異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

72話 ケーキ……? -3-

公開日時: 2020年12月8日(火) 20:01
文字数:2,210

「試作したい時はどうすればいい?」

「教会に申請すれば、監視官の前でのみ試作することを許可されるよ」

 

 監視官…………

 俺の脳内に、嬉しそうな顔でよだれを垂らす美人エルフが思い浮かんだ。

 

「ヤシロは、ケーキを作るつもりなのかい?」

「出来れば、だけどな」

「ヤシロが作るケーキかぁ……どんな味なんだろうなぁ」

「少なくとも、ここのコレよりは美味いぞ」

「大きく出たね」

 

 大きいもんか。

 コレはケーキとすら呼べないレベルなんだっつうの。

 

 口直しにと、俺は紅茶を啜り……吹き出した。

 

「ちょっ!? 何してんのさ、汚いなぁ!?」

「…………し、渋ぃ…………っ!」

 

 なんだ、これ!?

 渋っ!?

 どんだけお湯に茶葉を浸けてんだよ!?

 苦いっ、渋いっ、不味いっ!

 

 あぁ、イライラするっ!

 

「エステラ……ここの紅茶は美味いか?」

「え? ……う~ん、実を言うと、ボクはちょっと苦手なんだよね。ナタリアの淹れてくれる紅茶の方が好きだから」

 

 よし!

 この街の基準がこれじゃなくてよかった!

 

「……エステラ、悪い」

「え、なに?」

「やっぱ、今回のこれはデートじゃない」

「え…………」

 

 こんな…………こんな中途半端なもん、エステラの初デートには相応しくない。

 

「今度改めてデートに誘わせてもらう! その時は、花束を持って、もっとずっと美味いケーキと紅茶をご馳走してやる! だから、今回のこれはデートじゃないってことにしといてくれ!」

 

 ……怒るだろうか?

 ……がっかりするだろうか?

 …………泣く、だろうか?

 

 勢いに任せて言いたいことを言い、頭を下げた。

 顔を上げるのが怖い。

 顔を上げた時、エステラはどんな顔で俺を見ているのだろうか………………そろぉ……

 

「…………えっ」

 

 ゆっくりと、顔を上げると、エステラと目が合った。……いや、合って、ない?

 

 エステラは、インフルエンザにでもかかったかのように顔を真っ赤にして、虚ろな目でボヘ~ッとこちらを向いている。

 

「…………ホ、ホントに?」

「え?」

「……花束……」

「あ、あぁ」

 

 …………あっ!?

 

「いや、違うぞ! プロポーズとかじゃないからな!?」

「――っ!? わか、分かってるけど、そんなことっ!?」

「ホントに分かってるか!?」

「分かってるって! どうせあれでしょ? ここのケーキが美味しくないから、こんなの認めたくなくて、ちゃんとやり直したいんでしょ!?」

「あぁ、その通りだ! この店のケーキはケーキとすら呼べない! 論外だ! こんなもんで喜んでいるお前が不憫過ぎて、俺が本物のケーキを食わせてやろうと、そういう優しさから出た再デートの申し込みだからな!」

「わか、分かってるってば! ボクだって、そんな言うほど美味しいと思ってなかったし!」

「どうだか!? こんなパッサパサのパンみてぇなもんを食って、幸せそうな顔してたじゃねぇか」

「してないね! 一口食べて、ちょっとお腹の調子が悪くなったくらいだよ! ボク、高貴な生まれだから」

「陽だまり亭の常連のくせに、高貴な生まれとか……」

「陽だまり亭は一流の店だろ!?」

「そこは同意だ!」

 

 立ち上がり、固い握手を交わす。

 で、そこで俺たちは怖い顔をした店員に囲まれていることに気が付いた。

 

 …………あ~らら。

 

「「「「「出て行け! 二度と来るなっ!」」」」」

 

 

 

 

 

 ケーキ屋を追い出された俺たちは逃げるように四十区を後にした。

 帰りの道すがら、ケーキの販売に関する細かい制約を聞いていたのだが、陽だまり亭で販売することは可能そうだ。

 むしろ、ケーキを販売するには、ジネットのような人物が店長をやっていると都合がいい。あいつは嘘なんか吐かないだろうし、教会の関係者の心象もいいだろうしな。

 

 問題は価格だ。

 税金分を上乗せすると、どうしても割高になる。

 そして、一番の問題は…………上白糖。

 

 この街では黒糖が一般的に使用され、白い砂糖は上流階級の者のみが口にする超高級品なのだ。

 それが手に入らなければ、俺の思うケーキは作れない。

 価格と味。このバランスが非常に難しい。

 

 

 陽だまり亭に戻ったのは、夕方頃だった。

 

 

 ケーキがあれば、この客足が遠のく時間をカバーできる。

 ケーキは必要だ。

 

 

「ヤシロさん。難しい顔をされていますね」

「ん? いや。なんでもない」

 

 ジネットが心配そうに尋ねてくるが、今はまだ話すわけにはいかない。

 ケーキが作れるという目途が立つまでは……砂糖を確保するまではな。

 

 

 

 

 

 

 夜になり、陽だまり亭の営業は終了した。

 今日は手伝えなかった分、店の戸締まりは俺が一手に引き受けた。

 一つ一つ窓とドアを確認して回る。

 

 そんな中、玄関のドアを閉めようかとした時に俺は――庭先に黒い人影が佇んでいるのを目撃した。

 

「ぎゃぁぁぁぁあああああっ!?」

「私です」

 

 またナタリアだった。二日連続だ。

 

「いちいち脅かすな!」

「そんなつもりは毛頭ありません。お話があります」

 

 こちらの話はスルーして、自分の用件を俺に伝えるナタリア。

 ……なんて女だ。

 

「一つお聞きしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「お嬢様が、あなたに戴いたというシイタケを頭に貼りつけていたのですが…………あなたにはセンスというものがないのですか?」

「お前んとこのお嬢様に言ってくれ、それは!」

 

 シイタケを選んだのは俺じゃない!

 

 

 おかしいのは誰かを切々と語り聞かせてから、ナタリアには帰ってもらった。

 とりあえず、ナタリアの話を聞く限りでは、エステラはあまり落ち込んでいないようで……ホッと一安心した。

 

 デートのやり直し、ちゃんとしてやんなきゃな。

 

 

 

 …………随分あとになるだろうけど。

 

 

 

 

 

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