失望するのも、されるのも、もう、こりごりなんだ。

 

 マグダ。

 つらいだろ?

 苦しいだろ?

 やめちゃえよ。

 

 それにさ、どうせ「負けない」つったって、負ける時は負けるんだぜ?

 相手が悪けりゃ、逆立ちしたって敵わないもんなんだ。

 精神論だけじゃどうにもならないことだってあるんだよ。

 

「あぁっ! また一皿、差をあけられてしまいました!」

 

 ほら見ろよ……体格差、経験、年齢、性別、人種……どうしようもねぇことなんて、いくらでもあるんだよ。

 

「こうなったら! オイラがマグダたんに襲いかかって、『赤モヤ』で撃退されてくるッス!」

「バカかい、君は!? 大怪我どころじゃ済まないよ!?」

「けど、エステラさん、マグダたんを見てッス!」

 

 ウーマロの言葉に、俺もつられてマグダを見てしまった。

 

「マグダたんのあの目を見るッス! あの目は……マグダたんは、勝ちたがってるッス!」

 

 マグダの目は、涙に濡れながらも、爛々と輝きを放っていた。

 諦めてなるものかと……食事を拒絶する体を脳を、意志だけで黙らせようと足掻いているようだった。

 

 そんなことしても……現実は厳しいのに…………常識的に考えりゃ、そんなの……

 

「……現実…………常識……?」

 

 ふふ、何言ってんだろうな。

 詐欺師のくせに……

 

 現実を嘘で覆い隠し、常識を覆すのが詐欺師だろうが…………

 

 つらい現実を忘れさせて、甘い夢を見せてやるのが、詐欺師ってもんだろうが。

 

 

「マグダァァー!」

 

 気が付いた時、俺は叫んでいた。

 あ~ぁ、これダメなヤツだ。

 心がカッカして、冷静な判断が出来てなくて……あとで思い出すと死にそうなほど恥ずかしいこととか口走っちゃう感じのヤツだよ、これ。

 

 ……ふん、知ったことか。

 やってやろうじゃねぇかっ!

 

 人間の脳みそなんてのは騙されるために作られたんじゃないかってほど簡単に騙せるのだ。

 ど素人が作った料理でも、一流料亭で出されりゃ美味いと感じるし、偽薬なんかただの栄養剤のくせに医者からもらった薬だってだけで病気は治っちまう。怖いと思えば幽霊っぽいものを幻視するし、カッコいいカッコいいと言われ続けりゃそうでもない顔でも自信が持てたりするものなのだ。

 

 そんな純粋ピュアな脳みそを詐欺にかけるなんざ朝飯前だぜ。

 

「もし、お前が勝てたら……っ!」

 

 言っている間に、アルヴァロが皿を重ねおかわりを頼む。

 差が二皿に広がった。

 砂時計の砂はもうほとんど残っていない。

 あと、五分……

 

 俺はこれまでの記憶を一気に遡る。

 思い出すのだ……マグダにかけるべき言葉は何か……マグダの脳が有頂天になって底力を発揮してくれる言葉は何か…………それを『思い出す』。

 考えるんじゃない。

 今ここで作り上げた新しい言葉じゃ、マグダの深層心理には届かない。

 

「頑張れ」と言われても、頑張れないのだ。

「踏ん張れ」と言われても、踏ん張れないのだ。

 

 他の誰でもない、俺とマグダだから伝わる言葉があるはずだ。

 これまで、一緒に過ごしてきた時間の中に、マグダが本当に求めている、脳みそを有頂天に出来る言葉が…………

 

 そして、たどり着いたのは、きっと他のヤツには真似できない、俺しか言ってやることが出来ない、そんな言葉だった。

 

 もし、マグダが勝てたら……

 

「鼻かぷしてやる!」

「……っ!?」

 

 マグダの耳がピンと立つ。

 涙に濡れていた瞳がきらりと輝き、涙が一瞬で乾く。

 

 そして、手に持った串肉を……一口で平らげた。丸のみだ。

 

「……おかわりっ」

 

 砂時計の砂が落ちていく。

 あと二分。

 

「……添い寝と子守唄も要求する」

 

 串肉を待つ間、マグダが追加注文を寄越してきた。

 ふふ……調子に乗るのは、脳みそが有頂天になっている証拠か……

 

「いいだろう! 昔話もつけてやる!」

「……契約、完了」

 

 新しい串肉が目の前に置かれると同時に、マグダはそれを奪い取り、小さな体からは想像も出来ないような大口を開け齧りつく。

 丸裸になった鉄串を放り投げ、皿を積む。並んだ!

 

「おかわりだゼ!」

「……おかわり」

 

 残りは、一分。

 

 同時に新しい串肉が置かれる、

 鉄串を両手で持って齧りつくアルヴァロに対し、マグダは肉を手掴みで口の中へと詰め込んでいく。

 

 そして、残り三十秒の段階で……

 

「……おかわり」

 

 アルヴァロを抜いた。

 しかしアルヴァロの肉も完食間近だ。

 

 このままでは同点か……と、思われた時――

 

「……早くっ!」

 

 マグダが、叫んだ。

 いつもいつも無表情だった顔に、焦りと、怒りと、そして確かな自信が浮かんでいた。

 

 残り十秒になったところでマグダの前に新しい串肉が置かれる。

 

「お、おかわりだゼッ!」

 

 あとを追うアルヴァロが慌てておかわりを頼むが……もう遅いっ!

 

「マグダァ! ジネットと川の字もつけるぞぉ!」

「ふぇえ!? あ、あの………………えっと…………はい! おつけいたしますっ!」

 

「カッ!」と、マグダの目が見開かれる。

 

 砂粒が流れるように落ちていき……すべての砂が落下し終えるほんの少し前……

 

「……おかわりっ!」

 

 マグダが次の串肉を要求した。

 

 

 ――カンカンカンカーン!

 

 

「……む?」

 

 打ち鳴らされた鐘の音の意味が分からないのか、マグダは不服そうに首を傾げる。

 だが、意味を理解していないのはマグダだけだった。

 

 その証拠に……

 

「マグダぁ!」

「すごいです、マグダさん!」

「よくやったよ!」

「マグダっちょ! えらいです!」

 

 俺たちは舞台に上がり、マグダへと殺到し、観客席からは大地を揺るがすような大歓声が轟いていた。

 

「…………? ……次のお肉は?」

 

 キョトンとするマグダ。

 その頭をわっしゃわっしゃと撫でながら、俺はマグダにテーブルの上の皿を見せてやる。

 

 マグダのテーブルには完食済みの皿が二十六枚、対するアルヴァロのテーブルには二十五枚。

 

「……勝った、の?」

 

 キョトンとするマグダが、なんだか堪らなく可愛く思えて……

 

「勝ったんだよぉ! さすがマグダだ! お前は最高だっ!」

「はい! マグダさんは最高です!」

 

 小さなその体を抱え上げていた。

 まるで高い高いをするかのように。

 それを隣に立ち見守るジネット。

 

 マグダの顔に、微かだが……笑みが浮かんだ。

 

「よぉし! マグダを胴上げだぁ!」

「「「「おおーっ!」」」」

 

 みんなが集まってきて、マグダの体をぽんぽんと放り投げる。

 

「わーっしょい! わーっしょい!」と、威勢のいい掛け声が上がる度にマグダの体が宙を舞う。

 そんな中、マグダは……

 

「……うっ、吐く……」

「胴上げやめー! 即刻中止―!」

 

 危なく、リバースの雨にさらされるところだった……まぁ、腹一杯食った後で胴上げとか、拷問だよな、よく考えたら。

 

 青い顔をしてフラフラしていたマグダだったが、シャキッと背筋を伸ばし、俺を見上げて、こんなことを言ってきた。

 

「……マグダは、みんなに一言、言いたいことがある」

 

 ここにいる連中、そして観客席にいる連中。そのすべてがマグダに熱い声援を送っていたのだ。

「ありがとう」の一言でも言いたくなる気持ちは分からんではない。

 だから俺はマグダを舞台の真ん中へといざなって観客席に向かって立たせた。

 

 マグダが何かを言うと察し、会場の話し声が徐々に止んでいく。

 しん……と、会場が静けさに包まれた。

 その静けさの中、マグダはいつもの平坦な、けれどよく通る声で、本当にたった一言だけを呟いた。

 

 

「……敬うがいい」

 

 

 会場から、割れんばかりの拍手と爆笑が聞こえてきた。

 ……こいつ、これだけギリギリの緊迫した戦いを終えて出た言葉がそれか?

 こいつは将来、大物になるかもしれんな。

 

「……ヤシロ」

 

 大きくうねりをあげる爆笑の中で、マグダはこちらを振り返る。

 俺の目をしっかり見つめて、そしてVサインを向けてきた。

 

「……約束、守った」

「あぁ。お前は、最高だよ、マグダ」

 

 頭に手を載せて、耳をもふもふする。

 

「……むふー!」

 

 マグダの緊張も解れたか。

 そりゃそうか、試合は終わったんだ。

 全五試合、すべてが。

 

 そして、三勝二敗という成績を残し……

 

 

 

 

 大食い大会は、四十二区の優勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

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