「ぬほぉおおっ! これはっ、すごい! すごいですっ! ネフェリー選手、他の追随を許さない凄まじい勢いでモンブランを掻き込んでいくですっ! モンブランのあの細く特徴的なクリームを麺類のように啜るとは一体誰が予測できたでしょうか、いや、出来るはずもないです! 解説のお兄ちゃん、どうですか!?」
「いや、……物理的に不可能だろう」
「なに言ってるです、お兄ちゃん!? ケーキは乙女の夢! 夢の食べ物に不可能なんてないのです!」
「いや……物理的にな……まぁ、いいけど」
大人様ランチ部門にエントリーしているロレッタが、嬉々として実況を行っている。……こいつ、妙に手馴れてやがるな。
出場者は、最初こそ手探りな感じだったが、制限時間四十五分という長丁場が功を奏し、いい感じでライバル意識を煽ってくれていた。
「おやおや。完全に手が止まってしまったパウラ選手! 威勢がよかったのは、どうやら最初だけだったようです」
「うっさいわよ、ロレッタ! 今から巻き返すんだから、黙って見てなさいよ!」
「あたしは実況なので黙れないので~す! ぷぷぷーで~す」
「あんた、あとで覚えときなさいよ!」
こうやって、ロレッタがいちいち参加者を煽るものだから、どいつもこいつも殺気立ち始めていた。日頃の鬱憤や悩みやその他諸々、体内に溜め込んだ負の感情をケーキにぶつけるかのように貪り食う女たち。と、一部オッサンども。
「がぁぁ……口の中が甘ぇ~っ!」
「私も、そろそろ限界かもしれません……」
モーマットにヤップロックは、他の女子選手に比べて極端に数が少ない。
……なぜケーキの方に参加したのか…………
「ヤップロック選手は、『キャラメルポップコーンに携わる者として、甘い物にエントリーするのが当然ではないかと思いました』と試合前にコメントしていたです」
「大きく間違っている解釈だな。あいつが作ってるのはトウモロコシであってキャラメルポップコーンではないしな」
「モーマット選手は……まぁおそらく、若い女の人に囲まれたかっただけなんじゃないですかね? エロワニです」
「違ぇわっ! ほら見ろ、お前ぇがおかしなこと言うから両サイド、ちょっと間隔があいちゃったじゃねぇか!」
モーマットの両サイドの女子選手が椅子をずらしてモーマットから距離を取る。
ぷぷーっ、ザマァ。
「俺はこう見えて甘い物が好きなんだよ!」
「だったらもっと景気よく食えよ」
「……いや、二個で十分だ……あんまり一気に食うもんじゃねぇんだな」
情けない泣き言を漏らし、ワニが机に突っ伏す。
こいつはダメだな。選手として最も大切な根性が著しく欠落している。
「おやおや、モーマット選手、これはもうリタイアですね。にもかかわらず席を離れないあたり、やっぱり若い女子に囲まれていたいだけなんですね。エロワニです」
「だから、違ぇつってんだろ! そして、さらにちょっと離れるな両隣の女子たちっ!」
モーマットに続き、ヤップロックもギブアップした。
シェリルが駆け寄ってきて、余ったケーキに食らいついている光景が微笑ましかった。
「お兄ちゃん……ヤップロックさんの娘さんはまだ五歳なので、そんないかがわしい目で見るのはやめてあげてほしいです……」
「お前はいい度胸をしているな、ロレッタ?」
お前も味わってみるか? 俺の本気のエロい視線を?
「ヤシロ様、あと一分です」
時計係のナタリアから合図が入る。
それに合わせて高らかに鐘が打ち鳴らされた。
「あたしは、負けないっ! ……もーぐもぐもぐっ!」
「なんのっ、私だって! ……ちゅるるんっ!」
終了一分前の鐘に、選手が最後のスパートを見せる。
だが、すでに膨れ上がった腹にはもうスペースはなく……結局、ケーキ部門はネフェリーの優勝で幕を下ろした。
「素晴らしい戦いでした! 勝者のネフェリー選手は、ケーキの新しい食べ方を示してくれましたです。王者に相応しい勝ち方です。料理番の仕事をほっぽってケーキに釣られて参加したどっかの酒場の看板娘とは大違いです」
「それあたしのことでしょ、ロレッタ!?」
食べ過ぎでダウンしていたパウラが体を起こして牙を剥く。
この二人は仲がいいのか悪いのか、よく分からんな。
「すごい食べっぷりだったね、ネフェリーは」
勝負が終わり、エステラがそんな感想を述べる。
確かに、他のヤツに比べればたくさん食べた方ではあるが、他の連中が普通過ぎたっていう感じも否めない。
第一、甘い物ならデリアの方が圧倒的に食うからな。
「ヤシロッ!」
勝者のネフェリーが実況席へと駆け寄ってくる。
「へへへー、勝っちゃった」
「おめでとさん」
「あ、じゃああたしは、そろそろ行くです。ネフェリーさん、実況お願いです」
「はいはい。頑張ってね」
ロレッタは大人様ランチ部門へ参加するため、ここでネフェリーとバトンタッチだ。
ネフェリーが俺の隣に座り、俺の両隣がエステラとネフェリーになる。
間の俺を挟んで、エステラがネフェリーに声をかける。
「どうだった、やってみた感想は?」
「う~ん、美味しいって思えるのは最初だけで、後半はただただつらいだけだったなぁ……もうしばらくモンブランは見たくない感じ」
お腹をさすり、苦笑を漏らすネフェリー。本当に苦しそうだ。
「長いわよ、四十五分って」
「そこが狙いさ」
一瞬で決まってしまう勝負より、時間をかけて心理戦を展開する勝負の方が、見ている方は飽きないのだ。ドラマも生まれるしな。
今の戦いでもそれは証明された。
参加者も途中からムキになっていたようだし、観客も随分声を上げていた。
本気の人間に、人は心を動かされる。
一流の詐欺師は、誰よりも口がうまいというわけではない。
本当に腕のいい詐欺師は、心の演技がうまいのだ。
――「私……こんなに気が合う人初めて……今、すごく楽しいな」
――「何やってんだよ!? 今始めなきゃ、お前一生変われないままだぞ!?」
――「ウチにはお腹を空かせた幼い子供が……」
――「君の夢を、本気で応援したい。一緒に夢を掴もう!」
喜怒哀楽と、感情を昂ぶらせて相手を思うように動かす手口は古くから使われ続けている。
人間は、近しいものに同調しようとする習性を持っているのだ。
自分との時間を楽しいと言ってくれる人と一緒にいるのは楽しい。
自分の不甲斐なさを本気で叱ってくれる人がいたら、それに応えられない自分に怒りを覚える。
泣き落としは最も単純でポピュラーな詐欺の手口だ。同情を誘うのはいとも容易い。
道は違えど、向かう未来は一緒。そんな『仲間』と一緒に過ごす時間は楽しい。その時間のために……人は金を払ってしまったりして、後々「詐欺だっ!」と後悔するわけだ。
どれもこれもねずみ講や絵画商法で多用されている手法だ。
恋のつり橋理論なんてヤツを例にとっても、感情を同調させることで勘違いを起こさせるのは容易であるということは分かるだろう。
長い時間を、出場者に感情移入して応援すれば、おのずと人々の心は一つに重なり合っていく。同じゴールを目指すことで個々の存在が大きな意志へと統合されるのだ。
……とかいうと、怪しい宗教家のようだが……
つまりアレだ。文化祭みたいなもんだ。
一緒に準備をし、夜中まで学校に残ったり徹夜したり、買い出しに出たりと、普段とは違う行動を取ることで特別な感覚を共有する。その後に待っているのは得難い満足感と達成感で、そいつを経験したヤツは親友だったり恋人だったりを手に入れたりしているわけだ。
文化祭でのカップル発生率の高さといったら……くそ、後夜祭の打ち上げ花火、校舎内で誤爆しねぇかな……
以上のことからも分かるように、文化祭の準備を一生懸命頑張れるヤツがリア充たりえるってわけだ。
で、この大会はそんな一体感を演出するのにちょうどいい場なのだ。
四十一区に四十区と四十二区の店が並び、三区の人間が入り乱れごった返す。その異質な空間。そこで開かれる真剣勝負。
負けた区は勝った区の要望を無条件でのむというルール。
これだけの好条件が揃い、さらには現在行わせているように、強制的にでも準備作業をすることで、くだらない選民意識に凝り固まっていた四十一区の連中も少しはまとまりを見せるようになるだろう。
極端な格差をなくすのが、争いをなくす手っ取り早い方法なのだ。
当然、全員が平等になんてのは不可能だし、そんなことをすれば競争が起こらなくなって発展も止まるだろう。そうじゃない。俺が危惧しているのは、極端な格差によって、這い上がる気力も起きない最底辺の中の最下層が誕生してしまうことだ。
なくすものが何もなくなった時、人は奪うことにためらいを見せなくなる。
そうなる前に手を打ってやる必要があるのだ。
ま、美味いもん食ってバカ騒ぎしてりゃ、日頃の鬱憤も晴れるだろう。
大声で応援して、そいつが勝てば喜び、負ければ一緒に悔しがればいい。
そして最後に「この大会は最高だった」という言葉でも聞こえてくれば、四十一区で汗を流している連中は報われた気持ちになるはずだ。
「四十五分。なかなかにドラマチックだったろ?」
「やってる方は堪ったものじゃないけどね」
「だからこそ、観客は心を揺さぶられるんだよ」
現に今、ネフェリーに向かって「よくやった!」「お疲れ!」などという声がしきりに飛んできている。
ん、誰だ? 今、「ネフェリーちゃんをエロい目で見るな!」とか抜かしたヤツは? パーシー以外にもそんな奇特なヤツが居やがるのか……
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