「ヤシロ様。大人様ランチ部門の準備が整いました」
ナタリアから報告が入る。
ナタリアは全体のバランスをとる、いわばディレクターのようなポジションなのだ。
「ジネット~! そっちは大丈夫か?」
「はぁ~い! がんばりますよぉ~!」
キッチンは気合い十分だ。
「さて、解説のヤシロさん。注目の選手はいますか?」
ネフェリーはネフェリーで、早速実況になりきっている。
こういうの、本当に好きなんだな。女優志望だったりするのかね。
「まぁ、ベルティーナとマグダがどこまで我慢できるかが見ものかな」
「……心配無用」
「うふふ。大丈夫ですよ。ちゃ~んと、腹四分目で我慢しますから」
「二分目ですよ、シスター!?」
マグダはまぁいいとして……ベルティーナよ、ジネットが可愛いのなら大人しく言うことを聞いてもらおうか。でないとジネットの命がどうなっても知らんぞ……って、なんか誘拐犯のセリフみたいだな、これ。
「お兄ちゃん! あたしもいるですよ! 大注目の選手です!」
「だ、そうだけど、どう思うヤシロ?」
大きく手を振って存在をアピールするロレッタの言葉を、律儀に拾うネフェリー。
どう思うって言われてもなぁ……
「まぁ、普通なんじゃん?」
「うん。私も普通だと思う」
「あの二人がなんか酷いこと言ってるです! あたし、普通じゃないですよ!」
などと、普通の返しをしてくるロレッタ。
あいつが大食いだなどという印象はない。
まぁ、他のヤツより目立ちたがり屋で、無謀な賭けに出られる根性は持っているけどな。
「じゃあ、ロレッタが食後何分で吐くかに注目しておいてやろう」
「吐かないですよ!? あたしは食べ物を粗末にしないです!」
いや、そこじゃないんじゃないか、反論するところ?
「さぁ、いよいよ四十二区の新名物、大人様ランチが各選手の前に運ばれてきました!」
観客席から「おぉー!」という声が上がる。
期待度はかなり高いようだ。
ミートボールに突き刺さった各飲食店のマークが目を引く。
「そういえば、考案者でもある陽だまり亭にはエンブレムとかお店のマークってないんですよね? どうされたんですか?」
ネフェリーがアナウンサーのような口調で質問をしてくる。
どこでそういうのを覚えてくるのか不思議で仕方ないが、まぁ、聞かれたのだから答えてやろう。
「ウチはもっと分かりやすい仕様になってるぞ。ほら、今ジネットが運んできた大人様ランチを見てくれ」
「どれどれ……あっ!? ホントだ、わっかりやっすぅ~い!」
今のは素の驚きのようだ。
ネフェリーの見つめる先、そしてネフェリーの言葉に興味を引かれた観客の視線が集中する先に、陽だまり亭の旗が立っている。
店のエンブレムが無い陽だまり亭の旗には、旗いっぱいに大きな文字で『陽だまり亭』と書かれている。
筆で描いたような力強い筆致で白と黒だけの配色だがなかなかインパクトのある仕上がりになっている。
日本ではお馴染みなのだが、こっちの世界には『店名を掲げた看板』というものがあまり浸透していない。これはかなり目立つだろう。
ちなみに、これらの旗は――お子様ランチの旗も同様なのだが――俺が木片を彫ってハンコを作っている。インクを染み込ませて紙にぺたりと押せば旗になるのだ。
「あ、ちょっとあの旗欲しいかも……」
ネフェリーが何気なく漏らしたその呟きこそが、俺たちの狙いでもあるのだ。
旗が欲しい? なら買って食ってくれ!
お求めは四十一区フードコート、または四十二区内の取扱店へどうぞ、ってなもんだ。
「メニューは、ハンバーグにエビフライ、魔獣のソーセージにミートボール……サラダとかいろいろ入っているんですねぇ」
アナウンサーネフェリーが資料に目を通して感想を述べる。
「エビフライって、ヤシロが考えたヤツでしょ?」
「俺の故郷で食われてたものだよ。俺が考えたんじゃない」
「私、食べたことないなぁ」
そりゃそうだろう。
つい最近、エビ料理を扱ってる店に俺が伝授したばかりなのだから。
なにせ、この街ではパンが高級食材だからな。パン粉を使うなんて発想自体がないんだよ。
だが、パン粉なら硬い黒パンだって問題ないわけだ。多少衣は硬いが、しっかりとした歯ごたえのあるエビフライになってくれた。あれは美味いぞ。
「陽だまり亭からは何を出してるの?」
「ウチからは焼き鮭とナポリタンだな」
「なぽりたん?」
「あの赤いパスタだ」
「えっ!? 陽だまり亭のパスタってミートソースとトマトソース以外にもあるの!?」
「昨日の夜ジネットに伝授して、本日初お披露目だ」
「うわぁ~、食べたかったなぁ!」
オシャレ女子ネフェリーはやたらとパスタを気に入っているのだ。
最新パスタを誰よりも早く食べたかったのだろう。物凄く悔しそうにしている。
……それで、モンブランも啜ってたのか? 考え過ぎか?
ウチだけ二品出しているが、それは全料理番が了承している。見栄え的にあった方がいいという結論に至ったのだ。
デリアとのこともあり焼き鮭は取り下げるわけに行かなかったしな。鮭を扱っているのはウチだけだ。デリアには日頃から世話になっているし、川魚の地位向上に手を貸してやりたいと思ったのだ。
「ヤシロ……大変。私……別腹が空いてきた」
ケーキをたらふく食って苦しそうにしていたネフェリーが、大人様ランチを見て腹を鳴らす。
お前らの別腹、おかしいから。
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