異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

44話 雨の日のミーティング -1-

公開日時: 2020年11月12日(木) 20:01
文字数:2,608

 特効薬が効いたのか、子供たちはみな静かに寝息を立てていた。

 昨晩は苦痛から一睡も出来ていなかったようだから、今は寝かせておいてやろう。

 寮母たちは厨房へ行き、子供たちがいつ目覚めてもいいようにとお腹に優しい料理を用意しておくそうだ。

 朝食の寄付は、今日だけお休みだ。

 

 窓の外では、いまだに1メートル先も見えないような大雨が降り続いている。

 

「今日、お店どうしましょうか……」

 

 窓の外を見ながらジネットがそんな言葉を漏らす。

 心情的に、子供たちについて看病をしてやりたいのだろう。

 かと言って店を空にして万が一にも客が来たら……と考えているのだろう。

 

 一つ言っておいてやろう。

 

 来ねぇよ、客なんか。

 

 昨日の雨でも来客はゼロだったのだ。

 さらに雨脚が強くなった今日、来るわけがない。

 さすがのウーマロも、この雨の中はやって来られないだろう。

 いや、むしろ、この雨の中をマグダに会いたい一心で四十二区にまで来たりしたら軽く引く。

 それはさすがに必死過ぎてキモい。

 

「……大丈夫。抜かりはない」

 

 マグダが『無表情にもかかわらず得意げなのが丸分かり』な、なんとも微妙に難しい表情で小さな胸を張る。

 

「……さっき戻った時に張り紙をしておいた」

 

 マグダはさっき、俺の着替えを取りに陽だまり亭へ戻ってくれていたのだ。

 夜も明けたということで、この大雨の中を一人で行ってくれた。

 ……エステラとレジーナ、それからベルティーナに「全裸の男が教会にいるのはよろしくない」と強く言われたという背景もあり、そのようなことになった。

 

 それで、陽だまり亭に戻ったマグダは「折角だから」といろいろ行動を起こしてきたらしい。

 まず、玄関に『御用の方は教会まで(食事も出来ます)』という張り紙を張ったのだそうだ。

 ……その張り紙が雨で破れたり風で飛んだりしてないといいけどな。

 

 そして、マグダは屋台を引いてやって来ていた。

 屋台の大半は蓋付きの箱で構成されており、その中にいろいろな食材を詰め込んで持ってきてくれたのだ。ポップコーンセットと、各種食材。そして、ろ過された水を中型の水瓶いっぱいにだ。これでだいたい10リットルほど入っているだろう。

 

 相当な重さだったはずだが、そこはマグダ。人間離れした怪力で難なく屋台を引いて戻ってきた。しかも、片手に傘を差しながら。

 

「よく気が付く、いい娘だ」

「……褒めるといい」

 

 マグダがとてもいい働きをしたので、さっきからずっと膝の上に抱いて頭を撫でてやっている。念のために言っておくが、これはマグダからの要望であって、別に俺が趣味でやっているわけではない。

 

「飲み水を持ってきてくださったことは、本当にありがたいです」

 

 ベルティーナがマグダに深々と頭を下げる。

 折角症状が落ち着いたのに、水が飲めないのでは子供たちもつらいだろうしな。

 

 教会には大きな水瓶があり、そこに生活用水が備蓄されている。

 ただし、これらは風呂や洗濯に使われるもので、飲料水としては使用できない。

 備蓄最優先故に、中の水を入れ替えることが出来ないのだ。水が減れば注ぎ足される。

 飲料水は庭に井戸があるため備蓄はされていなかった。

 

 今回の雨でその井戸がやられてしまったわけだ。

 

 まさか、井戸の水が水瓶に溜めてあった生活用水より汚染されるなんて、思いもしなかったのだろう。

 

 というか、生活用水を水瓶に溜めておくこのシステムから見直す必要があるかもしれない。

 いくら飲まないとはいえ、食器を洗ったり風呂に使ったりするのは少々不衛生だ。

 全体的に、水に対する改革が必要になるだろう。

 

 今現在、俺たちは談話室で話し合いを行っている。

 子供たちはレジーナが診てくれている。と言っても、みんな眠っているので特にすることもないらしい。一応の見張りを兼ねて、子供部屋で薬を作っているようだ。

 

 香辛料が手に入ったことで、レジーナは本当に嬉しそうにしていた。

 だが、何かを察して出所を聞いてくるようなことはしなかった。

 ただ、「日頃の行いがえぇからかもしれんなぁ」と言うに留めていた。

 

 で、俺たちが何を話し合っているのかというと……

 

「井戸がやられたのは痛手だね。今後、飲料水はもちろん、料理に使う水も入手するのが困難になる」

「飲食だけでなく、顔を洗ったり歯を磨いたり、食器や洗濯物を洗うことも難しいですよね」

「……お風呂もダメ」

 

 エステラに続き、ジネットやマグダも問題点を指摘する。

 汚水が混ざってしまった以上、井戸の水は直接間接を問わず、人体に触れるものには使えない。

 

「つまり、水の使用そのものが出来ないというわけなのですね……困りました」

 

 と、ポップコーンをポリポリ食べながらベルティーナが深刻そうな表情を見せる。

 ……っておい。

 一切深刻そうには見えない。

 しかし、ベルティーナは子供たちが倒れてから不眠不休不食で看病を続けていたのだ。糖分を摂って体力と気力を回復してもらうのはいいことだろう。

 

「この雨の中、陽だまり亭から水を運んでくるしかないのかなぁ……」

 

 直近の問題にエステラが難しい表情を見せる。

 まぁ、それもそうなのだが……

 

「事態はここだけでは収まらないかもしれないぞ」

「……どういうこと、かな? まだ何かあるって言うのかい」

 

 エステラの表情に緊張が走る。

 気付いていないようなので教えておいてやる。

 

「大雨と川の氾濫が原因だとするなら、同じような現象があちらこちらで発生する可能性がある。それこそ……街中で、同時多発的にな」

「――っ!?」

 

 エステラと同様にジネットも驚愕の表情を浮かべる。

 マグダも、俺の顔を覗き込んでくるあたり驚いているのだろう。

 

「安全な飲み水の確保が必須だが、それ以前に水に関する知識を住民に周知する必要がある。『井戸の水は安全』なんて思い込みを持っているヤツは、間違いなく同じ轍を踏む」

「確かに、これまで水の安全性に関して考えたこともなかったな……濁っていると飲めないな、くらいしか」

「病気を引き起こす細菌は目には見えない。無色透明な病原菌まみれの水だってあり得る」

「あ、あの、ヤシロさん……それを飲むと……どう、なってしまうんでしょうか?」

 

 不安げな顔で尋ねてくるジネット。不安を煽るつもりはないが、危機感は持っていてもらう必要がある。事実を隠さず、はっきりと言ってやる。

 

「最悪の場合、命を落とすこともあり得る」

「…………そんな」

 

 絶句し、瞳を潤ませるジネット。

 誰かの命が危険にさらされるかもしれない。そう考えるだけでジネットは胸を痛めるのだろう。

 

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