異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

129話 カレーを作ろう -3-

公開日時: 2021年2月5日(金) 20:01
文字数:2,177

「どうしましょうか……これ」

 

 ジネットの視線の先には、一口だけ食べられたカレーの皿が四つ。

 

「ウチ、さすがに四人前は食べられへんで?」

 

 レジーナに大食いは期待していない。

 かと言って、捨てるなんてのは言語道断だ。そんな行為は俺とジネットが許さん。

 

「…………ウーマロを……」

「ヤシロ。君はよくその解決方法を選ぶけど、いい加減ブチ切れられると思うよ?」

 

 俺の妙案はエステラによって封殺される。

 

「……ぐるるるるっ!」

 

 さっきまで幼児化していたデリアが、今度は野生化してカレーを威嚇している。どうやら敵と判断したらしい。

 ……無理して食うという選択肢もないか。

 

 なら……

 辛くて食べられないものは、薄めて食うのがセオリーだ。

 

「生クリームとチーズを入れて、カレー風味リゾットにでもするか」

「あぁ、それならなんとか食べられそうな気がしますね……」

 

 ヒリヒリとする舌をぴろっと覗かせつつジネットが言う。

 ……なんか可愛いな、その顔。

 

「あ、でも。全員一口食ったヤツが混ざる感じだけど……平気か?」

 

 なんなら、俺一人で頑張って食うけど。

 

「ボクは、このメンバーなら気にならないよ」

「わたしも平気ですよ」

「……あたいも平気」

「…………なぁ、それって、ウチの分が入ってへんから平気なん? ウチが混ざってたらアカンのん?」

 

 誰もそんなこと言ってないだろうに、レジーナが拗ねている。

 こいつは孤独好きの寂しがり屋なんだから……しょうがねぇなぁ、慰めてやるかぁ。

 

「俺は、レジーナの使ったスプーンだって舐められるぜっ!」

「ド変態やな……引くわぁ……」

 

 えぇい、ちきしょう! 加減の難しいヤツめ!

 

「ただいまですぅ~!」

「……アイムホーム」

 

 予定よりだいぶ早く、ロレッタとマグダが帰ってきた。

 

「ふなぁっ!? なんか物凄くいい匂いがするです!」

「……興味深い香り」

 

 店内に立ち込めるカレーの香りに、二人が瞳を輝かせる。

 

「ズルいです! あたしたちに内緒で美味しいもの食べてたですね!? あたしも食べたいです!」

 

 ……言ったな?

 

 エステラと視線を交わすと……「いいんじゃない、食べさせてあげれば」と、道連れを所望する目をしていたので、実行に移す。

 

「しょうがねぇな。ロレッタ、俺の食いさしだが、これ食っていいぞ」

「いいですか!? わっほ~いです!」

「……マグダは?」

「マグダは、ちゃんと出来てからな」

「……ちゃんと?」

 

 マグダが小首を傾げるのと、がっついたロレッタが絶叫するのはほぼ同時だった。

 

「ほにょぉおぉおおおおおおおっ!?」

 

 崖の上にでもいそうな悲鳴だな。

 

「……納得。ヤシロの優しさを実感した」

 

 マグダにこの辛さは、あまりにも酷だ。

 ロレッタ? まぁ、大丈夫だろう。

 

「どうだロレッタ。『おいしい』だろ? 違う意味で」

「ち、違う意味じゃない方の『おいしい』がよかったです……」

 

 イヌが水を飲む時のように舌を水に浸けてこちらを睨むロレッタ。

 目に涙を溜めているところなんかが萌えポイントだな。

 

「ロレッタ、最近可愛くなったな」

「このタイミングで言われても、敵意しか湧かないですっ!」

 

 褒めたのになぁ。

 

「……でも、ちょっとだけ、食べてみたい……気も」

「あ、バカっ! やめろマグダっ!」

 

 ロレッタの、あまりにも面白過ぎるリアクションに、マグダが好奇心を掻き立てられたようで……俺が止める間もなく、一口カレーを食ってしまった。

 

「……………………………………しくしくしく」

「だから言ったろ……」

 

 大きなリアクションはなかったが……号泣している。

 よしよしと頭を撫で、水を渡してやる。

 

 こくこくと静かに水を飲んだ後、涙の溜まった目でカレーを睨むと、「きしゃー!」と牙を剥き出して威嚇した。……デリアと同じ行動だな……獣人族の習性か?

 じゃあロレッタはなんなんだってことになるが……

 

 とにかく、余ったカレーはリゾットにして辛みを誤魔化してなんとか平らげる。

 リゾットは割と好評で、こっちをメニューにしろという意見が出たほどだ。

 だが、カレーなくしてカレー風味を置くわけにはいかん!

 まずはカレーを完成させる!

 

「そういや分店、どうしたんだ?」

「……材料の節約のため、少し早目に閉店した。ここ最近、売り上げの伸び率が激しい」

「売れるのに売れないってのは、なんかつらいよなぁ」

「でも、その分、大会が終わった後陽だまり亭に来てくれるお客さんが増えるかもですよ」

「それは嬉しいことですね」

 

 ロレッタの情報に、ジネットはにこにこ顔だ。

 やっぱり美味いものを食うと心が広くなるよな。これがさっきの殺人カレーを食いながらだったら罵声が飛び交っていたかもしれん。

 

「……すごく食べる男が四十一区にいる」

 

 マグダが、気になる情報を寄越してくる。

 

「……近場の店の食材を食べ尽くしては別の店に入っていく……驚異的な胃袋の持ち主」

「そいつは……強敵になりそうだな」

 

 そんなヤツがいるのか……

 一度調べた方がいいかもな……

 

「それでは、後片付けが済んだらみなさんでベッコさんのところへ行きましょう」

 

 時刻は15時過ぎ。まだ日は高い。

 ベッコのところでハチミツをもらって、リンゴは明日に持ち越しかな。

 どこかで珍しい花でも摘んで、明日の朝にミリィをデートに誘うか。

 んじゃ、ベッコのとこから戻ったら花探しでもするかな。

 

 アバウトながらも、今後の予定を立てた俺なのだが……この後、ベッコのところでちょっと面倒なことに巻き込まれるとは、考えてもいなかった。

 

 

 

 

 

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